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最後の日

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聞くと、ミーナが顔を上げる。
共に連れたっていた侍女たちの数人の姿が見えない。恐らく、庭師のもとに交渉へ行ったのだろう。

「はい、今朝方。後ほどお持ちします」

「ありがとう、上手くいけばいいのだけど」

このままだと何も解決しない。
ずっと殿下から精液を貰いつづけるのは普通に考えて無理がある。だけど私はそれを摂取しなければならないわけで。婚約者のいる彼に体を繋げるようお願いできるはずもないし、一夜の秘め事だと流すことも出来ない。私は王女だ。
いずれはどこかに嫁がされる身として、純潔は失ってはならない。
とはいえ、このままだといずれ無理が生じるのも事実。私は一か八かの方法にかけることにした。


何度もそう執務室に押しかけてはまずかろうと思い、私はちょっとした変装をすることにした。一国の王女が王太子の執務室に行くから問題なのだ。つまり、私が侍女の姿となればなんの問題もない。
ミーナに無理を言って彼女から服を借り受け、ウィッグも用立ててもらう。
部屋の近くまでは腕の立つ護衛をひとり連れていき、近くに着いたら私ひとりで向かう。
デスフォワードから連れてきた腕のたつ護衛ーー名をジェイクという。彼は書庫室に行く時もついてきてもらった。彼とは長い付き合いなので、だいたい私が何を考えているか察してくれるのよね……。王女というのはめんどうなものだ。その身には責任があり、自由などなく、規律に縛られる。誰かに傅かれて生きていくからこそ、その責務をおわねばならない。だけどこういう時、体裁や人の目を気にして自由に出来ないことがもどかしい。このままではサシェどころか、提案のひとつも出来ない。

「ミーナが言ってたのは本当だったんですね」

「違うわよ」

「まだ何も言ってませんが……」

ジェイクが感心したように言うので、否定しておく。ミーナやジェイク、私の周りのものはみな、私が殿下に気があると思っているのだろう。そして、それを応援している。略奪愛になると言うのに。

(まるで物語に出てくるような悪役ヒール………)

おとぎ話の中には、魔女や魔法使いが確か、婚約者のいる王子様に横恋慕して悪い魔法をかける話があったはずだ。何だかその悪い魔法使いになった気分だった。

「私はね、きらきらしい男は嫌いなの。殿下は私の対象外よ」

「そうですか。ところで王女殿下はそのような格好で何を?」

ジェイクがまたも聞いてくる。
私はくるりと振り返って言った。

「さっき言ったでしょう?侍女に扮すれば悪い噂なんて立たないし、醜聞にもならないもの。今の私は王女ではなく一介の侍、じょーー」

一介の侍女なんだから、と続こうとしていた言葉はピタリと止まった。目の前に話題の王子様がいたからである。

(えっ。どうして!?なぜフェアリル殿下がいらっしゃるのよ!だってここは廊下……)

そう、ここは王太子の執務室からほど近い廊下である。だとすれば、王太子とバッティングしてもおかしくない。実際に私は彼と出会ってしまった。私はカツラを深く被るべきか、それとも潔く外すべきか大いに悩んだ末、そのままにした。

「あ、あら………フェアリル王太子殿下……ごきげんうるわしゅう」

「そうだね。さっきまではご機嫌麗しかったな」

なんて発言だ。まるで私を見て機嫌を悪くしたかのよう。しかし、今回においてはーーいやそもそも、私がこの国に乗り込んだ時点で私に非があるのだが、それにしたってもう少しスマートな言い方をしてくれてもいいのではないだろうか。

(昨日、口どころか顔にもぶっかけてきたくせに!)

おかげでまたもや紅茶をぶっかけられ、お転婆王女の汚名を着ることとなったのだ。

「それで、王女殿下は何を?随分と非現実的な格好をしているね」

「ふふ、ほほ。まぁ、これも社会勉強の一種かと思いまして」

「侍女に扮することが?変わった思考回路の持ち主だね」

私は思わずジェイクを見た。
聞いた!?聞きました!?この王子様の言葉を!こんなににこやかな顔をしていながら、こんな毒を吐くのよ!!そんな思いでちらりとジェイクを見たが、彼は一歩下がって黙礼していた。

「ふぅん……まぁ、いいや。ちょうど侍女を探していたんだ」

「えっ?」

「王女殿下は社会勉強がされたいと仰る。では、お茶を頼もうかな」

「は………?」

「今のきみは侍女なのでしょう?なら、僕のめいを聞けるよね?」

(何だってそんなことに…………)

侍女のミーナからもお転婆で無茶ばかりしてきたと言われる私だが、流石に給仕はしたことがない。固まる私に、王太子が挑発的な、低い温度感を感じる瞳で私を見た。

「出来るよね?エルヴィノア王国のバッセノン城に務める侍女が、僕の言うことに逆らうはずがないよね」

「……………………………かしこまりました」

随分長い間を開けて、私は渋々頷くことにした。まさか王太子に命令されるとは思わなかったが、仕方ない。侍女の装いを選んだのは私だ。それに、手持ち無沙汰に王太子の執務室に入ったら怪しまれるかもしれない。
そう思うと、フェアリル殿下のお茶くみ命令は理にかなっていた。
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