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フェアリル・ユノン・エルヴィノア②

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「ボクを婚約者に指名したって、社交界では持ち切りのようだけど?」

レベッカ・バーチェリー侯爵令嬢。
赤毛のふわふわとした髪をひとつに結い、気が強そうな切れ長の瞳をした娘だ。瞳の色は緑。

「まあね。きみなら僕の考えがわかるかと思って」

令嬢にあるまじき一人称を使うレベッカに、しかしフェアリルは落ち着いた声で続ける。

ふたりの婚約はすぐに結ばれた。国王の考えが読めない。フェアリルに誰でもいいから早く婚約を結ばせたかったのか。
ではなぜ、妹のベルティニアを婚約者候補にしたのか。
国王とベルティニアはさほど関係がない。ベルティニアがおねだりをしたところでそれを聞くほど、国王はベルティニアを可愛がっていなかった。
フェアリルは胃がしくしく痛むのを感じた。ここのところ、ずっとそうだ。自分に向けられた視線のほとんどが、下卑たものだと彼は肌で感じている。
羨望、欲望、好意、情景、熱望、慕情、想望。服の下をねっとりと見つめられるようなその視線を受ける度、彼は鳥肌が立った。

(不愉快だ)

彼の人嫌いは年々加速していく。
婚約が結ばれてすぐ、フェアリルはバーチェリー家へと向かった。そして、客間へと通されたのだ。
そこには赤毛のレベッカと、その隣には緑髪の落ち着いた様子の女性がいた。
女性はファンティーヌ。
バーチェリー家の使用人だったと聞いている。

「どうせ、隠れ蓑が必要だったんだろ?そういう意味ではボクは適任だもんな」

レベッカは隣に座るファンティーヌを抱き寄せ、その頬に口付けを落とした。大人しそうな顔をした緑髪の少女は頬を赤く染める。見慣れた光景である。フェアリルにとっては。

「そうだね。危うくベルティニアいもうとと婚姻することになりそうだったから。とっさにきみの名前を出した。……だけど、きみにとってもいい話だっただろう?」

レベッカはフェアリルの言葉にこちらを見た。その緑の瞳が煌々と光る。レベッカは、体こそ女性だけれど性愛の対象は女性だった。彼女がそれに気づいたのは十の頃だったという。今、彼女の隣に座るファンティーヌへの恋心を自覚したのがきっかけらしい。
気づいてから彼女の行動は早かった。体調が悪いことを故意に装い、離宮へ逃げ込むことをまず行ったのだ。優秀な彼女は、薬や状況を利用して、見事に病弱な令嬢という立ち位置を勝ち取った。恐らく、彼女の両親すら知らないだろう。彼女は実は健康そのもので、そして使用人のファンティーヌと相思相愛だということを。

見た目だけなら彼女は、麗しい令嬢である。話し方は今でさえ男勝りなものになっているが、社交界に出れば彼女はちゃんと取り繕う。彼女は仮面の取り外しが見事に上手なのだ。
フェアリルが彼女の秘密に気がついたのは全くの偶然だった。ある夜会の日、バルコニーで彼女がファンティーヌとキスするのを偶然見てしまったのだった。

だけどフェアリルはそれを言いふらすようなこともしなかったし、レベッカもフェアリルがそんなことをする人間だとは思っていなかったため、それきりだった。

時々親族の付き合いとして彼女と会うことはあれど、周りに誰もいなくなると、レベッカはもはや取り繕うような真似はしなくなった。それはフェアリルを信頼しているというより、フェアリルは自分に興味が無いと確信しているからだった。
は、とレベッカが笑った。

「まあね。ボクもいつまでもこのままでいれるとは思ってなかったから。どこかでちょうどいい男を見繕って契約婚でもしようかと思ってたんだ。お前とならちょうどいい」

「レベッカ様……」

ファンティーヌがか細い声を出す。レベッカは安心させるようにファンティーヌの頬に触れると、続けてフェアリルに言った。

「前にも言った通り、ボクは男を愛する気はないんだ。体も拒否反応するしね。男なんてうんざりだ」

「奇遇だね。僕も、誰も愛する気にはなれないな」

短く答えたフェアリルに、レベッカは薄く笑みを浮かべた。

「今はこのままでもいいと思うが、婚姻ってなると子供の問題が出るだろ。ボクはお前とは絶対に無理だ。ファンにも悲しい思いをさせる」

「そうだね」

「だから、子供はお前がどこかで仕込んでくれ。見た目がお前に似てればボクに異論はない。金髪碧眼の娘とでもよろしくやってくれ」

「きみは………」

フェアリルは呆れたようにレベッカを見た。レベッカの言い分はハッキリしていた。彼女は自分が産むつもりは無いと言い切ったのだ。
フェアリルは少し考える素振りを見せて、答えた。

「そうだね。その時になれば」

しかしフェアリルは自分でも分からなかった。
果たして自分にそういう行為ができるのか。今まで散々な目にあったせいで、女性に欲情ーーもっといえば、疚しい想いを抱いたことが彼にはなかった。豊かな体つきの娘や夫人を見ても、何とも思わない。胸を押し付けられても、動きにくいとしか思えないのだ。我ながらこれはまずいのではないかとフェアリルも考えていた。彼も、婚姻となれば誰かを抱かなければならないことくらい分かる。だけど、自分の体がそれに反応するかどうかはフェアリル自身もわからなかった。





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