上 下
70 / 79
四章

十六歳と十七歳

しおりを挟む
聖女が待つ応接室に向かうと、彼女はなぜか座ることなく立って私を待っていた。
そして、入室した私を見ると、目を見開いて私の名を読んだ。

「メリューエル!!」

ものすごい大声である。
私の背後に立つメイドがびっくりしたように固まっている。私はメイドに目配せし、退室させると、ため息をついた。

「声は荒らげてはなりません」

「そんなの!!………メリューエル、メリューエル……!わたし、わたし」

聖女は駆け寄ってくると、私の胸元を掴んだ。
がっ、と勢いよく。あまりの力強さにたたらを踏んだ。

「ちょっ、聖女さ──」

「ごめんなさい!!」

勢いよく、聖女が頭を下げた。
その勢いに完全に飲まれ、私は目を見開いた。
瞬きすらせずに凝視していると、聖女はそろそろと私の胸元から手を離し、また深く頭を下げた。横から見たらきっちり直角。
聖女と呼ばれるひとがそんなふうに頭を下げてはならない。そう言わなければならないのに、私は聖女の行動にあっけに取られていた。
聖女は頭を下げたまま言った。

「ごめん。ごめんなさい、メリューエル。……あなたがしてくれたことで、あなたが私を庇ってくれたから、今の私がある。……ごめんなさい。ありがとう」

「……顔をあげてください」

胸元がしわにならないようさりげなく伸ばしながら、私は聖女に言った。
やはり、ミュチュスカと聖女はとても似ている。その気の病み方。彼女もまた、ミュチュスカと同じくらい──いや、もしかしたらそれ以上に、自責の念に襲われていたのかもしれない。
そんな単純なことを、なぜか聖女に会うまで忘れていた。

「座ってください」

「でも」

「いいから」

私は聖女をソファに案内し、座らせた。
鈴を鳴らし、メイドにティータイムの準備をさせる。

「……聖女様がご無事で何よりです」

「………」

聖女は答えなかった。
くちびるを引き結んで、眉を寄せていた。
何か考え込んでいるような仕草だ。

その間に、メイドがワゴンを押して入室した。
用意されたのは、紅茶ではなく、柔らかな香りのする、ハーブティーだ。香りからして、カモミールとペパーミントが配合されているのだろう。ハーブティーと指定したのは、ミュチュスカだ。私がいつ子を孕むか分からないからカフェインは控えるように、とのことだった。

ミュチュスカは今、登城していて不在だ。
アフターヌーンティースタンドと運ばれたが、聖女は見向きもしなかった。いつもは、目を輝かせてマナーそっちのけで手を伸ばそうとするのに。
私が訝しんでいると、聖女がぽつりと言った。

「……メリューエルは、いつも、そう」

抑圧されて育った娘が、母に抗議するような。
そんな静かな声だった。
静かだけど、何かを押さえ込んでいるような声でもあった。
聖女は、ドレスのスカートを握りしめていた。スカートに皺が寄っている。

「……は?」

突然の言葉に、私はまともな言葉を返せなかった。
聖女は私を見ずに、俯いて、じっとソファの座面を見ながら続けた。
ぽつり、ぽつり、と。
だけど、言葉の濁流をもって、彼女は言う。

「メリューエルはいつも丁寧で礼儀正しいけど、それだけ。……ねえ、覚えてる?最初に、私が聖女様って呼ばれるの柄じゃない、って言った時のこと」

聖女は何を言い出したのか、そんな話を突然切り出した。私はやや困惑しながら頷いて答える。

「え、ええ。はい」

蔵書室でのことだろう。
聖女は異世界について情報をまとめた本を求め、蔵書室に訪れた。ミュチュスカが、聖女を案内した。
その時に私は聖女に会ったのだ。ミュチュスカを伴った、聖女に。

「メリューエルは、『聖女様を聖女様と呼ぶのは当然』と答えたよね」

「……そうですね。なにか、お気にさわりましたか?」

私の言葉に、聖女が顔を上げた。
どこか弱々しい、困ったような、諦めたような、そんな顔だった。
いつも笑って、明るい聖女のそんな顔を見たのもまた、初めてだ。

「ほら、それ。……私ね、メリューエルにそうやって線を引かれて、他人行儀に接される度に、思ったんだよ。やっぱり、受け入れてもらえないのかな、って」

「え……」

聖女は力ない笑みを浮かべた。
さらりと、彼女の黒髪が揺れる。

「突然見知らぬ人間が来て、そのひとを持ち上げてチヤホヤしろ、なんて言われてムカつくのは当然だよ。私だって、いきなり宇宙から知らない人が日本に来て、『今日から私は神です、崇めなさい』って言われて、そうしろと首相が命じても、全国民が崇めても、私は何で?って思うよ。突然やってきてさ、権力を行使するとか侵攻みたいじゃん」

「………」

知らなかった。
聖女は自分のことをそんなふうに思っていたのか。
ただ、毎日を気楽に生きる能天気娘かと思っていた。
何も、考えていないと思っていた。
あまりにも私が唖然としているからか、聖女がまた笑う。
困ったように、頬をかいて。

「でもさ、安心して。もう冬解けの儀式は終わったし、私、日本に帰るから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...