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一章
全ては物語通り
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「ミュチュ、けほっ」
「ああ、お嬢様の体調がよろしければ、とのことです。体調が改善したらお会いになりますか?」
ラズレッラの言葉に困惑しながら頷いて答える。
ミュチュスカは私に何を言うつもりなのだろう。
昨日、ミュチュスカは私を抱かなかった、と思う。ただひたすら私の熱を発散させるだけだった。
それはおそらく、好きでもない女を抱くことを忌避したからだろう。いずれ夫婦となり、体の関係を持つようになるのだとしてもまだ婚約段階である今、わざわざ私を抱く必要性はない。
彼が譲歩した結果が、あの行為なのだろう。
そう思うと、苦々しい気持ちでいっぱいになった。ミュチュスカはきっと嫌々私の欲望に付き合ってくれたのだ。
彼がなぜ、私に触れたのか。
だんだん頭がスッキリしてきて、頭が回るようになった。
おそらくミュチュスカは、私が他の男──そこらの従僕でも、貴族でも、男を休憩室に引き込むことを恐れたのではないだろうか。
私の醜聞は、婚約者のミュチュスカにまで影響する。名ばかりとはいえ、婚約者の行いのせいで自分まで泥を被るようなことはしたくなかったのかもしれない。
だから、自分を犠牲にして私の熱を鎮めた。
行為中、ミュチュスカが怒りを見せていたのはそれが原因か。
ようやく彼の思考原理を理解して、ため息をつく。顔を合わせたらミュチュスカは何を言うだろうか。きっと批判されるだろう。
媚薬を飲んだのは意図的なのかと疑われているかもしれない。
仕方ない。だって彼にとって私は、そういう女だ。
一日経てば、頭痛やめまいといった症状からは解放された。聖女のマナーレッスンはまだ続いているが、私は体調不良のため欠席していた。
声はまだ、酷い状態だが歩けるくらいに回復した私はまた、蔵書室へと向かっていた。
国内各地から稀有な書物を一所に集めた図書館のような場所、蔵書室。夕食を終えた時間だからか、やはり蔵書室は誰もいないようでひっそりとしていた。こんなに珍しい本が沢山あるのだから、一般公開とは言わずとももう少し公開範囲を広げればいいものを。
そう思ったが、実際にそうなった時の対応は私の想像以上に大変なものなのだろう。
言うは易し、行うは難し、というやつだ。
蔵書室に私が向かった理由はひとつ。
それは、異世界の文化を纏めたという本に興味があったからだ。私は前世の記憶をほとんど持ち合わせていないが、異世界──つまり日本の記録に触れれば、多少は思い出せるのではないかと期待したから。
私の性格が可愛らしくなく、傲慢で鼻持ちならないことは周知の事実。私自身理解している。だけど、だからといってこの性格を矯正することは私一人では難しい。三つ子の魂、百まで、とは日本のことわざだっただろうか。
そう思いながら、この前たどり着いた本棚に向かった時だった。人の話し声が聞こえた。眉を寄せる。誰もいないと思ったのだが、先客がいるようだった。
鉢合わせしたら面倒だ。ただでさえ今の私は声がひび割れていて、酷い有様。そんな状態を他人に見せる訳にはいかない、公爵家の娘として。
後でまた来ようと踵を返した私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ずっと聞きたかったんですけどー……」
思わず、足を止めた。
まるで縫い付けられたようにその場から動けなかった。どくどく、と心臓な嫌な音を立てる。
目を見開いて、指先ひとつ動かせないのにその声だけはしっかりと聞こえてきた。
「あの、私がなにかしてしまいましたか?なにかしてしまったなら、教えてください」
覚えのあるフレーズだった。
途端、がつんと頭を殴られたかのような衝撃を覚えた。蔵書室にいるのは聖女だ。
そして、一緒にいるのは──。
