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二章

騎士の名が邪魔になるというのなら【ミュチュスカ】

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「では、今より私は騎士の誇りを、矜恃を捨てましょう。私には騎士の資格がない。好きな女ひとり守れずして、何が騎士というのでしょう。国を守れと仰せなら、国に仕える騎士としてふさわしく在れと仰るなら……私を行かせてください」

ミュチュスカの言葉は、懇願ではなかった。
彼の声には確かな覚悟が宿っている。
突き返すように章飾をロディアスの前に差し出すが、ロディアスは受け取らなかった。
ただ苦々しい顔をするだけである。

ミュチュスカも理解している。ロディアスの案は正しい。
今、ミュチュスカが動いてディミアンを逃がすようなことがあれば、それは大きな失策となる。
王位を虎視眈々と狙うディミアンを失脚させられるタイミングはもうこれを置いて他に無いかもしれないのだ。

それでも、ミュチュスカはここでじっと待機していることは出来なかった。

例え、国に仕える騎士に反した行いだと咎められても。
ロディアスが章飾を受け取らないので、ミュチュスカはそれをサイドチェストの上に置いた。

そのまま踵を返して部屋を出ようとするミュチュスカに、慌てた様子でロディアスが声をかける。

「待て待て待て!まだ僕は、お前を騎士から外したわけじゃないよ。ちゃんと僕の言葉も聞きなさい」

「………」

冷めた目で見られて、ロディアスは息を吐いた。
仕方ない。本音を言えば、ここは慎重に動きたかったがそうすればミュチュスカは独自に動くだろう。
そして、もしこの件でメリューエルの身に──例えば、彼女が死ぬようなことがあれば。
それはミュチュスカとロディアスの蟠りにも繋がる。ロディアスは自身が即位してからもミュチュスカはそばに置いておきたいと思っていた。彼ほど優秀で信頼に足る人物がいないからだ。

ミュチュスカは仕事に私情を持ち込まない。
命じられた仕事には汚れ仕事もあるというのに、顔色ひとつ変えない。ミュチュスカはそういう男だ。仕事と私事を切り離すことが出来る。
今ミュチュスカに離反されるのは避けたい。それでなくとも、ロディアスが信頼出来る人間は限られているというのに。
信頼できて、仕事もできる。そんなミュチュスカを手放すのは惜しい。

それに、万が一メリューエルに何かあればメンデル公爵が何を言ってくるか分からない。
メンデル公爵家とアリアン公爵家の、王家への忠誠が失われるのは避けたいところだった。
ロディアスはそう考えた。
本音を言えば、ディミアン失脚のために手堅い手を取りたいところであったが──目先の利益に囚われては大局を見失いかねない。

「分かった。きみの独自行動を許可する。その代わり、決して気をゆるめず、慎重に行動するように。……兵も必要なだけ連れて行って構わない」

「……殿下、」

「それと、これだが」

ロディアスは章飾を指でつまみあげた。
薄暗い寝室であっても、王家の紋章が施された金色のメダルは、きらりと光った。

「今は預かっておく。帰ったら受け取れよ」

「………」

一度は騎士の名を捨てようとした身だ。
安易な気持ちで外したわけではない。
そんなミュチュスカが、それを受け取ることは騎士への冒涜のように感じた。
沈黙し、頷く様子を見せないミュチュスカに、ロディアスは大仰にため息をついた。恐らく、意図的に。

「いいか、これは提案じゃない。命令だ。お前はただ、無事に戻りこれを受け取ればいい。返事は不要だ。早く行け」

「……殿下」

ミュチュスカは真っ直ぐロディアスを見つめた。

「……感謝いたします」

「早く行け。メンデル家の令嬢を無事に保護するように」

「は」

ミュチュスカはそれだけ言うと、足早に寝室を出た。
残されたのは聖女とロディアスだが、ロディアスが上手く取りなすだろう。

ミュチュスカは厩に急いだ。
心当たりはいくつかあった。
ディミアンが拠点にしていると考えられる場所は、王都付近で三ヶ所。

恐らくそのうちのどこかにメリューエルは──彼の婚約者が、いる。


ディミアンはメリューエルを聖女だと思い込んでいる。
だとすれば、彼の狙いはひとつ。
子を孕ませて、聖女の夫となり実権を握ること。
すぐに捜索隊が出されることを考えると、逃亡に時間はかけないだろう。何よりも早く、彼は聖女を孕ませなければならない。
であれば、聖女──とディミアンが思い込んでいるメリューエルが連れていかれたのは、王都からあまり離れていない場所。
そして、外に出て、ミュチュスカは口端を持ち上げた。

一面の雪景色には、まだ馬の蹄の跡がくっきりと残っていた。
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