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厄介なことに巻き込まれました

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「ユノン・エルヴィノアなんていないじゃない…………!!」

私は思わず声を荒らげた。
近くで同様に本を読み漁っていた侍女のミーナが小声で私を窘める。

「落ち着いてください、リリアンナ様。私たちが今ここにいるのは内密なんですから、お静かに………」

「私だって………!静かにしたいけど!でも刻限まであともう1週間もないのよ!?」

このままじゃ、このままじゃ私………!!
悔しさにも似た怒りに思わず涙が込上げる。

「このままじゃ私、死んじゃうのよ………!?」



私の名前はリリアンナ・デスフォワード。
デスフォワード王国の第三王女であり、そして未婚の女性である。
そんな私だが、目下の悩みーーーというより、どうにかして解決しなければならないことがある。それは自分の婚礼のこと……ではないのだけれど。いや関係あるといえばあるのかしら。とにかく、一大事なのである。

私はつい最近、自分の身に降りかかった厄事を思い出した。

そう、あれは午後のティータイムを終えて部屋に帰る前ーーー。何となく、軽い気持ちで庭園に出た時のことだったわ。庭園で、見頃の花でも楽しもうかしら。そんな軽い気持ちで庭園に踏み入ったのだ。
侍女を数人連れて、日差しの入る、眩い庭園に降り立ったその時。
向こうの方から華やかなドレスをまとった女性が見えた。その艶やかな黒髪を見て、悟る。

あの女性は公爵家の令嬢だわ。
あんまりいい噂は聞かない。さっさと場所を移動しましょう。王女たるもの、逃げるのは恥だが気が付かれてないのなら構わない。気付かれなければ問題ないのだ。
私は令嬢に気が付かなかった。そういうことにしておこう。そう思って踵を返したその時。遠目に見える令嬢が、いきなり走り出してきたのだ。

何事!?

思わずそう思って固まった時。
令嬢はその手にナイフを持っていた。

『えっ………ちょっ………』

まさか私、ここで刺されるの!?
いや、王宮の兵士は何してるのよ!そう思うが、しかし今思っても仕方ない。猛スピードでかけてきた令嬢は私の方へーーーではなく。私の後ろに控える侍女を狙っているらしく、その刃先を微妙に逸らした。

『えっ………!?』

驚いたのも束の間。
とにかく彼女から凶器を手放させようと、今考えればあまりにも無鉄砲すぎるけれどーーー。私は彼女の肩に自分の体をぶつけたのだ。侍女たちの細い悲鳴が上がる庭園。空はきらきらとした太陽の日差しが降り注いでいる。
そんな中、私はーーー。
令嬢の手元が狂ったせいで、そのナイフをその胸元に受けていた。

その時のことを思い返していると、ミーナは本のページを捲りながら私にいった。ちなみにミーナが見ている本は貴族図鑑である。それも、隣国の。

「それにしても、まさかあのナイフが紛い物で、呪術で出来ている品だとは思いませんでした」

私の回想を引き継ぐように言うミーナに、私は苦々しい気持ちになる。ミーナはこの話をする度に私を説き伏せる。いかに、私が高貴な身分であるか、武器を持った人間に体当たりするとは何事かーーーということを。

「………まさか手元が狂うなんて思わなかったのよ」

「でも、あのナイフが本物だったらリリアンナ様のお命はありませんでした」

「本物じゃなかったせいで、さらに命の危険に見舞われているのだけどね」

ミーナの言葉に私は軽く返しながらも本を閉じた。これも失敗だ。
あの呪術で作られたナイフは、呪いが仕込まれていた。それも、とてつもなく面倒なーーー。
呪いの趣旨はこうだ。

『ナイフに刻まれた名前の人間と十日以内に契りを交わさなければ死ぬ』

なんとも単純明快な呪いである。
しかし考えてみてもほしい。私は一国の王女であって、ゆくゆくはおそらく政略結婚をする身だ。そんな身の上で、身を繋げなければならない?何の冗談だ。というか、本当だと思いたくない。だけど拘束された公爵家の令嬢に聞くと、最悪なことに呪いは本物であるであると聞いた。ナイフをその身に受けた私は襲撃事件から2日眠っていて、昨日やっと目を覚ましたのだ。落ちた体力を何とか食事で補填し、ようやく今日。ナイフに掘られた名前を元に貴族図鑑を探す羽目になったのだがーーー。

「エルヴィノア帝国にユノンなんて名前を持つ人はいないわよ!!」

もう何ページもたぐっては戻り、たぐっては戻った本を脇の本タワーに積み重ねる。

我がデスフォワード国の王族のみ伝わる呪術に"癒しの力"という特殊能力があるのだが、この呪いに関しては無効化というか、そもそも干渉ができない、と言った様子で全く意味がなかった。他にも様々、解呪は試してみたもののなしの礫。

ナイフに刻まれた名前はユノン・エルヴィノアだった。エルヴィノアと言えば隣国の大国である。しかも、超大国。
我がデスフォワード国も豊かではあるが、エルヴィノア程ではない。世界でも一番大きな大陸、それがエルヴィノア帝国。
デスフォワード国もいつエルヴィノア帝国の属国にされるか、わかったものではない。
そんな中、ナイフに刻まれたのはエルヴィノア帝国の文字だった。
それを見た両親はお祭り騒ぎだった。

「やったじゃない!リリアンナ!これで我が国も友好国!」

「………」

名前を頼りに知らない男を尋ね、あまつさえその男に純潔を捧げる。そして王女であれば純潔を捧げる行為はすなわち婚姻を示すことになる───。
お相手は超大国と言うのだから、王女としての責務は十二分に果たしていることになるだろう。
両親は喜んでその人物に婚約の打診をしようとした。
しようとして、戸惑いを覚えた。

───あれ?ユノン・エルヴィノアって誰?

………と。
それなりに他国の王族と関わりがあり、その名を覚えているはずの王女はもちろん、その国王でさえ、その名に覚えがなかった。

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