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素直になりましょう
しおりを挟む「え、えぇ?」
要らないとか言ったり、かと思えばいると言ったり忙しい王子様である。
だけどこっちからしてみればもらってくれればじゅうぶんなので、文句は言わないでおいた。もしかしたら私って優しいのかもしれない。
そういえばお茶を入れたまま、配膳していない。今の私は侍女姿だということを思い出して、カップを彼の元に運んだ。
カップの中の紅茶はもうだいぶ冷えてるように思えたけれど、たしか彼は猫舌だといい、温度にとてもうるさかったはずだ。ぬるいくらいがちょうどいいんじゃないかしら?
オランジェットと紅茶をともに置くと、彼がこちらを見た。まだいるのか?とでも言いたげな顔だ。
「ご心配なく、もう戻りますわ」
「へぇ?」
どこか疑うような、確かめるような色が瞳に宿る。私はそんな彼の視線を無視して、茶葉などを片付けていく。
「きみには婚約者はいないの?」
「ご存知なのでしょう?いるわけないわ。いたら、こんなことしてないもの」
「そう。王族にしては珍しいね」
「お父様のお考えですの。ある程度は自分の好きなように、と」
まぁ、私の場合はこの性格が災いしてなかなかいい相手が見つからないだけかもしれないけど。それを口にはしなかったけど、王太子にはわかったらしい。彼が笑いを含んだ声で言ってくる。
「きみのその破天荒さに付き合ってくれる男はいなかった?」
「失礼ね。私の思いを尊重してくださってるのよ、お父様は」
「そう。じゃあいずれきみも嫁ぐことになる」
「まあ……王家に生まれたのなら、そうなるでしょうね」
当然のことだ。何の気なしに答えると、王太子殿下が黙った。今度はなんだとそちらを見ると、彼はオランジェットを摘んで食べていた。そして、まるで劇物でも食べたかのような顔をする。
「甘い」
「あら…………」
「あらじゃない。僕は甘いものは好まないと言ったはずだ」
「暴君だわ。良き王になるのなら好き嫌いくらい抑えなさいよ」
「僕の好みを言ったんだから多少は選別してくへてもいいんじゃないか!?」
甘いものが本当に苦手なのか、若干涙目になりながら彼は紅茶を飲んだ。なんだか可哀想なことをした気になる。そんなに甘いものが苦手なのね………。オランジェットはさほど甘くないと思うけれど、バッセノン城のオランジェットはほかよりも甘い、とか。
もしかしたら過去に嫌な思い出があったのかもしれない。熱いお茶を嫌がるのにもきっと理由があったのかもしれないわ。そう思うと、私は少し王太子に悪く思った。
「悪かったわ、コーヒーでも飲む?」
「いい」
短く答えた彼はすっかり機嫌が悪そうだ。オランジェットひとつでそんなに怒ることかしら?というより、甘いものが苦手ならお茶請けを指定してくれればいいのよ。
「それじゃあ私は下がるわ。要件は済んだもの」
告げると、王太子はちらりとこちらを見た。
そして、髪をけしゃりと撫でてなにか言いたげな顔をする。その傍らには未処理と思われる書類が沢山ある。大変そうだわ。
「きみの用は、僕にサシェを渡すことだった?」
「ええ」
「そう。…………ありがとう、礼は言っておく」
この王太子が素直になった。初めてじゃない!?こんなに素直に言うの。思わず驚いた私だが、あなたもそんなふうに素直になれるのね、なんて言った日には執務室から蹴り飛ばされだそうだわ。私はワゴンを片付けながら答えた。
「どういたしまして」
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