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二章
変えられない運命
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「本日はどのようなご用件で?」
私がソファに座ると、聖女もまた対面に座った。
「えっと……あ、今日のメリューエルすごい綺麗だね?なんかあるの?」
余計な無駄話を始めた。
舌打ちしたい思いを飲み下して、私はにっこりと微笑んで見せた。
「せっかくのお休みですから」
「そっかー。そうやっていると、メリューエルほんとに綺麗だね。お人形さんみたい。髪とかふわふわで……生きてる?って思うくらい」
「ふふ、ありがとうございます。生きています」
聖女流の冗談なのか分からないが、愛想笑いを浮かべておいた。
しかし聖女はしきりに私を見ては感嘆しているので、恐らく本音なのだろう。私自身、自分の見た目は気に入ってるしさっき鏡で見た時も自画自賛したほどだ。
しかしこの見た目も、ミュチュスカが気に入らなければ意味が無い。先程まで自分の見た目に自信を持ち、自画自賛していたのが馬鹿馬鹿しく感じる。こんなに着飾ったところでミュチュスカには私より聖女の方が魅力的に映るのだろう。
例え、社交界にいる紳士の十人中十人が私を選んだとしても、ミュチュスカだけは私を選ばない。
先程まで浮き上がっていた気持ちが一気に下降していくのが分かった。だから、聖女とは会いたくなかったのに。
私が黙っていると、聖女がハッとしたように居住まいを正した。ぴしりと手を足の横につけ、背筋を伸ばした聖女が言った。
「メリューエルにお願いがあるの」
「……お願い?」
訝しげな思いで聖女を見る。
聖女は緊張した様子を見せながらも言った。
「ミュチュスカさんのお妾さんになるのを、認めて欲しい」
時間が止まった気がした。
妾?誰の?……ミュチュスカの?
ミュチュスカの妾に、聖女が?
ようやく理解が追いつき、抱いた感想は『何言ってるのだろう、このひと』というものだった。
聖女の言葉はあまりに論点がズレすぎている。
まず前提として、レーベルトを救う聖女が五大貴族とはいえ、貴族でしかない男の妾に納まるなど周りが許さないだろう。聖女が願うなら私との婚約など破棄──あるいは、外聞が悪いので元からなかったことにした上で、ミュチュスカの妻の座を差し出すことだろう。
妾になどなれるはずがない。
現実的に考えて有り得ない話だ。
そして感情的な話においても私の抱いた感想は変わらない。
私にわざわざ言ってくる理由は何?
婚約者の妾になることを許して欲しいと、婚約者に恋する女に頼まれる。
それを快諾する女が、世界のどこにいるのだろう。ああ、探せばいるのだろう。愛のない婚約者関係であれば、さほど興味もないからすきにしろとちうかもしれない。
だけど|聖女(このおんな)は、私がミュチュスカを愛していることを、彼に執着していることを知っている。知った上でのこの発言なのだ。
聖女は本当に少女漫画のヒロイン、あるいは少女小説の主人公のようだ。
好きになってはいけない相手を好きになってしまったから、|彼の婚約者(わたし)に正直に話す。
ごめんなさい、諦めきれないのと素直に、策略を謀ることなく感情を吐露する。
そんな自己満足に付き合わされて、|悪役(わたし)はどうすればいいの?
頬を平手打ちして、泥棒猫と罵れば私が悪者になる。でも、そうされて当然のことを彼女はしているはずなのに。
ふと、思い出した。
前世で時々見ていた恋愛ドラマや恋愛映画に出てきた、ヒロインに意地悪をする悪役女の気持ちはこんなものだったのか、と。
これはたしかに苦しい。
私が黙っていると、聖女はおずおずと話し出した。
「ライラが教えてくれたの。この国はお妾さんや愛人っていう制度があるんでしょう?私、妾でいいから……だから、認めて欲しいの。おねがい」
「なぜ私に言うの」
鼻で笑うような声になった。
私の攻撃的な声に、だけど聖女はひるまずに真っ直ぐ見つめ返してくる。
「ミュチュスカさんに言う前に、彼の婚約者であるメリューエルに言わないといけないと思ったから」
ああ、その瞳だ。
その、自分は間違っていない、と強く信じている目。私はその瞳が本当に──。
そこまで考えた時、部屋の外がにわかに騒がしくなった。
急いでいるような足音が複数。
優雅さと品を求められる王城では珍しい乱暴加減だ。私が眉を寄せるのと、なにか言い争うような声が聞こえてきたのはほぼ同時。
瞬間、私は立ち上がっていた。
聖女も外の音が気になっていたのだろう。困惑していたが私の尋常ではない様子に、戸惑いを隠せないようだった。
「メリューエル?」
「しっ……こちらに」
レーベルトでもっとも優雅さを求められ、品位を要求される王城でこの騒ぎは異常だ。
それに私の聞き間違いでないのなら先程、剣戟のような音が聞こえた。
私が聖女の手を掴んで続き部屋の寝室に入り、鍵をかけたのと応接室の扉が蹴破られたのは同時だった。
間一髪だ。
