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四章

対象的なふたり/光と闇

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アカネはごくりと飲み込んで、ハーブティーを飲むと一息ついたようだった。
アカネは食いしん坊キャラなのか。
何となく、彼女の学生生活の予想がついた。
私が眉を寄せていると、アカネが言った。

「もう私、日本に帰るから。最後に知りたかったの。……メリューエルはもっと悪い人だと思ってた。意地悪で平気で人を傷つける、そんな人なんじゃないかって」

それは大当たりだ。
だけど私は答えることなく、アカネの続きの言葉を待った。

「意地悪なのはその通りだったけど、でもそれで全部じゃない。それを私は知った。……とんでもなく性格の悪い悪女が婚約者なんて、ミュチュスカさんが可哀想!って思ったけど、私の勘違いだったし。早合点だった。メリューエルは分かりにくいけど……誰よりも大人で、自分を律していて。……何よりも『貴族』の自覚がある人なんだね」

「……褒めてもミュチュスカはあげないわよ」

「素直じゃないなぁ」

アカネは笑うと、少し考え込むように視線を下げて──静かな声で言った。

「それにね、私。ミュチュスカさんにはとっくに振られてるから」

「は……!?」

思わず、腰を浮かしかけた。
完全なマナー違反だが、だって、仕方ない。
振られた!?
……ミュチュスカに!?
いつ、告白したの!?
人の婚約者に!
色々言いたいことはあったが、私を見たアカネが「いや、ちょっと落ち着いて聞いて!」と叫んだ。どうやら、今にも飛びかかりそうな顔になっていたらしい。
アカネは「もー」と言いながら言葉を続ける。

「メリューエルは表情が変わらないからほんと怖いんだよ……」

「それより早く教えなさい。ミュチュスカに告白したの?」

「したよ。でも振られた」

「…………」

ごくり、と息を飲む。
いつの間に?
いつ、どこで?
ミュチュスカはなんと答えたのだろうか。
私は手をにぎりしめた。
じわりと、嫌な汗をかく。
アカネは、私を見て不思議そうな顔をした。

「メリューエルってさ、どうしてそんなに可愛いのに自信ないの?普通に考えて、ミュチュスカさんが私を選ぶとかありえないって思わない?だってメリューエルの方がかわ」

「そういうのはいいのよ。早くして」

「………」

アカネは何か言いたげだったが、ソファの背もたれに背を預けて、告白した。

「そもそも、ミュチュスカさんがメリューエルを好きなのは、私知ってたよ。だって彼、私とロディアス王子の前でメリューエルのこと『好きな女』って言ったんだよ?あれ聞いて、ああ、失恋したなって思ったんだから」

「………好きな、女」

ぽつり、繰り返した。
私の声に気づかないアカネが、眉を下げてわざとらしいくらい明るい声を出した。

「だからさ、日本に帰る前にきっぱり振られて、思い残すことはもうないの!それに早く戻んないと強制的にアレン王子の妃?にされそうだし……」

ちょっと、いやかなり嫌そうな声でアカネが言った。
そう言えば、アレン殿下。アカネのことをすごい気に入っていた。私はうんざりとした様子を見せるアカネに尋ねた。

「アレン殿下は嫌い?」

「嫌い、というか……。ちょっと苦手なタイプ……かな。威圧感あるというか……。昔いじめてきたやつに似てて……」

「………」

アレン殿下に非はなさそうだが、想いは実らなそうだ。
私は特に何を言うでもなく、沈黙を守った。
アカネは、視線を下げてハーブティーの水面をじっと見つめた。どこか満足そうな、納得したような顔だった。

「……ミュチュスカさんを好きになったのは、本当の気持ち。初恋だった。あんなに素敵な人はもういないって思った」

「………」

「でも、メリューエルには敵わないから。……ミュチュスカさんの婚約者がメリューエルで良かった。私、この国に来てよかった。ミュチュスカさんに会って恋を知って、メリューエルに会って……強さを知った。ライラも、ビジョンさんも、ロディアス王子も、バルセルト……さんは少し苦手だし、アレン王子も苦手なままだけど……。色んな人と知り合って、色んな経験をした。日本にいたままだったらこんな経験一生しなかったよ。聖女様、って傅かれるなんて。そう思うと、稀有な経験をさせてもらったって思う。私、レーベルトに来てよかったよ」

アカネはそう言って笑った。
『この国に来て良かった』
そう言えるアカネを、私は眩しく思った。

それを言える強さが、アカネにはあるのだろう。
やはり、どこまでいっても物語のヒロインらしい性格だ。
以前の私なら、その眩しさに苦しさを覚えていただろう。

でも今はもう、以前のような不快感は抱かなかった。
嫉妬ゆえの暗い憎悪も、温かな環境で育ったことへの僻みも、なかった。
ただ、彼女を羨ましいと思う。

そして、今更ながら──本当に遅れて、気がついた。

私は、羨望の感情を妬みに変えていたのだ、と。

羨ましい。ずるい。

どうしてあの子だけ・・・・・・・・・、と。

私は、私は苦しい環境で育ったのに。
どうして聖女アカネは──と。

……そう、思っていた。

なんて浅ましい。なんて醜い。
あまりの情けなさに、あまりのみっともなさに。
どうしようもなく自己嫌悪し、自嘲した。

どこまでいっても、私という女は底意地が悪いらしい。

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