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侍女のお小言

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バッセノン城で私に割りあてられた部屋は陽射しがよく差し込む南向きの部屋だった。広々とした両開きの窓に、その窓からは湖がきらきらと太陽の光を反射しているのが見える。湖は中庭に面するように造られていて、緑と青の自然豊かなコントラストは人の目を楽しませる。
しかしこの部屋とも今日でもうお別れだ。
自室からの景色もこのように設えられないかしら?

自室に戻ると、ミーナが私の髪をゆいなおしながら驚きはんぶん、期待半分で言った。

「殿下からなにかお渡しされていましたね」

「そうね。なにかしらね……」

「プロポーズのお言葉ではありませんか?リリアンナ様、これはチャンスですわ」

「何言ってるのよ、殿下には婚約者がいらっしゃるのよ」

「婚約者がいてもなお、リリアンナ様に惹かれたのかもしれませんわね」

「そんなクズ男、私はいやよ」

ゆっくり髪をすかれて、編み込まれる。編み込んだ髪をぐるりと回して、後れ毛を僅かに流す。そうすると年齢よりも大人びて見える私が鏡にいた。毎度のことながら、ミーナの髪結の技術には驚かされる。
ミーナは髪飾りを選びながら、「ですが」と言った。

「生涯の呪いがあるのですよ。このままではリリアンナ様は死んでしまいますわ」

「……自国に戻れば、参考文献がたくさんあるわ。片っ端から探せばなにか見つかるかもしれないわ」

「その前にタイムリミットが来てしまうかもしれません。あと二日もないのではありませんか?どうお考えなのです?」

責めるような口調のミーナは珍しい。
私は焦って机の引き出しからナイフを取り出した。最初は首に下げていたのだけど、やはりナイフはナイフ。それなりに重たく肩がこるようになってしまったので、引き出しにしまようにしていた。私はナイフを取り出してミーナに見せる。

「ほら!十に戻ってるでしょ?」

「……本当ですね。一体、何を?」

ここで"何が?"と聞かないあたりミーナはよほど私を信頼していないのだと思う。
言外に"おひとりでまた危ないことをされたのですか"という言葉が滲んでいる。私は手をふって無罪をアピールした。本当は無罪どころか言い訳の余地もないほどの有罪だけど。

「ほら。本来の呪いはあの侍女に向けられたものだったのでしょ?だけど実際に呪われたのは私だから、呪いが変異したのではないかしら」

「一理ありますが……でもそれって、つまり今後どう転ぶか分からないということではないでしょうか?デスフォワードにある参考文献に本来用意された解呪法以外の手段が記されていても、呪いが変異している以上、役に立たない可能性もあるということでは……」

「だとしても、それに賭ける以外私にはすべがないの」

「リリアンナ様……」

呪いが変異したのはもちろん嘘である。
だって本当のことなんて言えるはずがないじゃない!

(あの王太子に「どうしてもあなたの精液が必要なの!」と言って飛びかかったなんて……言った日にはきっとミーナは倒れるわね……)

嘘を口にした気まずさで視線を逸らしていると、ミーナが「リリアンナ様」ともう一度名を呼んだ。とても真剣味を帯びた声音だった。
そちらを見ると、どこか咎めるような、諌めるような。そんな表情をしたミーナがいた。
手にはサファイアの宝石が縫い付けられた白のレースリボンが。今日の髪飾りはそれに決定したらしい。

「なぜ、それをすぐに教えてくださらなかったんですか?」

「それは……」

「私はもちろん、エリザベスもトゥーラもとても心配しておりました。あともう何日もないと。私どもはリリアンナ様の侍女ですが、立場以上にリリアンナ様の身を案じております。口にはしませんでしたが、ジェイクも相当心配しておりました」

「ミーナ………」

「差し出がましい発言を申し訳ありません。殿下は尊い御身です。なにか理由があって言えなかった………という可能性もあると考えております。ですが、本当に、本当に心配したのですよ!」

「ミーナ、ごめんなさい」

(もちろん、期限が伸びたことを話そうとは思ったのよ……でもそれを言ったら怪しまれそうだし、精液授受のために必要なフェアリル殿下との時間を作れなくなりそうだしで……)

つまるところ、保身に走ったので言わなかったのである。ミーナに心配をかけてしまったことを反省した私は、俯いて言った。

「心配をかけてしまったのね」

「当然です。私どもがリリアンナ様の心配をしないとでも?」

「ごめんなさい」

「素直なのはよろしいことですが……気が気ではありませんでした。破天荒なことをなさるのは今更ではありますが!ご自身のことをもう少し大切になさってくださいませ」

「……ええ。ありがとう、ミーナ」

ミーナは少し顔を赤くして「侍女として当然のことです」と答えた。黙っていた罰として、今後数日はミーナやトゥーラ、エリザベスたち侍女の好みのドレスを着ることになった私は、殿下からの手紙を読むために一度ひとりになった。
ミーナは最後まで愛の告白だと信じていたけれど、そんなはずがない。恐らく、ここしばらく彼を付け回し……てはいないけれど、無理を言って彼のそれを貰ったことに関する苦言が書かれていることだろう。つまりお小言だ。
私は気が重くなりながら手紙の封を切った。

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