上 下
12 / 79
一章

ヒステリーでどうしようもない

しおりを挟む
「クソ女!」

アーベルトが激昂する。
言いすぎた気はしたけれど、それでも後悔はしていなかった。息を荒くしながら前のめりになる私の腹に手を回して、ミュチュスカが抱き寄せる。

「………!」

びりびりと甘い快楽が皮膚をつたい、肌を犯し、彼の手のすぐ下にある子宮が疼くのが分かった。喘ぎ声はすんでのところで抑えたものの、全身が性感帯のようになって、今口を開けば嬌声にしかならない。そっとミュチュスカの胸に顔を擦り寄せれば、ずいぶん久しぶりに彼の香りを嗅いだ気がした。
くらくらする。シトラスのほのかな香りに、甘みが混ざっている。ミュチュスカの香りだ。
私の、私だけの──。
私はどうしようもなく発情していた。このまま、彼を押し倒し、彼の肉欲に貫かれたい。それを想像すると途端、じゅんと秘部が潤った。

欲しい、欲しい、欲しい──。

とん、と肩を押されて気がつく。
ミュチュスカは真っ直ぐに私を見ていた。
綺麗な星空のような青色の瞳。煌めく星が散りばめられたような、紺青色。どこまでも美しい、私の婚約者。思わず手を伸ばしそうになって、彼の声を聞いてハッと我に返った。

「メリューエル、具合は?」

気がつけばアーベルトは部屋にいなかった。いつの間に退室していたのだろう。五大貴族の一家であるベッテルガム公爵家を罰することは難しくても、無体を働こうとしたアーベルトはしばらく謹慎処分となるだろう。陛下はあんな危険物を聖女に近づけようとは思わない。
私はずるずると床に崩れ落ちた。座り込むと、ぴちゃりと股の間から水音して、あまりの淫らさに泣きそうになる。

自分を自分で抱きしめるようにしながら、私はミュチュスカを糾弾した。

「どうして……」

俯きながら、悲鳴のような声を上げた。

「どうして!!聖女から目を離したのよ!!」

泣き声まじりの、酷い声だった。
公爵令嬢として有り得ない、みっともなさ。それでも止めることは出来ず、私はひたすら自分の体を必死にかきいだきながらミュチュスカを責め立てた。

「どうして……どうして、聖女の傍を離れたの!ディミアンが聖女を手駒にしようと考えてるのはあなたも知っていたでしょう!?それなのになぜ……なぜ、離れたの!?あなたは聖女護衛騎士なんでしょう!!なのになぜなの!!」

どん、と何度も彼の胸を叩く。
ミュチュスカは何も言わない。圧倒されているようだった。

私はずっとミュチュスカにそれを聞きたかった。聖女の重要さを理解して、聖女のそばを離れる。その結果何かあれば、後悔するのはミュチュスカであり、彼は聖女を気にするようになるくせに──。

愚かだ。ばかだ。救いようのない愚劣さだ。
どうして。なぜ。ずるい。ひどい。
ぐるぐる言葉だけが頭を躍る。

──ああ、わたしひとり、ばかみたい。

気がつくともはや言葉にならない声で泣きぐずっていた。ミュチュスカが困惑する気配を感じる。それはそうだろう。私は今まで、彼の前でこんなに泣きじゃくったことはなかった。
こんな淑女とはかけ離れた、みっともない姿。
次から次にこぼれ落ちる涙を拭い、乱暴に目尻を擦る。明日はきっと見られないほど腫れているだろう。分かっている。分かってるのに、手を止めることが出来ない。
すっと彼が私の前で膝をつくのが分かった。

何を言われるのだろう。
何を思っているのだろう。

男漁りしていると思われただろうか。ミュチュスカがいないからと手頃の男を選んではベッドに引き込むような女と思われただろうか。そう思うと、怖くて顔をあげられない。

だって、物語のミュチュスカは、|メリューエル(わたし)を毛嫌いし、距離をとっていた。
物語に書かれているメリューエルは彼を求めるあまり、ずっと彼にべったりだった。そうだ、つい最近までの私がそうだった。そして、ミュチュスカが靡かないと見ると、今度は彼の嫉妬を煽るために色々な男と噂になるよう仕向ける。
だけどメリューエルに想いを寄せていないミュチュスカには逆効果にしかならず、どの男にもいい顔をする彼女を、ミュチュスカは軽蔑していた。

物語通りに話が進んでいる。
悲しくて、苦しくて、息が上手くできない。
引きつった呼吸を繰り返していると、彼の手が私の背中に触れた。条件反射のように体が揺れた。

「ひあ……!」

びくり、と体を反らせると、ミュチュスカは熱いものに触れたかのように手を引っ込めた。

「……メリューエル。まず、私が聖女様のそばを離れたのはあなたを探すためだ」

「は……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

処理中です...