「何か、とは?」
私の婚約者であるはずの、ミュチュスカ、だ。
「ああ、お嬢様の体調がよろしければ、とのことです。体調が改善したらお会いになりますか?」
ラズレッラの言葉に困惑しながら頷いて答える。
ミュチュスカは私に何を言うつもりなのだろう。
昨日、ミュチュスカは私を抱かなかった、と思う。ただひたすら私の熱を発散させるだけだった。
それはおそらく、好きでもない女を抱くことを忌避したからだろう。いずれ夫婦となり、体の関係を持つようになるのだとしてもまだ婚約段階である今、わざわざ私を抱く必要性はない。
彼が譲歩した結果が、あの行為なのだろう。
そう思うと、苦々しい気持ちでいっぱいになった。ミュチュスカはきっと嫌々私の欲望に付き合ってくれたのだ。
彼がなぜ、私に触れたのか。
だんだん頭がスッキリしてきて、頭が回るようになった。
おそらくミュチュスカは、私が他の男──そこらの従僕でも、貴族でも、男を休憩室に引き込むことを恐れたのではないだろうか。
私の醜聞は、婚約者のミュチュスカにまで影響する。名ばかりとはいえ、婚約者の行いのせいで自分まで泥を被るようなことはしたくなかったのかもしれない。
だから、自分を犠牲にして私の熱を鎮めた。
行為中、ミュチュスカが怒りを見せていたのはそれが原因か。
ようやく彼の思考原理を理解して、ため息をつく。顔を合わせたらミュチュスカは何を言うだろうか。きっと批判されるだろう。
媚薬を飲んだのは意図的なのかと疑われているかもしれない。
仕方ない。だって彼にとって私は、そういう女だ。
一日経てば、頭痛やめまいといった症状からは解放された。聖女のマナーレッスンはまだ続いているが、私は体調不良のため欠席していた。
声はまだ、酷い状態だが歩けるくらいに回復した私はまた、蔵書室へと向かっていた。
国内各地から稀有な書物を一所に集めた図書館のような場所、蔵書室。夕食を終えた時間だからか、やはり蔵書室は誰もいないようでひっそりとしていた。こんなに珍しい本が沢山あるのだから、一般公開とは言わずとももう少し公開範囲を広げればいいものを。
そう思ったが、実際にそうなった時の対応は私の想像以上に大変なものなのだろう。
言うは易し、行うは難し、というやつだ。
蔵書室に私が向かった理由はひとつ。
それは、異世界の文化を纏めたという本に興味があったからだ。私は前世の記憶をほとんど持ち合わせていないが、異世界──つまり日本の記録に触れれば、多少は思い出せるのではないかと期待したから。
私の性格が可愛らしくなく、傲慢で鼻持ちならないことは周知の事実。私自身理解している。だけど、だからといってこの性格を矯正することは私一人では難しい。三つ子の魂、百まで、とは日本のことわざだっただろうか。
そう思いながら、この前たどり着いた本棚に向かった時だった。人の話し声が聞こえた。眉を寄せる。誰もいないと思ったのだが、先客がいるようだった。
鉢合わせしたら面倒だ。ただでさえ今の私は声がひび割れていて、酷い有様。そんな状態を他人に見せる訳にはいかない、公爵家の娘として。
後でまた来ようと踵を返した私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ずっと聞きたかったんですけどー……」
思わず、足を止めた。
まるで縫い付けられたようにその場から動けなかった。どくどく、と心臓な嫌な音を立てる。
目を見開いて、指先ひとつ動かせないのにその声だけはしっかりと聞こえてきた。
「あの、私がなにかしてしまいましたか?なにかしてしまったなら、教えてください」
覚えのあるフレーズだった。
途端、がつんと頭を殴られたかのような衝撃を覚えた。蔵書室にいるのは聖女だ。
そして、一緒にいるのは──。
「何か、とは?」
私の婚約者であるはずの、ミュチュスカ、だ。
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