少しでも遅れていたら間に合わなかったかもしれない。
その恐怖に心臓が嫌な音を立てた。
私がソファに座ると、聖女もまた対面に座った。
「えっと……あ、今日のメリューエルすごい綺麗だね?なんかあるの?」
余計な無駄話を始めた。
舌打ちしたい思いを飲み下して、私はにっこりと微笑んで見せた。
「せっかくのお休みですから」
「そっかー。そうやっていると、メリューエルほんとに綺麗だね。お人形さんみたい。髪とかふわふわで……生きてる?って思うくらい」
「ふふ、ありがとうございます。生きています」
聖女流の冗談なのか分からないが、愛想笑いを浮かべておいた。
しかし聖女はしきりに私を見ては感嘆しているので、恐らく本音なのだろう。私自身、自分の見た目は気に入ってるしさっき鏡で見た時も自画自賛したほどだ。
しかしこの見た目も、ミュチュスカが気に入らなければ意味が無い。先程まで自分の見た目に自信を持ち、自画自賛していたのが馬鹿馬鹿しく感じる。こんなに着飾ったところでミュチュスカには私より聖女の方が魅力的に映るのだろう。
例え、社交界にいる紳士の十人中十人が私を選んだとしても、ミュチュスカだけは私を選ばない。
先程まで浮き上がっていた気持ちが一気に下降していくのが分かった。だから、聖女とは会いたくなかったのに。
私が黙っていると、聖女がハッとしたように居住まいを正した。ぴしりと手を足の横につけ、背筋を伸ばした聖女が言った。
「メリューエルにお願いがあるの」
「……お願い?」
訝しげな思いで聖女を見る。
聖女は緊張した様子を見せながらも言った。
「ミュチュスカさんのお妾さんになるのを、認めて欲しい」
時間が止まった気がした。
妾?誰の?……ミュチュスカの?
ミュチュスカの妾に、聖女が?
ようやく理解が追いつき、抱いた感想は『何言ってるのだろう、このひと』というものだった。
聖女の言葉はあまりに論点がズレすぎている。
まず前提として、レーベルトを救う聖女が五大貴族とはいえ、貴族でしかない男の妾に納まるなど周りが許さないだろう。聖女が願うなら私との婚約など破棄──あるいは、外聞が悪いので元からなかったことにした上で、ミュチュスカの妻の座を差し出すことだろう。
妾になどなれるはずがない。
現実的に考えて有り得ない話だ。
そして感情的な話においても私の抱いた感想は変わらない。
私にわざわざ言ってくる理由は何?
婚約者の妾になることを許して欲しいと、婚約者に恋する女に頼まれる。
それを快諾する女が、世界のどこにいるのだろう。ああ、探せばいるのだろう。愛のない婚約者関係であれば、さほど興味もないからすきにしろとちうかもしれない。
だけど|聖女(このおんな)は、私がミュチュスカを愛していることを、彼に執着していることを知っている。知った上でのこの発言なのだ。
聖女は本当に少女漫画のヒロイン、あるいは少女小説の主人公のようだ。
好きになってはいけない相手を好きになってしまったから、|彼の婚約者(わたし)に正直に話す。
ごめんなさい、諦めきれないのと素直に、策略を謀ることなく感情を吐露する。
そんな自己満足に付き合わされて、|悪役(わたし)はどうすればいいの?
頬を平手打ちして、泥棒猫と罵れば私が悪者になる。でも、そうされて当然のことを彼女はしているはずなのに。
ふと、思い出した。
前世で時々見ていた恋愛ドラマや恋愛映画に出てきた、ヒロインに意地悪をする悪役女の気持ちはこんなものだったのか、と。
これはたしかに苦しい。
私が黙っていると、聖女はおずおずと話し出した。
「ライラが教えてくれたの。この国はお妾さんや愛人っていう制度があるんでしょう?私、妾でいいから……だから、認めて欲しいの。おねがい」
「なぜ私に言うの」
鼻で笑うような声になった。
私の攻撃的な声に、だけど聖女はひるまずに真っ直ぐ見つめ返してくる。
「ミュチュスカさんに言う前に、彼の婚約者であるメリューエルに言わないといけないと思ったから」
ああ、その瞳だ。
その、自分は間違っていない、と強く信じている目。私はその瞳が本当に──。
そこまで考えた時、部屋の外がにわかに騒がしくなった。
急いでいるような足音が複数。
優雅さと品を求められる王城では珍しい乱暴加減だ。私が眉を寄せるのと、なにか言い争うような声が聞こえてきたのはほぼ同時。
瞬間、私は立ち上がっていた。
聖女も外の音が気になっていたのだろう。困惑していたが私の尋常ではない様子に、戸惑いを隠せないようだった。
「メリューエル?」
「しっ……こちらに」
レーベルトでもっとも優雅さを求められ、品位を要求される王城でこの騒ぎは異常だ。
それに私の聞き間違いでないのなら先程、剣戟のような音が聞こえた。
私が聖女の手を掴んで続き部屋の寝室に入り、鍵をかけたのと応接室の扉が蹴破られたのは同時だった。
間一髪だ。
少しでも遅れていたら間に合わなかったかもしれない。
その恐怖に心臓が嫌な音を立てた。
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