35 / 61
ひとつの感情
しおりを挟む「…………」
その時、レベッカの足が止まった。
「?」
不思議に思って彼女の横に並ぶと、くるりとレベッカが振り向いた。そして翡翠の瞳を真っ直ぐにこちらに向けて、静かな声で言う。
「私は、好き、という感情は何よりも強いものだと思うよ。時には、全ての判断基準が狂う」
「え?」
「頭の中ではこうした方がいい、そうするべきだ。そうあるのが利口だと分かっている。……分かっていても、コントロールできない。親愛ではなく、相手を欲してしまう【愛】は、時に判断力をひどく疎かにさせる。愚劣だとわかっていても、その選択肢しか選びようがない。その苦みこそが、恋愛という感情そのものなんじゃないかな」
「あの……」
返答に悩む。答えたレベッカの瞳は真っ直ぐだし、ふざけているようには到底見えない。それまでの鈴を転がすようなふんわりした話し方ではなく、力強い物言いだった。それだけに困惑していると、レベッカがパッと笑いかけた。
「なんて、私も本で見た知識なのだけどね」
「そう、なの……。驚いたわ、なんだかすごく説得力があって」
「ふふ、私に好きな人がいるんじゃないかって?リリアンナはそれを聞いてるの?」
いつの間に言葉遊びのようになっている。ふと、苦手な社交界を思い出してしまって、さらに返答に迷う。社交界でのやり取りは慣れてはいるものの、好きとは言えない。言葉の裏を探し、相手を傷つけ、揶揄する言葉を考えては口にするのは億劫だ。
(レベッカは貴族令嬢ではなく、一般人……なのに。きっとなんの意味もないのよね?)
少し悩んだが、正直に答えることにした。この場では私はリリアンナ・デスフォワードではないし、相手も貴族令嬢ではなく。そしてここは社交界ではない。
それなら、自身を取り繕う必要はなかった。
「すごく説得力のある言葉だと思ったの。私には恋愛がどういうものか、なんて全く分からないし。……そうね、あなたの言う【恋愛】はきっと神秘的な感情なのかしら」
「え?」
今度はレベッカが困惑する番だった。
私は顎に指を当てて、考えをめぐらせながらレベッカに答える。
「時として判断を誤ってしまう。誤ってると分かっていても、それを選んでしまう、それがあなたの言う【恋愛】なら、なんというかーーそう。すごく、【魔性】。恐ろしい魅力があるのね、恋愛には。そして、その【魅力】というのは詳しいプロセスが分からないじゃない。ひとには及ばない、神秘の領域、って感じだわ」
「神秘の領域………」
目を丸くしてレベッカが繰り返す。
彼女の語る恋愛は、まるで呪術にも似た不明瞭さがあると思う。ただでさえ、デスフォワードは秘密と謎に包まれた国だ。小国ながら、歴史が長く続いてるのはその不可解さが理由にあると言っても過言ではないーーと私は思っている。
「リリアンナは、私にとっての【恋愛】と言ったわね。ということは、人によって【恋愛】はバラバラなのかな」
それは独り言にも似た小さな声だったけど、私は答えることにした。
その時、ちょうど本棚が見えてきた。レベッカの言葉通りなら、あの本棚のどこかしらにデスフォワードに関する本があるはずだ。そこに【生涯の呪い】について、記載のある本はあるだろうか。かなり望み薄だが、僅かな可能性に賭けるしかない。
「分からないけど……でも、みんな同じ感情なんて私は存在しないと思うのよ。それは怒りもそうだし、嬉しさもそう。嬉しい、という気持ちだってただひとつの感情だけがあるわけじゃないじゃない?切なさがあったり、沸き立つような衝動があったり、胸が苦しくなるものだったり。その感情が集まったものを【嬉しさ】と呼ぶのだと思うし……恋愛もそうなんじゃないかしら。きっと、一括りにできるものじゃないと思うの」
これは、恐らく私がデスフォワードの王女だから思うことなのだろう。デスフォワードは呪術が発達している国だ。そして、呪術と感情は、切っても切り離せない。悪感情は人に害する呪術に使用されることが多いーー今回の【生涯の呪い】のように。
「ここが近隣諸国の本をまとめた本棚かしら。教えてくれて助かったわ。ありがとう」
話しかけると、それまで何か考え込んでいたのか、レベッカがハッとしたように私を見た。そして僅かに逡巡した後、言った。
「……いや。ううん、私も探すわ。せっかくだし、手伝わせて」
15
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません
青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく
でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう
この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく
そしてなぜかヒロインも姿を消していく
ほとんどエッチシーンばかりになるかも?
つがいの皇帝に溺愛される皇女の至福
ゆきむらさり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。
入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる