上 下
17 / 61

最後の日

しおりを挟む


聞くと、ミーナが顔を上げる。
共に連れたっていた侍女たちの数人の姿が見えない。恐らく、庭師のもとに交渉へ行ったのだろう。

「はい、今朝方。後ほどお持ちします」

「ありがとう、上手くいけばいいのだけど」

このままだと何も解決しない。
ずっと殿下から精液を貰いつづけるのは普通に考えて無理がある。だけど私はそれを摂取しなければならないわけで。婚約者のいる彼に体を繋げるようお願いできるはずもないし、一夜の秘め事だと流すことも出来ない。私は王女だ。
いずれはどこかに嫁がされる身として、純潔は失ってはならない。
とはいえ、このままだといずれ無理が生じるのも事実。私は一か八かの方法にかけることにした。


何度もそう執務室に押しかけてはまずかろうと思い、私はちょっとした変装をすることにした。一国の王女が王太子の執務室に行くから問題なのだ。つまり、私が侍女の姿となればなんの問題もない。
ミーナに無理を言って彼女から服を借り受け、ウィッグも用立ててもらう。
部屋の近くまでは腕の立つ護衛をひとり連れていき、近くに着いたら私ひとりで向かう。
デスフォワードから連れてきた腕のたつ護衛ーー名をジェイクという。彼は書庫室に行く時もついてきてもらった。彼とは長い付き合いなので、だいたい私が何を考えているか察してくれるのよね……。王女というのはめんどうなものだ。その身には責任があり、自由などなく、規律に縛られる。誰かに傅かれて生きていくからこそ、その責務をおわねばならない。だけどこういう時、体裁や人の目を気にして自由に出来ないことがもどかしい。このままではサシェどころか、提案のひとつも出来ない。

「ミーナが言ってたのは本当だったんですね」

「違うわよ」

「まだ何も言ってませんが……」

ジェイクが感心したように言うので、否定しておく。ミーナやジェイク、私の周りのものはみな、私が殿下に気があると思っているのだろう。そして、それを応援している。略奪愛になると言うのに。

(まるで物語に出てくるような悪役ヒール………)

おとぎ話の中には、魔女や魔法使いが確か、婚約者のいる王子様に横恋慕して悪い魔法をかける話があったはずだ。何だかその悪い魔法使いになった気分だった。

「私はね、きらきらしい男は嫌いなの。殿下は私の対象外よ」

「そうですか。ところで王女殿下はそのような格好で何を?」

ジェイクがまたも聞いてくる。
私はくるりと振り返って言った。

「さっき言ったでしょう?侍女に扮すれば悪い噂なんて立たないし、醜聞にもならないもの。今の私は王女ではなく一介の侍、じょーー」

一介の侍女なんだから、と続こうとしていた言葉はピタリと止まった。目の前に話題の王子様がいたからである。

(えっ。どうして!?なぜフェアリル殿下がいらっしゃるのよ!だってここは廊下……)

そう、ここは王太子の執務室からほど近い廊下である。だとすれば、王太子とバッティングしてもおかしくない。実際に私は彼と出会ってしまった。私はカツラを深く被るべきか、それとも潔く外すべきか大いに悩んだ末、そのままにした。

「あ、あら………フェアリル王太子殿下……ごきげんうるわしゅう」

「そうだね。さっきまではご機嫌麗しかったな」

なんて発言だ。まるで私を見て機嫌を悪くしたかのよう。しかし、今回においてはーーいやそもそも、私がこの国に乗り込んだ時点で私に非があるのだが、それにしたってもう少しスマートな言い方をしてくれてもいいのではないだろうか。

(昨日、口どころか顔にもぶっかけてきたくせに!)

おかげでまたもや紅茶をぶっかけられ、お転婆王女の汚名を着ることとなったのだ。

「それで、王女殿下は何を?随分と非現実的な格好をしているね」

「ふふ、ほほ。まぁ、これも社会勉強の一種かと思いまして」

「侍女に扮することが?変わった思考回路の持ち主だね」

私は思わずジェイクを見た。
聞いた!?聞きました!?この王子様の言葉を!こんなににこやかな顔をしていながら、こんな毒を吐くのよ!!そんな思いでちらりとジェイクを見たが、彼は一歩下がって黙礼していた。

「ふぅん……まぁ、いいや。ちょうど侍女を探していたんだ」

「えっ?」

「王女殿下は社会勉強がされたいと仰る。では、お茶を頼もうかな」

「は………?」

「今のきみは侍女なのでしょう?なら、僕のめいを聞けるよね?」

(何だってそんなことに…………)

侍女のミーナからもお転婆で無茶ばかりしてきたと言われる私だが、流石に給仕はしたことがない。固まる私に、王太子が挑発的な、低い温度感を感じる瞳で私を見た。

「出来るよね?エルヴィノア王国のバッセノン城に務める侍女が、僕の言うことに逆らうはずがないよね」

「……………………………かしこまりました」

随分長い間を開けて、私は渋々頷くことにした。まさか王太子に命令されるとは思わなかったが、仕方ない。侍女の装いを選んだのは私だ。それに、手持ち無沙汰に王太子の執務室に入ったら怪しまれるかもしれない。
そう思うと、フェアリル殿下のお茶くみ命令は理にかなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!

ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー] 特別賞受賞 書籍化決定!! 応援くださった皆様、ありがとうございます!! 望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。 そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。 神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。 そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。 これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、 たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。

一番モテないヒロインに転生しましたが、なぜかモテてます

Teko
ファンタジー
ある日私は、男の子4人、女の子4人の幼なじみ達が出てくる乙女ゲームを買った。 魔法の世界が舞台のファンタジーゲームで、プレーヤーは4人の女の子の中から1人好きなヒロインを選ぶ事ができる。 ・可愛くて女の子らしい、守ってあげたくなるようなヒロイン「マイヤ」 ・スポーツ、勉強と何でもできるオールマイティーなヒロイン「セレス」 ・クールでキレイな顔立ち、笑顔でまわりを虜にしてしまうヒロイン「ルナ」 ・顔立ちは悪くないけど、他の3人が飛び抜けている所為か平凡に見られがちなヒロイン「アリア」 4人目のヒロイン「アリア」を選択する事はないな……と思っていたら、いつの間にか乙女ゲームの世界に転生していた! しかも、よりにもよって一番モテないヒロインの「アリア」に!! モテないキャラらしく恋愛なんて諦めて、魔法を使い楽しく生きよう! と割り切っていたら……? 本編の話が長くなってきました。 1話から読むのが大変……という方は、「子どもの頃(入学前)」編 、「中等部」編をすっと飛ばして「第1部まとめ」、「登場人物紹介」、「第2部まとめ」、「第3部まとめ」からどうぞ! ※「登場人物紹介」はイメージ画像ありがございます。 ※自分の中のイメージを大切にしたい方は、通常の「登場人物紹介」の主要キャラ、サブキャラのみご覧ください。 ※長期連載作品になります。

息子の友達

よしゆき
恋愛
息子の友達に告白されてエロい事をされる話。 男子高校生×シングルマザー。

処理中です...