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固定観念を壊すもの

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レベッカも手伝ってくれて、デスフォワード関連の本を探し出すことには成功した。だけど、その本には【生涯の呪い】に繋がるような記載は見当たらず、あまり収穫もないまま私は図書館を後にすることになった。

「探していたものは見つかった?」

あまりにも私が気落ちしていたからだろうか。心配そうにレベッカが尋ねてくる。

「正直いうと、見つからなかったの。でも、もう少し探してみるわ。次は民間図書館に行ってみようと思っているの」

「民間図書館……。確かにあそこにはたくさんの本がある。でも、数が多すぎるし恐らく、司書もどこに何があるのか、ほとんど把握してない。あそこには、廃棄される予定の本が詰め込まれているーーいわば倉庫みたいなものなのよ」

「倉庫」

「神殿図書館はちゃんと整備されているし、管理もされている。でも民間図書館はそんなことないわ。司書なんて名ばかりだし、大抵が酔っ払って寝てるわ。管理も清掃も雑だし、おまけに治安も悪い。……あまり勧めない」

レベッカの話を聞く限り、民間図書館というのはとても環境の悪い場所のようだった。

(つまり、行き場のなくなった本達が送られる、墓場みたいなものなのかしら?)

治安が悪いのは気になるところだけど、ジェイクから離れないようにして、ミーナは馬車か、ほかのところで待っていてもらえばいいかしら。私がそんなことを考えると、神殿図書館の出入口あたりで、ニュッと見慣れない顔がふたつ、目前に並んだ。

「お嬢ちゃんたち、ずいぶん綺麗な身なりしてるなぁ」

嫌な言い方だった。こちらをじろじろと不躾に見てくる。後方を歩いていたジェイクが厳しい顔のまま、剣の柄に手を添えた。ここで騒ぎは起こしたくない。神殿図書館は静かで、落ち着いた雰囲気がある。利用者は少ないとはいえ、この雰囲気を壊すのは憚られた。

「どいてくれるかしら」

「高飛車な言い方だなぁ。どいてください、なら考えてもいいがーー、ま、その前に俺たちとすこーし遊んでもらおうか?」

男の手が伸びる。思わず半歩後ろに下がった時、白が舞った。

(違う、白のドレスだわ)

ドレスの生地がふわりと舞い、続けて鈍い音がした。

ーーどかっ

一瞬見えた白いくるぶしに、赤のヒール。レベッカが相手の男を蹴り飛ばしたと気づいたのは少ししてからだった。
がしゃぁん、と甲高い音が聞こえる。見れば、男は入口の扉から離れた、遠くの路地まで吹っ飛ばされていた。

「こっちが下手に出てれば調子に乗って………。ボクはね、そういう男がだいっきらいなんだ。遊びも上手くできないお子ちゃまは、家に帰ってママに泣きついてな」

低音。レベッカが言ったとは思えない低い声に、乱暴な言葉遣い。思わずそちらを見ていると、レベッカは蹴り飛ばしたためにあげた足を下ろし、残っているひとりへと視線を向けた。

「まだ、何か用?」

「い、いや、いい!悪かったな!」

レベッカが静かに問いかけると、その姿に圧倒された男は、転がるように走って神殿図書館を出ていった。
蹴り飛ばされて、気を失ったのだろうか。もう一人の男の肩を掴んで起こそうとしている。一蹴りでひとを気絶させるレベッカは何者なのだろう。
未だに頭が追いつかなくて目を白黒させていると、少しだけ気恥しそうな声でレベッカが言った。

「ごめんなさい、見苦しかったでしょう?」

「え?」

「私、つい気が高ぶるとこうなっちやうの。あ、でも安心して。誰彼構わず、ってわけじゃないから。今みたいに変な人間に絡まれたり、必要最低限な時だけだから。リリアンナは暴力とか嫌いだよね?怖い思いをさせちゃったね」

「こわーー、怖くなんてないわ!むしろ、すっごく助かった。ありがとう。……ごめんなさい、まずはこれを言うべきだったわね」

レベッカに向き直って、ようやく理解が追いついた。レベッカが男を蹴り飛ばしたり、乱暴な物言いをしたことは驚いたが、それだけだ。華奢で、見るからに大人しそうな彼女なだけに衝撃が強かった。

「レベッカって強いのね。私が同じことをしてもきっと、あそこまで飛ばせないわ」

「リリアンナ様は、何があっても足は出さないようにしてください」

「!」

その時、背後からジェイクが言ってきた。
驚いて息を飲むと、彼はレベッカに胸に手を当てて腰を折った。

「リリアンナ様を助けていただきありがとうございます。ご婦人に言うのはどうかと思いますがーー先程の蹴り、素晴らしかったです」

「え?え?……………そう?」

レベッカがきょとんとしながら言葉を返す。私はそれに同調するように強く頷いた。

「ええ!そうよ、さっきのレベッカ、すっごくかっこよかったもの!まるで舞台でも見ているみたいだったわ!私もあんなふうにできるかしら?すっごく素敵よね。自分で自分の身を守るって。私も一時期憧れてやろうと思ってた時があったのだけど、準備運動の時点で転んで足首をくじいたり、模造剣で手をざっくり切ってしまったりで……それ以前の問題だったの」

「リリアンナ様?」

ジェイクの『初めてお聞きしましたが』という言外の言葉が聞こえてくる。
言ってないんだもの。当然よね。もしこんなことが知られたらきっと私はものすごく怒られるし、城中の模造剣は回収されるに違いない。
模造剣の回収の原因は私だなんて恥ずかしくて絶対に嫌だったし、怪我は【癒しの力】で治してしまったので今の今まで誰にも言っていなかった。

「レベッカはすごいのね」

感心するように言うと、レベッカは驚いたように目をぱちぱちとさせた後ーーふ、と笑った。それは先程までの柔らかな笑みではなく、どこか面白がるような、そんな表情だった。

「すごいのはきみのほうだよ。……いや、きみたち、というべきかな」
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