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二章
彼の香りに溺れて死にたい
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「……!?」
思わず胸元を強く押さえると、ミュチュスカが馬鹿にするように笑った。まるで私の行動には何の意味も為さないと言わんばかりの表情に、ますます困惑する。ミュチュスカはこんな顔をする人じゃなかった。こんな、こんな──彼はあまりにも、人間らしい。
動揺しているうちにホールから廊下に移動していた。彼が向かう先に気がついて、思わずミュチュスカの腕を引っ張った。
「ま、待って。どこ行くの?あなたは何をするつもりなの……?」
「何って、ひとつしかないと思うけど。なんだと思う?メリューエル。賢いきみなら分かるよね。この先にあるものは?そして、この先に男と女が連れたって行く理由は?」
この先にあるのは、休憩室だ。
夜会の熱気に充てられたり、ダンスに疲労した婦人が休む場所。
だけどその殆どが男女の秘事の場として使われているのは周知の事実。足を止めた私を覗き込んで、ミュチュスカが尋ねた。
「メリューエル、嫌?」
「いや……なわけでは。でも、あなたが何考えているのかが分からない……」
素直な気持ちを吐露した。
ミュチュスカと休憩室に行く。その意味は?
以前は──以前は、私が妙な薬を飲まされていたから仕方なく。でも、今回は?今回は何も薬なんて飲まされていない。
動揺し、上手く言葉を紡げない私にミュチュスカが皮肉げに笑った。
「相手の気持ちが分からないのはきみだけじゃないよ、メリューエル。むしろ、お互い様じゃない?」
「どういう、」
「きみはさ、見てくれをとても重視するよね。こんなの、皮一枚剥げばみんな同じだというのに。くだらないことばかりに固執する」
「っ……」
それは、ついさっき私が父に思ったことだった。
もっとも、父が固執するのは顔ではなく肩書きだが。やはり血は争えないのだろうかと愕然としていると、ミュチュスカに顎を持ち上げられた。
「今は俺のこの見た目を気に入ってるみたいだけど、そろそろ飽きてきた?次はバルセルト?それともロディアス殿下かな。バルセルトみたいなクズはきみで遊ぶだけ遊んで捨てるよ。ロディアス殿下はどうかな。上手くやれば第二妃あたりにはなれるかもしれないけど、王妃にはなれないんじゃない?ロディアス殿下の好みは聖女様のように裏表のない心優しい娘だよ」
「……っ」
聖女のように、裏表のない──。
その言葉は私の胸の柔らかなところを突き刺した。思わず言葉を失う私の手を引いて、ミュチュスカが休憩室に入った。慣れた様子に自嘲が込み上げた。
「……随分手馴れているのね」
「使い方くらい貴族の男なら誰でもわかる」
彼は肯定しなかった。そんな些細なことが嬉しくて嬉しくてたまらない。
この|男(ひと)はいずれ、ほかの女に取られる運命だと言うのに──。まだまだ私は、ミュチュスカへの想いを断ち切れそうにない。
これは業だ。呪いだ。生まれ持った私の性質だ。きっと、彼を嫌いになれる日なんて来ない。それが分かっているから、悔しくて、悲しくて、そして彼を求めそうになってしまう。縋りたくなってしまう。愛して欲しい、と。
黙り込んでいる私を連れて、ミュチュスカはベッドではなく窓際へと連れていった。何をするつもりなのかとのろのろと顔を上げる私に、彼が言う。
