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選ばれた理由って何かしら
しおりを挟むだけど、一国の王女にお茶くみをさせるとは、やはり見かけによらず性格が悪い。いや、私もひとのことを言えないのかしら………。そんなことを考えながら、私は見よう見まねの侍女の礼をとった。
「それでは、王太子殿下。後ほど」
「うん。ああ、僕は猫舌なんだ。沸騰してから少し経った……そうだな、60度くらいのお茶を頼める?お茶請けは甘いものはいらないから。そうそう、それと、仮にも一国の王女なんだから、素性が気付かれることのないよう頼むよ。僕の沽券にも関わるから」
妙にぺらぺら話し出したわねこの男………。ええとお茶がなんと仰ったかしら?とりあえず水とお茶っぱを持って行って執務室で沸かせばいいかしら。ぬるすぎて怒られるのも嫌だし。
あとはお茶菓子………。甘くないお茶菓子って何?お酒のおつまみしか思い浮かばないのだけど。まぁいい。これは執務室に行くための口実に過ぎない。いちばん最初に目に付いたのにしましょう。
私がそう思っていると、殿下は「あと」と告げた。まだあるのか。
「そこの騎士、戻っていいよ。彼女の様子は僕が見る」
「は………」
ジェイクが突然呼ばれ、困惑げに顔を上げた。
「しかし……」
「殿下は執務室に戻られるのではないのですか?」
「戻るよ。僕はね」
なにかの言葉遊びかしら。革新的な言葉を言わないひとは嫌いである。はっきり仰ったらどうなの。私がじっと見ていると、不意にフェリアル殿下はその白金の髪を一本抜いて、ふ、指先に息をふきかけた。え、と思うまもなく、でろりとした泥人形がその場に現れた。
「なっ……なっ………!?」
「見た目は……そうだな。侍女の姿にしておけばきみと共にいてもおかしくないね」
フェアリルが呟きながら、さっと手をかざす。
その際、ちらりと袖口から白い手首が見えて、なんだかみてはいけないものを見た気分になった。後ろめたいというか。
(下手したら私より色っぽいってどういうことなの………。色気ってどうやったら身につくのかしら)
そんなことを考えているうちに、泥の塊のようなものがひとの形に変わり、そしてそれは、どこかで見たような侍女の顔となった。
「まぁ………」
「これでいいかな。さて、そこの騎士、まだ不安がある?彼女は僕が見ておいてやる。侍女に騎士がついてるのはおかしいだろう」
「それは……そうですね」
ジェイクが判断を委ねるようにこちらを見るのに気づきながらも、私は恐る恐る侍女の服に触れた。にんげんだ。どう見ても、人間。
つん、と服に触れるとそれは布の感触。茶髪の彼女は目を閉じていたが、やがてなんの前置きもなくぱちりと目を開けた。
「きゃっ!?」
「それは僕の人形だよ。ある程度受け答えのできる能力は付与してるけど、感情はない。弱点はあるけど、それを抜けば百戦の騎士にも勝る強さだ」
「………聞きたいことが、沢山あるのですけれど」
このにんげん……人形と言えばいいのかしら。それをあっさりと生み出したことについても、私にその人形をつけさせることについても。
(……何を考えているの?)
これは見張り?
それに……この人形、感情がないとは言うけれど、見た目はそっくりそのまま人間だわ。戸惑う私に、王太子が手を軽くふる。
「聞きたいことは後で。ああ、彼女の顔は、いちおうこの城に仕えるものから引っ張ってきた。名前は確か………アデイラだったかな。彼女についていけば、きみがとんでもない失敗さえやらかさなければ王女だと気付かれることもないはずだよ」
いちいち一言多いわね………。
ちょっとばかりかちんときたが、昨日無理をさせた自覚はある。私は「分かりましわ」と努めて大人しく答えた。フェアリル殿下が奇妙なものを見る目をしてくる。
「きみ、ほんとうにリリアンナ・デスフォワード?」
ついに呼び捨てである。これにはさすがに怒ってもいいかしら!?でも今の私は侍女の服を着ている!見た目だけではあるが、見た目が全てと言うし、言い返すことは難しいわ………。
はたから見たら侍女が王太子に生意気にも言い返す図にもなってしまうものね………。こうやって下にたつものはプライドと矜恃をごりごりと削られていくのね………。
もしかしたら今までに私も今の王太子のような態度を取ったことがあるかもしれない。気をつけようと強く誓った。
「おっしゃる通りですけれど」
「おかしいな。僕の知ってる彼女はそんなに大人しくない」
「あらまぁ。ふふふ」
どういうことかしら?
胸元引っ掴んで「どういうことでしょうか、エルヴィノアの王太子殿下?」と聞いてやりたいけれど、今の私は侍女………!
とてもストレスが溜まるわ。
「ああ、そこの騎士。今のは他言無用で頼むよ。もちろんきみも」
「かしこまりました」
ジェイクは順応性が高いのか、すぐに畏まって返事をした。えっ。気にならないの?
あの人形の作りだし方とか、構成についてとか。
しかし聞きたいことは後でと言われてしまったので、口を噤むしかない。
黙り込む私に、「じゃあ僕は戻るから」とやはり奇妙なものを見る目で見てきた王太子殿下はそのまま執務室へと戻った。
私はアデイラと呼ばれた彼女についていく。ジェイクには大丈夫だからと手を振って部屋に返しておいた。
今更だけど、王太子殿下をここまで信頼してもいいのかしら………。少し考えたが、いや、王太子だからこそ、自国の、しかもバッセノン城で国際問題になるような真似は避けたいのだろうと判断する。
アデイラは、パッと見王太子が生み出した人形のようには見えない。
今のは魔法の一種に当たるのだろう。だけど私は、人間を生み出す魔法など見たことがない。もしかしたら王太子殿下はかなりの魔力持ちなのかもしれないわ。
ふと、青薔薇を刻んだちいさなナイフの存在を思い出す。そのナイフに刻まれた文字こそ、ユノン・エルヴィノア。彼だ。
ナイフが誰を指名するかなんて完全なるランダムだと思っていたけれど、もしかして理由があった、とか………。そもそもこの呪術については不可思議なことが多すぎる。
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