〈完結〉【コミカライズ・取り下げ予定】聖女になれない私。

ごろごろみかん。

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二章

死んでよかったでしょう?

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ふと、聖女がぽつりと言った。

「どうして、ミュチュスカさんの婚約者がメリューエルなの?」

まつ毛を伏せた。
ミュチュスカは何を言うのだろう。
早く部屋に戻ればいいのに、私の足は固まったようにその場から動かなかった。まるで、足に根が生えたかのよう。

「メリューエルはミュチュスカさんを大事にしてないよ。メリューエルが感じてるのは、独占欲……。ネックレスとか指輪とか見て、綺麗だな、欲しいな、っていう感情と一緒だよ……」

「…………」

「ミュチュスカさんも分かってるんでしょ……!?なのになんで……?」

ミュチュスカは答えない。
彼は何を考えているのだろう。
今、何をしているのだろう。
聖女をだきしめているのだろうか。
ぼんやりと空を見上げた。
変わらず重たい曇天が、灰色の空が広がっている。息を吐く。その息は白い。
そして聖女は、ついに言った。

「どうして……どうして、あんなひとがミュチュスカの婚約者なの?婚約を破棄することはできないの……!?」

知っているセリフだった。
覚えのある言葉だった。
それは、私が物語の情報として書き連ねた聖女のセリフ。物語に書いてある言葉だった。
それを今、聖女が言った。
私は呆然としていた。
ショールも羽織らずに外に出てしまったから、吹き付ける風が冷たく、凍えるようなのに動くことは出来なかった。
苦しげな声を出して私を糾弾し、ミュチュスカに懇願するように叫んだ聖女に、ミュチュスカが言った。

「……出来ません。それは、私が貴族だからです。貴族は、義務に従わなければならない。私は彼女と結婚しなければならない」

「どうして……!」

聖女がまた叫ぶ。
この後、この後はどうなるのだったっけ。
そうだ。物語の内容を記した紙によれば──

『泣かないで。あなたに泣かれると、私はどうしようもなく苦しいんだ』

そう言って、ミュチュスカは苦しげな、だけど決してそれを聖女に悟らせまいと、優しい笑みを浮かべるのだ。雪が解けて、春を迎えるような。そんなあたたかな瞳を聖女に向ける。

「っ………」

弾かれたように慌てて後ずさった。
焦りすぎたせいで、無様に転げそうになった。
私はその先の──ミュチュスカの言葉を聞くのを恐れるようによろよろと数歩後ずさると、その場から逃げ出した。
もう、聖女とミュチュスカの会話は聞こえてこなかった。



庭園から宛てがわれた部屋に向かう途中、考えた。
聖女が儀式を終わらせるまで春は訪れない。冷やされた空気に、白い息を吐いた。

私が死ぬまで、あと二日。
どうやって死ぬかは、既に決めている。
だけどどのタイミングで命を絶つかはまだ、明確に決めていなかった。

自死を果たす、ということは家の名に泥を塗る行為に違わない。
父は私の行いを知れば、不出来な娘だと罵り、墓もおざなりにしか用意してくれないだろう。世間体があるから葬式は盛大に行うだろうが、それだけ。

その後のメンデル公爵家の中で、メリューエルという娘の存在は消され、元から存在していなかったかのように扱われるのだろう。

それに、父のことだ。
私の死をいいように利用するに違いない。
恐らく彼は、聖女のために身を引いた哀れな娘の父として振る舞うだろう。

それこそが私の求めている未来像であり、評判だ。

父はきっと私の希望を叶えてくれる。
高位貴族の娘として育てられてきたが、魂まで貴族社会に捧げる気はさらさらない。
死ぬ時くらい、我を通させてもらいたい。


ねえ、ミュチュスカ。
私の愛する、私だけのミュチュスカ。

例えあなたが聖女を選んだとしても、私は決してあなたから消えない。

私が自死を果たすことによって、自責の念に、後悔に、悔恨に駆られるといい。心優しい聖女はきっと、私という存在に心を痛める。
ふたりして、私の犠牲の上で成り立った幸福を苦々しく甘受し、後味悪い思いで浸ればいい。

そうすれば私も浮かばれる。
死んでよかった、と思えるから。


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