〈完結〉意地悪な王子様に毒されて、絆されて

ごろごろみかん。

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キスができる距離

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夜になった。
エルヴィノア王国で過ごす最後の夜だ。
私は初日と同様に、衛兵に気づかれないよう最大限にまわりに気を配って、バルコニーに忍び込んだ。
侵入しといて言うことではないけれど、王太子の部屋なのに警備がざるすぎないかしら……。女性の私でさえこんな簡単に侵入できるのよ?暗殺者だったり、手練のものだったらもっとかんたんに入れるわ。
そう思いながらバルコニーから部屋を覗くと、窓には鍵がかかってないようだ。不用心。いや、鍵がかかってたらそれはそれで困っていたけれど。窓をぶち破ったらさすがに気づかれてしまうものね。
強力なテープでも貼って、一部分だけ壊せば音はならないようだけど、器物破損をしたらいずれ気づかれてしまうもの。鍵がかかってなくて良かったわ。

「来ると思ってたよ」

「あら、お出迎えいただき光栄だわ」

カーテンを捲って部屋に入ると、既に王太子は部屋着に着替え、ソファに座っていた。その手には緑色の背表紙の、分厚い本がある。どうやら読書中だったらしい。

「帰国のご挨拶も兼ねてきたのよ」

「は?帰国?」

珍しく王太子が驚いた顔をする。そんな顔も様になるのだから美人というのは得だわ。

「事情が変わったの。私も、いつまでもここにいれるわけではないのよ」

「それはまぁ、そうだけど。それにしたって突然だろう」

「私がこの国に来た時だって突然だったと思うわ」

訝しむ彼に答えると、王太子殿下は「それは……そうだね」と苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
今朝方、お父様から連絡があった。私がお父様に送った内容は、王太子への交渉材料。
それの返答は、期待以上のものだった。しかし、書面にはそれ以外のことも書いてあったのだ。

(ずっとこのままでいられるとは思っていなかったけれど)

思ったよりもめんどうな事態になってしまったことにため息が出る。元はと言えば、ミーナも言った通り私の不用意な行動が全ての始まりだ。あの時のことは何度後悔しても足りない。考えるよりも先に体が動くというのは、長所になり得ない。

「それで……私は自国に帰らねばならないのです。ですから、予備を貰っておこうかと」

「……………ん?」

王太子が何かに勘づいたのかさっと立ち上がる。ので、私も1歩踏み出した。本当は今こそ小瓶を使うはずだったのに、誤って昼に見られてしまったのだ。
私は小袋から昼間彼に見られた小瓶を取りだした。王太子の顔が嫌そうなものになっていく。察しがいいことで何よりだわ。

今朝方届けられた書状には、私に呪いをかけた公爵令嬢が姿を消したと書かれていた。
【生涯の呪い】は、人生で一度きりしか生み出せない。そして、その呪いの無効化の方法は一つだけある。ナイフで呪いをかけられた相手を殺すこと。それが、唯一判明している解呪の方法だ。だけど、それを実行しないにしても、その解呪の方法は物理的に無理があるものだった。なぜならそのナイフは、ひとを切れないのだから。なのになぜ、ナイフで対象者を殺害することが呪いの無効化方法になるのか、私にはわからなかった。だけど、ここにきての公爵令嬢の逃走。公爵令嬢は確か領地で謹慎させられていると聞いたけど、家を出たらしい。
彼女の部屋には呪いに関する本が沢山あって、何を考えているか分からないため、一度国に戻るようにとお父様の書面には書いてあった。
お父様の考えももちろんわかる。
もし、公爵令嬢の狙いが私か、私の持つ青薔薇のナイフなら、結果的におそらく、エルヴィノアを巻き込むことになる。それはひいてはデスフォワードがエルヴィノアに借りを作ることとなり、国家間の問題ごととなる。
公爵令嬢が何をしでかすか分からない以上、私はエルヴィノアを離れるべきだ。

私は小瓶を取って、軽く振った。

「私は自国に戻って、この呪いの解呪方法について調べることにします。でも、時間が足りないかもしれませんの。精液の予備を貰っても良くて?」

「なるほど、そこで話が繋がるわけだね。ところで何度も言ってるけどきみは品位とか常識とか、そういうものを知らないのかな。淑女がそう何度もはしたない言葉を口にするものじゃない」

「命に関わってるし、この際構ってられないのよ。生き長らえられるのなら品位など犬にでもあげるわ」

「潔いいな。きみはどちらかというと男勝りなのかな。顔に似合わず」

「それはお互いさっンム!」

女みたいな顔をされてるくせに!と思って言おうとすると、しかし口をそのまま掴まれた。おかげさまで唇が突き出されるような格好になる。とても見れた顔ではないと思うから、早くはなして欲しいわ。
フェアリル殿下は私の顔をじっと見ると、不意に笑みを描いた。その笑みに嫌な予感がして、思わず腰が引ける。

「ひとついい提案があるんだ。聞いてくれる?」

「なんでほぅ………あの、はなひてくらはらはない?」

「僕は王太子だ。婚約者は決まっているけれど、妻は他にも持てる。……言いたいことがわかる?」

「おんにゃあしょびがしたいと?」

くっ、頬を未だに片手で挟まれているから、間抜けな声しか出ないわ!それでも何とか答えると、フェリアル殿下は眉を寄せた。そしてぐっと頬を掴む力を強くする。

「ちょ、ひたいじゃないの!」

文句を突きつけるが、それに構わずフェリアル殿下はぐっと顔を近づけた。もう少しすればキスができてしまう距離感だ。あまりにもちかすぎる。

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