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不義

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「!」

「きみを娶ることもできるんだよ、リリアンナ・デスフォワード第三王女」

「な………!」

そこでようやく、本当にようやく、ぱっと手を離すと、フェアリル殿下は暗い笑みを顔に乗せて笑った。どこか異質なその笑みに本能が直感的に危険だと悟る。何かわからないけれど、今の殿下はまずい。撤退するべきかと思うけれど、私は明日帰国する。今撤退したら回復アイテムが手に入らないわ。クソまずいけれど、あれしか私には頼るものがない。

「そう警戒しなくていいよ。いやぁ、きみにはとっても悦くしてもらったからね。お礼をしなければと思っていたんだ」

「お礼………」

「そう。よく僕を何度も何度もーー辱めてくれたなって」

「きゃあ!」

ぐっと手首を掴まれて、至近距離で覗き込まれる。フェアリル殿下の薄青の瞳は、冴え冴えとしていた。どこまでも透き通るその瞳は、以前見た青空の元澄み渡る湖面のようだ。
どうしたものかと思っていると、不意にバランスを崩した。驚いてみると、フェアリル殿下に抱き抱えられているようだ。視界が高い!体が不安定だわ!

「ちょっ……何されるの!」

「リリアンナ王女、ひとつだけ教えておいてあげる。ーー俺に被虐趣味はない」

「はぁ…………?」

突然の性癖暴露に躊躇う。そんな、表立って被虐趣味だというほうが珍しいのではないかしら。私が戸惑う間も、王太子は歩いて私室の奥へと目指していく。王太子の私室の奥は、どこかの部屋へと続き扉となっているようだ。そこまで考えて、私室にある続き部屋などひとつしかないではないの!と気がついた。

「何なさるの!何なさるの!?」

「騒ぐと落ちるよ」

「落としてくださって結構だわ!!ねぇほんと何、きゃあ!?」

がちゃ、と開けられた部屋はやはり寝室。
落ち着いた様子の室内は、まさに彼の寝室といったところだ。全体的に暖かいウッディ系の壁紙や棚机を使っていて、品のいい落ち着きを感じる。こんな状況でもなければ。足をバタバタさせていると、フェアリル殿下に投げ飛ばされた。………投げ飛ばされた!?

「何なさいますの!今投げ飛ばし、きゃあ!」

投げ飛ばされたとはいえ、背中はふんわりとした感触で、私を包み込むように受け入れてくれた。見ればベッドの上だ。さすがにまずいと思い、後ずさるも後ろは壁だった。これはもしかして………

「て、貞操の危機」

「ようやく気がついた?」

「あ、あなた私に欲情するの!?あんなに文句言ってたのになんだかんだ……ってそうじゃないわ!これはいけないことよ!」

「は、何を今更。というか今、聞き流せないことを言われた気がするんだけど?誰が悦んでたって?」

言ってない!そこまでいってないわ!私はジリジリ距離を詰めてくる王太子から後ずさろうとしたが、後ろは壁だ。ちらりと左右のどちらかから逃げようと思ったけれど、その前に王太子に手首を取られた。

「きゃあ!」

「色気のない悲鳴だね」

そのまま王太子にのしかかられたので、私は引きつった笑みを浮かべた。この場合拒むべきなのだろう。だけど王太子と契れば呪いは解ける……!呪いの解き方を、命がけで調べなくても何とかなるんだわ!

(でも王太子には婚約者がいるのよね)

婚約者の方の気持ちを考えると、やはり体を繋げる気にはなれない。申し訳ないけれど、フェアリル殿下の不埒な行為は拒むしかないわ。ここに来て私は混乱していた。

(いや、そもそも一国の王女に手を出そうとしているのよこの王子は)

私な申し訳思う必要なんてーー。ぐるぐるそんなことを考えていると、突然静かになった私を不思議に思ったのか、王太子の指先が私の前髪に触れた。私は弾かれるように言った。

「レーヴェ鉱山の輸出権について!」

「………は?」

ぴたり、と王太子の手が止まった。私は真っ直ぐに彼の瞳を見ながら話す。

「お父様にかけあったのですわ。あなたから一方的にいただくだけでは、申し訳ないと思って。それ相応のものをお渡ししようと」

「………デスフォワード国王に?」

王太子が訝しげな顔をする。
彼の肩をさりげなくどかして起き上がろうとすけれど、王太子はちらりとその薄青の瞳を私の手元に向けただけで、黙殺した。どうやらどいてくれるきはないようね………。

「我が国のレーヴェ鉱山でとれるチェリーサファイアについては、ご存知っ、でしょう?」

王太子の肩をさりげなくおし続けていると、さっとその手首を取られ、指を絡められる。そのせいで声が上ずってしまった。妙な声になってしまったことが恥ずかしくて顔が熱を持った。

「きみはいつも突然だね。それで?その鉱山がどうかした?」

「鉱山、で取れる宝石の輸出先については大方あなたもご存知のはず。今、我が国ではチェヌーヤガ国へ優先的に送り出していますが、私にあなたの子種をいただければ、エルヴィノア王国に優先権を差し出す、と、ちょっと!手を離してくださいませんか!?」

「ふうん………それはずいぶん魅力的な提案だね。それで?俺は子種をどこに差し出せばいいのかな。………きみの胎?」

「ばっかじゃありませんの!それは不義ですわ!」

「きみが婚約者になるのなら、不義にはならないんじゃないかな」

「病弱な侯爵令嬢はどうなさいますの!」

この男、今まで婚約者に操を立てていたくせに急に奔放になりすぎじゃないかしら!私は不埒な男は好きではない。火遊びが好きだなんて論外だわ!
この男の、婚約者を大事にしない姿勢も嫌いだし、あわよくば私も娶ってしまおうという魂胆に嫌気がさす。
性的なことは好きではなさそうに見えたけれど、実は好色だったのかしら…………!?
裏切られた気分だわ!
私の蔑みの視線を受け取ったのか、フェアリル殿下が小さく笑みを浮かべた。
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