「ドレスを捲りあげて」
「え……」
乾いた声が出る。
そんな私を見るミュチュスカの瞳は、恐ろしいくらい冷たい。凍えた氷のような瞳で見られて、私は硬直する。
「今、なんて……」
「もう一度言わなきゃ分からない?ドレスを持ち上げて、と言ったんだよ。メリューエル」
できるよね、と彼は幾分か柔らかな声で続けた。
どうしてそんなことを、なぜ。
色んな疑問や感情がごちゃ混ぜになるのに、私の手はそろそろとドレスの裾へ伸びていた。
ミュチュスカは私を見て冷たく言った。
「ロディアス殿下やバルセルトと話してきみが濡れていないか確認するためだよ」
カッと頬が熱を持った。
羞恥なのか、屈辱なのか。それとも両方か。
分からないけど顔は火が出そうなほど熱を持ち、まるで現実味がない。どこか夢心地で私は首をようやく横に振った。
「なに、言ってるの……」
「彼らと話して少しも疼かなかったと?あの夜、あんなに女の快楽というものを刻み込まれたのに、少しも思い出さなかったの?ねえ、メリューエル。きみは信用がないんだ。分かるよね?」
「……ミュチュスカ」
口から出た彼の名前は、自分でもわかるほどに媚びを含んでいた。甘えた女の声だ。私は意を決してドレスをそろそろと持ち上げる。足の先が見える。次は脛が、その次は膝が。
ようやく太ももがあらわになるころには、どうしてか手が震えた。ミュチュスカの冷たい瞳が、私の下肢を見ている。恥ずかしくて、よく分からない感情の嵐に視界が滲んだ。
「ね、も、もう許して……。これ以上は無理よ」
貴族令嬢として育てられた私は、これがどれほどみっともない行いであるか痛いくらいに自覚している。それこそ、こんな場面をほかの人に見られでもしたら私は社交界から追放されるだろう。それほど恥ずべき行為だ。
未婚の娘が素足を、自ら見せつけるようにドレスを持ち上げるなど。絹のストッキング越しに見る自分の足はどこか現実味がない。
ミュチュスカに乞えば、彼は私の願いを拒否した。
「だめ。言ったよね?確認する、って。きみができないなら俺がやってあげる」
「あ、──やっ!」
肩を窓に押し付けられて、ドレスがまくりあげられた。頭が真っ白になる。その中で、服越しに感じる窓ガラスの冷たさだけが私に現実を知らせた。
思わず胸元を強く押さえると、ミュチュスカが馬鹿にするように笑った。まるで私の行動には何の意味も為さないと言わんばかりの表情に、ますます困惑する。ミュチュスカはこんな顔をする人じゃなかった。こんな、こんな──彼はあまりにも、人間らしい。
動揺しているうちにホールから廊下に移動していた。彼が向かう先に気がついて、思わずミュチュスカの腕を引っ張った。
「ま、待って。どこ行くの?あなたは何をするつもりなの……?」
「何って、ひとつしかないと思うけど。なんだと思う?メリューエル。賢いきみなら分かるよね。この先にあるものは?そして、この先に男と女が連れたって行く理由は?」
この先にあるのは、休憩室だ。
夜会の熱気に充てられたり、ダンスに疲労した婦人が休む場所。
だけどその殆どが男女の秘事の場として使われているのは周知の事実。足を止めた私を覗き込んで、ミュチュスカが尋ねた。
「メリューエル、嫌?」
「いや……なわけでは。でも、あなたが何考えているのかが分からない……」
素直な気持ちを吐露した。
ミュチュスカと休憩室に行く。その意味は?
