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癒しの力
しおりを挟む「どうしますか?何本か摘んで部屋までお持ちしましょうか。庭師にお聞きします?」
ミーナの言葉に、首を振る。
私は目の前に広がる鮮やかな庭園を前にしながら、昨日のフェアリル殿下のことについて考えていた。【生涯の呪い】の残り日数の上限は十日らしい。
最初の数字と変わらない。
私はさわさわと揺れる春風を感じながら、色とりどりの花を見つめた。黄色のコスモスを見て、殿下の髪色に少し似ている、と考えてしまった。そして、苦い気持ちになる。
ーー僕は、許せないだけだ
(やっちゃった~~~…………!)
私は思わず頭を抱えた。
あの時はとにかく丸め込んで精液を手にしなければならなかったからギリギリセーフだと言ったが、きっと彼は婚約者に操をたてている。そして、その婚約者を裏切る行為をしている自分が許せないのだろう。
自分の部屋に戻って、生涯の呪いの数字が元に戻ったことを確認してから私はベッドに倒れ込み、フェアリル殿下のことをずっと考えていた。
返す返すも、私の彼への態度は酷いものがある。よく国境へと放り出されないなと我ながら思うほどだ。
私に同情しているのだろうか?
それとも、絆されているのだろうか。
どちらにせよ、王太子と呼ばれる人間にしてはあまりにも甘すぎる。こんな簡単に流されて大丈夫なのかしら。
度々思うことではあるが、それを口にすることはひいては私の命を縮めることになるため、口にはしない。だけど、不安にはなるのよね……。ほんとうに大丈夫かしら。
柔らかな風に乗って、甘い花の香りがする。見れば、近くに胡蝶蘭が咲いていた。
ここの庭園は、ひとつの芸術と言えるほどに美しかった。
私はその胡蝶蘭を眺めてからミーナに言った。
「この胡蝶蘭を……いくつか貰えないか、庭師の方に聞いてくれるかしら」
「胡蝶蘭ですか?」
「ええ。サシェにしようと思うの」
答えるとミーナが目を輝かせた。何を言われるか瞬時に予測がつく。
「リリアンナ殿下が珍しく淑女のような真似を………!このミーナ、感激のあまり涙が出ます。昔から好きなことといえば木に登ったり、近衛から剣を取り上げてチャンバラごっこを無理やりさせようとしたり、壁伝いが出来るか確かめようとする、無茶なことをなさるお姫様だったのに………!」
「ちょっ、いつの話してるのよ!流石にもう木には登らないし近衛から剣を取り上げたりなんてしてないわ!あれは……そう、若気の至り!」
「そうですね。髪を男の子のように切りたいと仰って王妃陛下が驚きのあまりぎっくり腰になったこともございましたね……」
「あれは………」
覚えがありすぎる記憶に、視線を逸らすしかない。
どうやら私は顔だけならとても淑やかに見えるらしい。人形のようだとは何度も言われたことがあるけれど、果たしてそれって褒め言葉なのかしら?ビスクドールのようだと言われても全く嬉しくない。私は喋るし動くし笑うわよ。人形じゃないもの。
だけどミーナに暴露された過去はそれはそれは、一国の王女と名乗るにはあまりにも恥ずべき過去だった。
私は僅かに悩んだ。どうやったらミーナからその記憶を飛ばすことができるだろう。
「それで……そのサシェをお作りして、どうされるのですか?」
どこかニマニマした顔でミーナが言う。
ミーナは私が度々フェアリル殿下のもとに行っているのを知っている。侍女だものね。知っていて当然だわ。
そして、ミーナは間違いなく多大なる勘違いをしているように思う。
「さぁ………自分用に使おうかしら」
「えっ………殿下がお使いになるのですか?」
「私、サシェ好きよ?」
「そうですか……」
ミーナは納得のいかない顔をしていた。
そうだろう。今までサシェなど片手の数で数えられる程度でしか作ったことがない。そんな私がサシェを作って、しかも自分用に使うという。ミーナの疑念の目も当然よね。
そして、ミーナにはああ言ったけれど、作ったサシェは私が使うものでは無い。
(昨日は悪いことをしてしまったわ………。これくらいでお詫びになるとは思わないけれど、デスフォワード王国の王族の加護は特別だもの。これで償いの気持ちが伝わればいいのだけど)
ミーナは私が殿下に気があると勘違いしているのだろう。厄介な関係にはなっているが、それはない。私は王太子に心など寄せていない。そもそも好みでは無いのだ。
ただ、自分の命のために彼の精液が必要だからーー。
痴女さながらの行為をしていることに今更ながら頭が痛くなる。純潔は保っているとはいえ、完全なる無垢とはもう言えない気がするわ………。
我がデスフォワード王国は、他国に比べ、魔法の他に呪術が発展している。王族は生まれながらにその身に癒しの力を宿し、その力を使い、国を守護しているのだ。難しいことはよく分からないけれど、その力のせいか、私の怪我は昔から治りが早かった。
侍女に怒られたくなくてすっ転んで出来てしまった膝の擦りむきや、手のひらの怪我、些細なものを隠してはいたのだが、だいたい翌日には消えている。
(まあ、それに味をしめて調子に乗って大怪我をして、お母様にすっごく怒られたのだけど……)
そしてその時、私はお母様から聞いたのだ。デスフォワード王国の王族に纏わる秘め事を。
そして、その力はものにも付与することが出来る。一般的にはそれを加護といい、デスフォワードの王族が加護を授けることは滅多にない。そもそも、デスフォワードの王族が癒しの力を持っていることでさえ、滅多に知られていないことだ。
あくまでも罪滅ぼし。こんなものでも、少しでも彼の気が軽くなればいい。
「………ねぇ、ミーナ。お父様から連絡は来た?」
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