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三章

その感情は何を内包している ※R18

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「……ミュチュスカ?あの、ごめんなさい。裏切ったつもりは無いの。本当よ」

「……メリューエル。俺が、きみに怒りを向けると思う?きみは生き残るためにふさわしい手段を選んだ。俺はそれを咎めないよ。……ただ、自身の無力さには吐きそうなほど、怒りを覚えるけどね」

そういったミュチュスカの手は強ばっていた。
力を入れようとして、でも入れまいとしているような、そんなぎこちなさ。
私はそっと、ミュチュスカの手に自身のそれを重ねた。拒絶されない。そう信じて。
私が触れると、ミュチュスカはびくりと震えたものの、手を振り払われることは無かった。
突然、ミュチュスカに抱きしめられた。
強い力で、乱暴な抱き寄せ方だった。

「っ……!」

「しかも、ほかの女のふり?つまり、ディミアンはきみを聖女様だと思って触れたわけだ。きみがほかの女の代わり。は……。きみは、メリューエル・メンデルは……。俺の好きな女は、ほかの女の代わりにされるほど、安い女じゃない」

「ミュチュ……スカ」

彼は、怒っているようだった。
私が他の男に肌を許したことに、ではなく。
私が、ほかの女の代わりにとその肉欲を受け止めたことに。……彼は、猛烈に怒っている。
私の、ために。
私の、代わりに。
そう思うと、鼻先がつんとした。
あの、惨めで哀れで、どうしようもなく情けなかった、ディミアンとの夜。
それを、ミュチュスカが怒り、私のために悲しんでくれている。
もう、それだけで十分だった。
それだけで、あの時の、あの日の私は救われている。
絶望で、恐怖で、悲嘆に満ちていた私の、傷だらけの心を、彼がそっと癒してくれるから。そのあたたかい感情で、柔らかな気持ちで。私を想う、その優しさが、私を治す。

私はミュチュスカの背に手を回した。

「……ごめんね。ごめんなさい。ミュチュスカ」

ミュチュスカは、少し笑ったようだった。

「どうして謝るの?きみは何も悪くない。……婚約者だと言うのに、きみを守れなくてすまなかった。……婚約者失格だな。騎士の資格も失い、婚約者にもふさわしくない俺は、どこまでいっても下の下でしかない。そんな男は、メリューエルにはふさわしくないね」

「何言ってるの?」

私は体を離してミュチュスカを見た。
どんどんミュチュスカが卑屈になってきている。
私が目の前で落ちたことが、とんでもないトラウマになっているようではあるけど、このままではミュチュスカは情緒が不安定になってしまう。私はミュチュスカを壊したい訳では無い。
そう思って彼の頬を手で挟むと──しかし、予想に反し、ミュチュスカは私を真っ直ぐに見つめていた。変わらず強い、瞳。
どこにも濁りはなく、穢れもなく、ただただ真摯に私を見つめる瞳。
紺青に、流星が踊る。

見つめあって、どれくらい沈黙していただろう。ミュチュスカが、こつん、と額を合わせてきた。

「……口付けを受けた?」

「え?」

顔を上げると、ミュチュスカの手が首の後ろに回った。何を言う間もなく、くちびるを塞がれる。

「んんッ……んーー!」

最初から噛み付くような、濃厚な口付けだった。
何度も角度を変え、開いたくちびるから舌が差し込まれ、吸われる。上顎を舌先でくすぐられて、腰が跳ねた。びくりと震える私の腰をぐっと抱き寄せて、いつの間にかミュチュスカの上にのりあげる形になっていた。

ミュチュスカに腰を抱かれ、執拗に口内をまさぐられる。彼の手はするすると腰を降りてきて、私の太ももに触れた。
変わらず私は、木綿の色気のない寝着を着ている。この飾り気のない服は、一体誰の趣味なのだろう。そんなことを考えていると、ミュチュスカの太ももが私の秘部を刺激した。

「ンぅっ……!」

口付けを受けながらも、喘ぎ声が零れた。
既に、飲みきれない涎がぽたぽたと口端から零れ、胸を垂れ、服に染みを作っている。
ミュチュスカは私のくちびるを食んで、甘噛みし、舌を噛んだ。吐息すら奪うような、激しい口付け。あまりの激しさに頭がくらくらとした。
いつのまにか、私はミュチュスカの背中にすがりついていた。口付けだけでは焦れったくて、気づかないうちに体をミュチュスカに押し付け、腰を揺らしていた。そんな私に、ミュチュスカがそっと口付けを解き、小さく言った。

「……淫乱」

「!」

カッと、羞恥のために頬が熱を持った。
自分でもわかるほどに頬を赤く染めながら、私は抗議した。

「あ、あなたのせいでしょ……!?あなたが私を、作り替えたから……!」

ミュチュスカの手が、背中に回る。
寝着の裾をたくし上げ、その中に手を差し込んで、素肌に触れてくる。撫でられているだけなのに、びくびくと体が反応した。

「そうだよ。俺のせいだ。……俺が、きみをここまでいやらしくした。俺だけの、俺専用の体だね」

ミュチュスカが薄く笑って、私の首筋に吸い付いた。また、印が付けられている。
私はそれを恍惚とした思いで受け止めていた。ミュチュスカのくちびる。彼に与えられる、キスマーク。
彼は胸元に、鎖骨に、何度も何度も口付けを落とした後に、私に尋ねた。

「……舐められたのは、どこ?」

「え?」

「あの男に、ほかにどこに触られた」

ミュチュスカの声は、ゾッとするほど低く、冷たかった。その声の鋭さに、腰がびりびりと震えた。
まるで、ミュチュスカが本当に怒っているように感じたから。
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