以前は──以前は、私が妙な薬を飲まされていたから仕方なく。でも、今回は?今回は何も薬なんて飲まされていない。
動揺し、上手く言葉を紡げない私にミュチュスカが皮肉げに笑った。
「相手の気持ちが分からないのはきみだけじゃないよ、メリューエル。むしろ、お互い様じゃない?」
「どういう、」
「きみはさ、見てくれをとても重視するよね。こんなの、皮一枚剥げばみんな同じだというのに。くだらないことばかりに固執する」
「っ……」
それは、ついさっき私が父に思ったことだった。
もっとも、父が固執するのは顔ではなく肩書きだが。やはり血は争えないのだろうかと愕然としていると、ミュチュスカに顎を持ち上げられた。
「今は俺のこの見た目を気に入ってるみたいだけど、そろそろ飽きてきた?次はバルセルト?それともロディアス殿下かな。バルセルトみたいなクズはきみで遊ぶだけ遊んで捨てるよ。ロディアス殿下はどうかな。上手くやれば第二妃あたりにはなれるかもしれないけど、王妃にはなれないんじゃない?ロディアス殿下の好みは聖女様のように裏表のない心優しい娘だよ」
「……っ」
聖女のように、裏表のない──。
その言葉は私の胸の柔らかなところを突き刺した。思わず言葉を失う私の手を引いて、ミュチュスカが休憩室に入った。慣れた様子に自嘲が込み上げた。
「……随分手馴れているのね」
「使い方くらい貴族の男なら誰でもわかる」
彼は肯定しなかった。そんな些細なことが嬉しくて嬉しくてたまらない。
この|男(ひと)はいずれ、ほかの女に取られる運命だと言うのに──。まだまだ私は、ミュチュスカへの想いを断ち切れそうにない。
これは業だ。呪いだ。生まれ持った私の性質だ。きっと、彼を嫌いになれる日なんて来ない。それが分かっているから、悔しくて、悲しくて、そして彼を求めそうになってしまう。縋りたくなってしまう。愛して欲しい、と。
黙り込んでいる私を連れて、ミュチュスカはベッドではなく窓際へと連れていった。何をするつもりなのかとのろのろと顔を上げる私に、彼が言う。
「ドレスを捲りあげて」
「え……」
乾いた声が出る。
そんな私を見るミュチュスカの瞳は、恐ろしいくらい冷たい。凍えた氷のような瞳で見られて、私は硬直する。
「今、なんて……」
「もう一度言わなきゃ分からない?ドレスを持ち上げて、と言ったんだよ。メリューエル」
できるよね、と彼は幾分か柔らかな声で続けた。
どうしてそんなことを、なぜ。
色んな疑問や感情がごちゃ混ぜになるのに、私の手はそろそろとドレスの裾へ伸びていた。
ミュチュスカは私を見て冷たく言った。
「ロディアス殿下やバルセルトと話してきみが濡れていないか確認するためだよ」
カッと頬が熱を持った。
羞恥なのか、屈辱なのか。それとも両方か。
分からないけど顔は火が出そうなほど熱を持ち、まるで現実味がない。どこか夢心地で私は首をようやく横に振った。
「なに、言ってるの……」
「彼らと話して少しも疼かなかったと?あの夜、あんなに女の快楽というものを刻み込まれたのに、少しも思い出さなかったの?ねえ、メリューエル。きみは信用がないんだ。分かるよね?」
「……ミュチュスカ」
口から出た彼の名前は、自分でもわかるほどに媚びを含んでいた。甘えた女の声だ。私は意を決してドレスをそろそろと持ち上げる。足の先が見える。次は脛が、その次は膝が。
ようやく太ももがあらわになるころには、どうしてか手が震えた。ミュチュスカの冷たい瞳が、私の下肢を見ている。恥ずかしくて、よく分からない感情の嵐に視界が滲んだ。
「ね、も、もう許して……。これ以上は無理よ」
貴族令嬢として育てられた私は、これがどれほどみっともない行いであるか痛いくらいに自覚している。それこそ、こんな場面をほかの人に見られでもしたら私は社交界から追放されるだろう。それほど恥ずべき行為だ。
未婚の娘が素足を、自ら見せつけるようにドレスを持ち上げるなど。絹のストッキング越しに見る自分の足はどこか現実味がない。
ミュチュスカに乞えば、彼は私の願いを拒否した。
「だめ。言ったよね?確認する、って。きみができないなら俺がやってあげる」
「あ、──やっ!」
肩を窓に押し付けられて、ドレスがまくりあげられた。頭が真っ白になる。その中で、服越しに感じる窓ガラスの冷たさだけが私に現実を知らせた。
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