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二章

私が死ぬまであと一週間

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冬解けの儀式がついに始まった。
聖女アカネは騎士ミュチュスカを伴い、四季を奉る色彩神殿へと向かった。
聖女騎士就任式の光景は生涯忘れることはないだろう。
陛下に任じられ、ミュチュスカは跪き聖女の手の甲に口付けを落とした。

それが騎士の礼であることは私ももちろん知っているが、理解はしていても納得はできなかった。
まともに正視できるものではなくて、私はぼんやりとその光景を眺めていた。
気がつけば就任式は終わっていた。
儀式の開始日を決めるために宰相や大臣たちが慌ただしく会場を後にする。
私もまた、ミュチュスカと聖女を見ることなくその場を去ったのだ。見ていたくない。ふたりの顔など。聖女が嬉しそうに笑い、ミュチュスカもまた優しげな顔をしていたのなら──きっと私は、何をしでかすかわからなかったから。

あれから一週間が経過する。
『物語』通り、儀式はつつがなく進んでいるが、張り切りすぎた聖女は三日目に倒れた。ミュチュスカは護衛騎士として彼女を看病し、それはそれは懇切丁寧に彼女の面倒を見たと言う。全て社交界に流れてきた噂だが、あながち間違いでもないのだろう。
少し前に聖女と会ったが、彼女は気まずそうに私から目をそらした。

|友達(わたし)を裏切るな、と言ったことを覚えているのか、覚えていないのか。覚えているのなら、それが理由で自責の念に駆られているのか。どちらにせよ、ふたりの間になにかしらの進展があったのは事実のようだった。
ミュチュスカを見ると、罵倒の言葉が口をついてでそうになる。
あなたは私の婚約者のはずなのに、なぜほかの女と噂になるまで親密に過ごすのか。私を馬鹿にしているのか。婚約者という肩書きをなんだと思っているの。
全部全部、正論なはずなのに時として正論は正解とは言えないらしい。

それに──賭けは私の負けなのだ。
無様に足掻くような真似はしない。
負けたのだから潔く、私はその日を待つことにしよう。ミュチュスカの心は得られなかったが、彼の疵にはなれる。
それは幸福なことだ。
顔を合わせればきっと責め立ててしまうから、私はミュチュスカを避けた。聖女の部屋に行くことはあっても、ミュチュスカの顔を見ることはしなかった。誰が見たいというのか。
私は聖女とミュチュスカの関係には素知らぬふりをした。まるで何も知らないと言わんばかりに。
私を見て、ライラが怪訝な顔をしていたが構わない。彼女が発端となって、私の噂もまた社交界に広がればいい。

私とミュチュスカは不仲だ、と。
目も合わせないらしい、と。

今日の夜は針が一つ進んだ祝いということで、夜会が開かれることになった。
針が三つ進めば、春が訪れる。寒い冬は終わるのだ。
一週間で一つ進んだということは、タイムリミットはあと二週間ほど。

私が死ぬまで、あと一週間。







夜会では、前回同様兄がエスコートを頼まれてくれた。兄もまた、社交界の噂を耳にしているのだろう。気遣うようにこちらを見てくるが、それを黙殺した。のちのちのことを考えれば、しおらしく涙のひとつでも見せるべきなのだろうが生憎聖女のために流す涙は持ちえていない。あんな女のために泣くなど、屈辱極まりない。
ツンと兄の視線を無視してホールに入る。私たちが入場すると案の定、会場はざわついた。
ちらほら聞こえてくるのは、私とミュチュスカの噂話。

「やっぱりあの話は真実……」

「ミュチュスカ様も聖女様の方が……」

「メリューエル様は性格が……」

その言葉全てが羽虫の羽音のように鬱陶しい。腹が立ち、睨みつけてやりたいが何とかその怒りを飲み下した。いつものように振る舞えば、私の死が当てつけだと認識されてしまう。そうではなく、私は純粋に『聖女のために』死ぬのだから、そこに悪意があってはいけない。
傷ついたようにまつ毛を伏せる。

この噂はきっとお父様の耳にも入っている。今は聖女の話し相手として王城にいるから心配ないだろうが邸宅に戻れば数日食事が抜かれることはもちろん、数発は鞭打たれるだろうということは予想だにかたくない。
公爵令嬢として、そのような噂が流れることを良しとした私を、父は罰するだろう。
馬鹿みたいだ。父も、私も。社交界の地位ばかりに固執して、なんてみっともない。だけどそのみっともない世界が私の全てだ。

兄は私を心配そうに見ていたが、知人に声をかけられ、場を離れた。それと同じタイミングで、見知った人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
ミュチュスカと同じ黄金の髪をスマートに撫で付けているのはこの国の王太子、ロディアス・レーベルト・レムアール。
私に何か用だろうか。怪訝に思ったがドレスの裾を掴んで礼をとる。私を見て、ロディアス殿下が愛想笑いを浮かべた。
やはり王太子という立場にいる人なだけあって、彼は感情を他者に見せない。
彼と話すのは互いに探り合いみたいになってしまうので、私も進んで関わりたい相手ではなかった。

「やあ、今日も可愛らしいね。メリューエル嬢」
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