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なんだか王太子の様子がおかしいようで *

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乱暴な扱いである。抗議した。

「もっと丁重に扱ってちょうだい!」

「わがまま姫だな。ほら」

そして、くちびるに擦り付けられたそれは。

「うっ……」

たいへん苦い彼の精液である。

「失礼だな。きみからせがんでおいて」

「私は瓶に入れて欲しいとお願いしたのよ。どこの誰がシーツにぶちまけろなんて言ったのよ。記憶力に問題があるのではなくて」

声が刺々しくなるのは当然だろう。なにせ私は嫁入り前だと言うのにたいへん不埒な真似をされたのだ。睨みながら言うと、彼がふっと優しく微笑んだ。私も学習した。彼がこう言う笑い方をする時は、たいてい良くないときだ。

「俺に記憶力に問題があるなんて言ってくれたのはきみが初めてだよ。ああ、俺はきみの言うとおり記憶力に乏しいみたいなんだ。これがどういう味がするのか、教えてくれる?」

「だからものすごくマズっ!んん!」

くちびるに突っ込まれた。液体付きの指を。
仕方なく口内に招き入れたが、青臭いそれはいい味とはとてもいえない。なんだか妙にのどにはりつくし。こんなものを好きこのんで口内に突っ込む彼の考えがしれない。一体何を考えているのかしら……。フェアリル殿下は笑っていたが、とてもではないが爽やかな笑みではなかった。瞳が笑っていない。

「どう?美味しい?」

「んっ、ほいしいわけ、にゃっ!」

「残った分は瓶に入れてあげるね。きみはこれがだいすきなんだもんね?」

「…………」

(どうしましょう。すごく怒らせていることはわかるわ)

やっぱり精液をくださいな!と突撃したのが悪かったのか。突然押し倒したのがいけなかったのか。それとも初めての夜(便宜上初めての夜ということにする。初夜ではない)、バルコニーからお尋ねしたのがいけなかったのかしら……それとも全部……?考えても心当たりがありすぎる。圧倒的に私に分が悪いので黙っておくことにした。
彼はぬるりとした液体を瓶にすくいいれた。なんだかとんでもないことをしている……させているような気がする。今更自覚した。だけど背に腹は変えられないの。

「これでようやく分かったかな」

「え?」

「俺を馬鹿にするのもたいがいにしてくれ」

乱暴な言葉遣いだわ。もしやこれが素なの?
私は未だに縛られた格好のまま彼を見上げた。彼はふん、と妙に尊大な表情で言う。

「デスフォワードの王女、きみは尊大で傍若無人で、ひとの気持ちを考えない」

尊大とはつい今あなたに思っていたことです、とはもちろん言えるはずがない。私は大人しくお咎めを受けた。この件には関しては私に非がある。とはいえ、未婚の王女に卑猥なことをしたフェアリル殿下もなかなかのものだと思うが。

「少しはひとの気持ちを理解できるようになるといいね?」

「……ごめんなさい」

「うん?どうして謝るの?」

怖い。なんだか笑顔で怒るレミチェア女史を思い出す。子供の頃何度も逃走をはかる私についにキレた彼女は椅子に擬態した触手で私を拘束した。あの時の彼女の笑みをと彼のそれはよく似ている。つまり、これ以上怒らせるとどうなるか分からない。

「あなたに、その、ひどい行為を強いてしまったことは謝るわ」

それに、この件に関しては確かに私が悪い。私は素直に謝った。しかし彼はその謝罪に納得がいかないらしい。

「"は"?」

「だけどあなたが今やった事もなかなかのものよ。その件を考えると差し引きぜろにならないかしら」

「……正当防衛なんだけど、こっちは」

彼は石を飲んだような顔で答えた。

「あら。あなたは正当防衛であんなみだらな真似をするの?それならあなたの部屋を尋ねる娘はきっとものすごく増えるでしょうね。もしかして今もそうなのかしら」

だから婚約者のいる身であっさり私に手を出したの?胡乱な目をむければ、彼は若干顔を青ざめさせて言った。相変わらず顔色が変わりやすい。なんだか彼は……なにかに似ている。

(なにかしら……?)

「そんなことはしてない!」

「じゃあなぜこんな真似をしたの」

私の行為は確かに褒められた行いではーーどころか、責められて当然のものだ。だけど、理由がある。いや、理由があれば何をしてもいいという話にはならないけれど。でも情状酌量の余地があるじゃない?……と、これも|被疑者(やらかしたほう)の発言ではないことは重々承知だ。
しかし彼の場合は理由がそもそも不明である。|差し引きぜろ(イーブン)どころか、彼に責任を追求してもいいのでは……?ううん、でも先にやらかしたのは私だし……。
悩む私に、彼がため息をついた。なんだかうんざりした様子のそれに、なぜそっちがそんな疲れているのかと問い詰めたくなる。この場合襲われたのは私のはずだ。……多分。
確かに詰めかけたのは私だど、でも快く部屋に入れてくれたわよね?
快く……こころよく……。

「とにかく、用件は済んだんだろう?お引取りを」

「全然足りないのだけど……」

「聞こえなかったかな?お・ひ・き・と・り・を」

瓶に収められたそれは1/5にも満たない。これ一回分あるかどうかよ。しかしこれ以上ここで粘ってもいい結果は得られそうにない。何より彼の目が笑っていない。彼は本気だ。何が本気なのか分からないが。それにまた先程みたいな状況に陥ったらとてもまずい。私はすごすご撤退することにした。乱されたドレスを直し(と言っても慎ましい胸のおかげで胸元をずりあげるだけで事足りる)、裾を払えば何事もなかったように見える。
ドロワーズの下は大変なことになっているけれど。問題はシーツだけどそれは彼がどうにかするのでしょう。
私はそのまま部屋を後にした訳だが、あとからふと気になった。

ーー僕の妃になるか、この場で破瓜するか?

あの問いかけは、なんだったのかしら?
もしあの場で私がどちらかを選んでいたら、どうするつもりだったの……。

(きっと深い意味なんてないわよね。仕返しのように言っていたし……あの場で肯定しようものならきっともっと詰られてたんだわ。性格悪いわね)

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