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急転

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『命が惜しいなら、タイムリミットが訪れる前に僕と関係を持てばいい。その時点で、エルヴィノアの次期王妃はきみに決まる』

馬車に揺られながら、本格的に焦ってくる。
どうしよう、頼みの綱の民間図書館というのも特に収穫はなかった。時間だけが無慈悲にすぎる。

回復したタイムリミットもまた刻々と時を進めている。このままだと、何も出来ないままデスフォワードで死ぬ可能性すらあるのだ。
というか、その可能性の方が非常に高い。なんてことだ。

(私は一体何をしたいのかしら………)

思わず頭を抱える。

「急ぎで……となると辺境領を通過します。ここは少し急いだ方がいいかと思います」

そう言うのは案内人のレベッカだ。
無意味に時間を浪費した私は急いでデスフォワードまで帰ることにしたのだけど、国境まで一番早く行ける近道をレベッカが案内してくれることとなった。レベッカはこの国の人間なので、土地勘がある。
そのレベッカの案内によれば、三日もあれば国境に辿り着けるだろう、とのことだ。

いざとなった時の|応急処置(フェアリルでんか)とも離れてしまったし、本当に命の危機かもしれない。
この呪いは、対象の相手と体を重ねなければ死んでしまう、という単純明快なものだけどごまかしはきかないのかしら……?
例えば、相手は同じ血族なら誰でもいい、とか。
どうにか解決策はないかと考えていると、ぽつ、ぽつ、と窓を叩く音が聞こえてきた。

「……?」

「雨、ですね。山は天気が変わりやすいから」

「天気が崩れるの?」

「どうでしょう。この山を超えればあとは街に出ますから、ここを抜けさえしてしまえば大丈夫かと思います」

つまり、抜けれなければタイムロスの可能性!!私はムンクの叫びのごとく両頬に手を添えたあと、御者に続く小窓を叩いた。

「急いで!私の命がかかってるの!」

「えっ!?ちょ、殿下それはどういう」

「私の命が惜しかったら急いでちょうだいね!」

「いや、そんな話聞いていませんが!?追っ手ですか!?」

「物理ではないけど、まあそうね!できるかぎり急いで!事故が起きない程度に!」

「無茶言うなぁ……!」

並走しているジェイクも御者から何か言われたのか、無言で馬を走らせるスピードを上げている。
無表情だがあの顔はきっと"また王女殿下が無茶を言ってる……"と思っている顔だ。知ってるのよ私……!
こうして、御者とジェイクの尽力により天気が崩れる前に山を抜けることが出来た。
そして、国境までほど近くなった時──

2日目の朝。
山の天気はやはり不安定で雨が降ったり、晴れたりを終始繰り返している。今は雨雲のようだ。
急いでるので馬車の中で食事を取りながら、私はレベッカに尋ねた。

「確か辺境は瘴気が蔓延しているのよね?」

「はい。早足で進めば問題ないかと思いますが、最近範囲が広がっているので……。瘴気に合わせて魔物も現れるようになって。騎士団の報告では、魔物の住処、もしくは温床になっているのではないか、とのことです」

「魔物……。それはその、物理的に倒せるのかしら?」

「防毒マスクをしながら、魔物の首を切れば一応死ぬらしいですよ」

あっさりと事もなげに言うレベッカは、見た目に反して結構豪胆だ。食べ方もそうだけど、話し方も。見た目はとても可愛らしいお人形さんみたいな彼女だけど、肝が座っているというか、しっかりしているというか。馬にも乗れるのだから、驚かされることが多い。
レベッカは今まで私の周りにいなかったタイプの女性で、裏表のない彼女といると気が楽だった。

「だけど温床となっている森の奥に進むには、防毒マスクの耐性が不安視されるようなんです。それで何名か死者も出ているみたいなんだよね」

「……そうなの」

なにか私にも出来れば、と思ったが他国のことだ。下手に介入するべきではない。
そう思っているうちに、件の辺境とやらの付近にたどり着いたようだった。

遠目にも瘴気と言われる紫色の空気が目に入る。
色は、奥に行くに連れ濃くなっているようだ。

(これが瘴気……)

レベッカの言葉通り、そこを通る時はスピードをあげていたようだが、ふと激しい物音がして息を飲む。

鈍い音、馬の嘶き。

思わず窓の外に視線を向けると、そこには並走しているジェイクの姿がなかった。

「えっ……!?」

御者もジェイクが居ないことに気づいたのか、それともほかになにか馬車を止めざるを得ない状況に陥ったのか、馬車が急停止した。
突然の急停止に車体は急激にゆれ、危うく壁に顔面直撃するところだった。
すんででクッションを握りしめて事なきを得たが、それどころではない。

何が起きたの……?

思わず扉を開けようとすると、それをレベッカに制される。隣に座るミーナも厳しい顔をして顔を横に振っていた。

「リリアンナ様はここでお待ちを。私が見てきます」

「でも、ミーナ……!」

「そうだよ。僕も見てくるから、リリアンナ様はここにいて?」

「え?あっ、レベッカ!」

レベッカは止める間もなく、そのまま馬車を出てしまった。どこに持っていたのか、手には短剣が握られていた。
ミーナと私は馬車に置いていかれる形となったが、待っているだけなんて落ち着かない。

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