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二章
当て馬以下の盛り上げ役
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「………」
「あれ、無反応?メリューエル、僕はきみを愛せるよ。正直彼女よりきみの方が見た目はタイプ。彼女も可愛いんだけど、ちょっと純すぎるよね。初心なのも悪くないけど……なーんか悪いことしてる気分になってくるし。その点メリューエルはいい感じに擦れてるし、ひねくれてる。僕と同じ貴族の人間だ。相性はいいと思うよ?」
だからさ、とバルセルトは言った。
甘い声だ。彼はこうして女を口説くのだろうな、と思った。彼が私のグラスを持つ手にそっと手を添えてきた。
ぼんやりとそれを眺める。
「仮初の恋人になろうよ、メリューエル」
つまり、本命には手を出せないから私で欲求を満たす、と。どこまでも自分本位な男だ。笑いが込み上げてくる。
「きみは男に抱かれたことがないでしょう。だからミュチュスカに拘るんだよ。諦めなよ、メリューエル。きみがいくら求めたところでミュチュスカはきみのものにならない。それなら、早いとこ男を知って──ミュチュスカを忘れなよ」
僕が忘れさせてあげるよ。
女を漬け込む男の手口だ。いつもこうしてこの男は女を引っ掛けてるのか。私は手を振り払った。もっとも、先程よりは弱い力になってしまったが。
どこまでいっても二番手。
いや、二番手にすらなれない当て馬。
誰かの恋を盛り上げるだけに存在する悪役。
それが私なのだろう。
そう思うと、メリューエル・メンデルという女があまりに哀れすぎて。
そして、そのようにしか生きて来れなかった私は、あまりに惨めで。
黙り込んでしまった私に、バルセルトが顔を覗き込んできた。
「あっれ、ほんとに傷心中?なに、ほんとに振られたの?」
「……」
うるさい。そう思ったが、口を開いたら涙がこぼれそうで何も言えなかった。
そうよ、どうせ私は嫌わものの婚約者。誰も私を愛さない。
私を愛してくれる人なんていない。わかってる。わかってるのに、現実を突きつけられて、うっかり傷ついてしまった。
「へー、意外。きみ、そうしてるとすごい可愛いね?今にも泣きそうな顔しちゃってさ。そういうの分かってやってる?」
その発言に、胸をえぐられたような空虚さは掻き消え、怒りが湧いてきた。ぐっとグラスを手に持ち、バルセルトを睨みつけた。
「はっ……女を泣かせて喜ぶ趣味でもあったの?バルセルト様。それに、残念ね。私は泣きそうになってるわけではないわ。お前への怒りに震えていたのよ」
「そう?でも、ほら、まつ毛に涙の飛沫が──」
バルセルトの手が伸びてくる。
それを振り払うか、酒をかけてやるか悩んでいると、不意にその手が横からかっさらわれた。
「──びっくりした、どうしたの?ミュチュスカ」
バルセルトが驚いた声を出す。
私も弾かれたようにそちらを見た。
そこにはいつものように騎士服に身を包んだミュチュスカがいた。
変わらず黄金の髪を背中でひとつに縛り、涼しい顔で、冷たい瞳でこちらを見ていた。
こうして見ると、ロディアス殿下の髪色は橙がかった梔子色だが、ミュチュスカの髪は色の強い菜の花色だった。
シャンデリアの光が当たっている部分だけ、薄いクリームイエローの色合いだ。同じ金髪でも、ロディアス殿下とミュチュスカは全く色が異なるのだと、どうでもいいことを考えていた。
聖女の言う通り、ロディアス殿下は光を放つような絢爛豪華さがあるが、ミュチュスカもまた、宵闇を切り裂く朝日のような力強さがある。夜闇を表すような紺青の瞳に、朝日を示すような黄金の髪。
ロディアス殿下と変わらず見た目が華やかなのは否めないのになぜ、聖女はロディアス殿下だけを恐れるのだろう。
考えて、その理由は分からなくもないとすぐに答えに見当がついた。私ですら、ロディアス殿下は苦手だ。
ぼうっとしているうちに、ミュチュスカとバルセルトはなにか話しているようだった。
だけど私の視線は、ミュチュスカに囚われたまま。
「聖女様がお前をお呼びだ」
「え?ほんとうに?僕嫌われてると思ったけど」
「嫌われてる自覚があるならその性格を何とかしろ。彼女は俺が面倒見る」
「ええ~……。ってちょっと、ミュチュスカ、痛い!僕別に、そこまで力あるってわけじゃないんだからさぁ。何そんなに気が立って……」
「メリューエル」
泡沫が弾けるように。
しゃぼん玉が割れるように。
私は現実に戻ってきた。
ハッとして見ると、バルセルトはいなかった。聖女が何とか、と聞こえてきたし聖女の元に言ったのだろうか。
驚いたまま顔を上げる。
「ミュチュスカ……?」
「俺がいない夜会はそんなに楽しい?」
「は……?」
開口一番、言われた言葉に理解が追いつかずにぽかんとした。顔を上げたまま間抜け面を晒す私に、ミュチュスカは舌打ちした。
随分品がない仕草だ。夜会の会場という人の目がある場所で彼がこういうふうに乱暴な様子を見せるのは珍しかった。私が目を白黒させていると、彼は私の手を取ってどこか歩き始めた。
「ちょっと、ミュチュスカ……!?」
「黙って。いつものように微笑んでよ、メリューエル。きみならできるでしょう?」
彼は私の手からグラスを取り上げて、中の液体を全て飲み干すと従僕に空のグラスを手渡した。隣を歩く私はなにがなんだかわからない。
それに、聖女はいいのだろうか……?
