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フェアリル・ユノン・エルヴィノア③
しおりを挟むデスフォワード王国の王女がやってくると聞いたのは、ちょうど、辺境の迷いの森で瘴気が確認されたと報告が入ってきた直後だった。
この国は神殿に魔力を収めることで、魔の侵入を拒むような結界を作っている。しかし、近年魔物の力が強くなりその結界も力が弱くなっているようだと先遣隊からの報告が入る。
フェアリルはため息をつくしかなかった。報告書を何度も読み度に思う。恐らく、100回報告書を読み込むより、1度見た方が話は圧倒的に早い。
だけどここでも、フェアリルへの過保護は止まらず、彼は城を出る許可を得られなかった。国王が許さないのだ。
国王は、亡き王妃をそれはそれは愛していた。王妃が死んでからは、しばらく自室から出てこなかったほどだ。その強すぎる愛情は、王妃にとてもよく似た顔立ちのフェアリルにも向かった。フェアリルは、王の愛が鬱陶しかった。
俺は母上ではない、と何度口にしそうになったか。
フェアリルは一人称を改めることにした。それは意識してのことではないが、私的な場合では俺、ということが多くなった。公的な場所では、私を使い、無礼講のような場所では僕、とする。
だけど誰もいない場所だったり、内心思う時はほとんど俺、と言っていた。それは反抗だったのかもしれない。王妃と自分を重ね合わせて見る国王への、些細な。
自分は男で、王子で、王太子で、決して王妃ではないと無意識下に強く思っていたのかもしれない。
フェアリルはそう考えている。
辺境の地、デストピア。
その街を囲うようにできている迷いの森は、文字通り、ひとがひとたび入れが簡単には出られない場所だ。少なくとも既に三桁を超える行方不明者が確認されている。
その中には貴族に連なるものもおり、事態は重くなっていた。
リリアンナが遊学として称してエルヴィノア王国にやってきたのは、ちょうどその頃。
その書状を受け取った時、フェアリルはつい笑みを浮かべてしまった。彼は感情が棘ると、優しい笑みを浮かべるタイプの人間だった。
「このクソ忙しい時に、遊学だと……?ふざけてるのか」
フェアリルには、気を許せる側近はいない。どんなに心を許していても、いつからか、側近はフェアリルをそういう目で見てくるようになるからだ。今まで何度も信じ、裏切られてを繰り返した彼はいよいよ側近など信じなくなった。
そして、だからこそ悲劇が起きた。
リリアンナが遊学としてこの国に訪れたその日の夜のこと。
フェアリルは、彼女に追い回されては堪らないので、書庫へと足を運んでいた。実際、瘴気について確認したいこともあった。
リリアンナの遊学の目的がなにかは知らない。だけど、そうやって銘打った訪問の多くがフェアリル目的だったため、それだけで彼は辟易していた。
彼を追い求めてきただけなら、恐らく、ここは見つからないだろうとフェアリルは踏んだのだ。
地下に作られた書庫はかなり広大で、専門的な書物ばかり置かれている。とてもではないが淑女が来る場所ではない。
フェアリルは基本、ひとりで行動する。それは、仲間と信じられるものがいないからという理由も大きいが、多くはひとりで対応出来るからであった。
そして、フェアリルは偶然、そう。偶然。
リリアンナと出会ったのだ。
「あら?フェアリル殿下………」
そう呟く女の声にまさかとそちらを見れば、淡い金髪に、人形のような透き通った青い瞳の王女がいた。リリアンナだ。
見つかった、と正直思った。自分に想いを寄せるものの対応をするのは、フェアリルにとってとても苦痛なものだった。彼は読み込んでいた瘴気についての本をぱたり、と閉じると彼女へ顔を向けた。
王女はひとりのようだった。より、警戒する。この場で服でも引き裂いて悲鳴でもあげられたら溜まったものでは無い。
「リリアンナ王女か。どうしたんだ?こんな時間に、こんな場所に一人で来るなんて」
「ひとりではありませんわ。扉の外に護衛をひとり置いてあります」
リリアンナ王女はつん、とすまして言う。王女はフェアリルより三つ年下のくせに、どこか高飛車な態度をとる。
「ひとり?まさか、あなたとその護衛おひとりでここまできたのか」
「そうですわ。何かおかしい?」
なにか問題があるのかと言わんばかりの王女の言葉に、フェアリルは王女をちらりと見た。この王女は少々頭が足りないようだ。
「おかしいも何も、少なすぎないか。ここはエルヴィノア帝国だ。妙な真似をする輩はいないだろうが、あなたが祖国にいた時に比べれば、危険度は増す。浅慮な行動は控えるべきだ」
「申し訳ありません、以後気をつけますわ」
殊勝に謝る彼女に、疑う思いが顔を出したが、これ以上話をしても仕方ない。フェアリルはこれ以上彼女と話をするつもりはなかったので、本をいくつか本棚から抜き取ると、そのまま書庫を出ようとした。
だけどその前に、王女が声をかける。
「あの………お聞きしたいことがあるのですけれど」
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