「ミュチュスカ」
「それとも、ここで無体を強いられたい?今ここできみのドレスを脱がしたら、大注目だろうね」
「あれ、無反応?メリューエル、僕はきみを愛せるよ。正直彼女よりきみの方が見た目はタイプ。彼女も可愛いんだけど、ちょっと純すぎるよね。初心なのも悪くないけど……なーんか悪いことしてる気分になってくるし。その点メリューエルはいい感じに擦れてるし、ひねくれてる。僕と同じ貴族の人間だ。相性はいいと思うよ?」
だからさ、とバルセルトは言った。
甘い声だ。彼はこうして女を口説くのだろうな、と思った。彼が私のグラスを持つ手にそっと手を添えてきた。
ぼんやりとそれを眺める。
「仮初の恋人になろうよ、メリューエル」
つまり、本命には手を出せないから私で欲求を満たす、と。どこまでも自分本位な男だ。笑いが込み上げてくる。
「きみは男に抱かれたことがないでしょう。だからミュチュスカに拘るんだよ。諦めなよ、メリューエル。きみがいくら求めたところでミュチュスカはきみのものにならない。それなら、早いとこ男を知って──ミュチュスカを忘れなよ」
僕が忘れさせてあげるよ。
女を漬け込む男の手口だ。いつもこうしてこの男は女を引っ掛けてるのか。私は手を振り払った。もっとも、先程よりは弱い力になってしまったが。
どこまでいっても二番手。
いや、二番手にすらなれない当て馬。
誰かの恋を盛り上げるだけに存在する悪役。
それが私なのだろう。
そう思うと、メリューエル・メンデルという女があまりに哀れすぎて。
そして、そのようにしか生きて来れなかった私は、あまりに惨めで。
黙り込んでしまった私に、バルセルトが顔を覗き込んできた。
「あっれ、ほんとに傷心中?なに、ほんとに振られたの?」
「……」
うるさい。そう思ったが、口を開いたら涙がこぼれそうで何も言えなかった。
そうよ、どうせ私は嫌わものの婚約者。誰も私を愛さない。
私を愛してくれる人なんていない。わかってる。わかってるのに、現実を突きつけられて、うっかり傷ついてしまった。
「へー、意外。きみ、そうしてるとすごい可愛いね?今にも泣きそうな顔しちゃってさ。そういうの分かってやってる?」
その発言に、胸をえぐられたような空虚さは掻き消え、怒りが湧いてきた。ぐっとグラスを手に持ち、バルセルトを睨みつけた。
「はっ……女を泣かせて喜ぶ趣味でもあったの?バルセルト様。それに、残念ね。私は泣きそうになってるわけではないわ。お前への怒りに震えていたのよ」
「そう?でも、ほら、まつ毛に涙の飛沫が──」
バルセルトの手が伸びてくる。
それを振り払うか、酒をかけてやるか悩んでいると、不意にその手が横からかっさらわれた。
「──びっくりした、どうしたの?ミュチュスカ」
バルセルトが驚いた声を出す。
私も弾かれたようにそちらを見た。
そこにはいつものように騎士服に身を包んだミュチュスカがいた。
変わらず黄金の髪を背中でひとつに縛り、涼しい顔で、冷たい瞳でこちらを見ていた。
こうして見ると、ロディアス殿下の髪色は橙がかった梔子色だが、ミュチュスカの髪は色の強い菜の花色だった。
シャンデリアの光が当たっている部分だけ、薄いクリームイエローの色合いだ。同じ金髪でも、ロディアス殿下とミュチュスカは全く色が異なるのだと、どうでもいいことを考えていた。
聖女の言う通り、ロディアス殿下は光を放つような絢爛豪華さがあるが、ミュチュスカもまた、宵闇を切り裂く朝日のような力強さがある。夜闇を表すような紺青の瞳に、朝日を示すような黄金の髪。
ロディアス殿下と変わらず見た目が華やかなのは否めないのになぜ、聖女はロディアス殿下だけを恐れるのだろう。
考えて、その理由は分からなくもないとすぐに答えに見当がついた。私ですら、ロディアス殿下は苦手だ。
ぼうっとしているうちに、ミュチュスカとバルセルトはなにか話しているようだった。
だけど私の視線は、ミュチュスカに囚われたまま。
「聖女様がお前をお呼びだ」
「え?ほんとうに?僕嫌われてると思ったけど」
「嫌われてる自覚があるならその性格を何とかしろ。彼女は俺が面倒見る」
「ええ~……。ってちょっと、ミュチュスカ、痛い!僕別に、そこまで力あるってわけじゃないんだからさぁ。何そんなに気が立って……」
「メリューエル」
泡沫が弾けるように。
しゃぼん玉が割れるように。
私は現実に戻ってきた。
ハッとして見ると、バルセルトはいなかった。聖女が何とか、と聞こえてきたし聖女の元に言ったのだろうか。
驚いたまま顔を上げる。
「ミュチュスカ……?」
「俺がいない夜会はそんなに楽しい?」
「は……?」
開口一番、言われた言葉に理解が追いつかずにぽかんとした。顔を上げたまま間抜け面を晒す私に、ミュチュスカは舌打ちした。
随分品がない仕草だ。夜会の会場という人の目がある場所で彼がこういうふうに乱暴な様子を見せるのは珍しかった。私が目を白黒させていると、彼は私の手を取ってどこか歩き始めた。
「ちょっと、ミュチュスカ……!?」
「黙って。いつものように微笑んでよ、メリューエル。きみならできるでしょう?」
彼は私の手からグラスを取り上げて、中の液体を全て飲み干すと従僕に空のグラスを手渡した。隣を歩く私はなにがなんだかわからない。
それに、聖女はいいのだろうか……?
「ミュチュスカ」
「それとも、ここで無体を強いられたい?今ここできみのドレスを脱がしたら、大注目だろうね」
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