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一章
愚かなのはどっち?
しおりを挟むディミアンの後ろ姿が見えなくなると、私は深く息を吐いた。まだ、だめだ。
気を弛めてはダメ。
必死に冷静さを装って私は聖女に言った。
「どうしてひとりなのですか」
「あ、ええと、ミュチュスカさんは少し席を外すって……アレン殿下といてって言われて一緒にいたんだけど逃げてきちゃった……」
バツの悪そうな顔で聖女は言った。
ミュチュスカに用。
いや、そんなことよりアレン殿下だ。
聖女に逃げられるようなことをしたのだろうか。何をしてるの。本当に。
舌打ちしたい気持ちをこらえ、私は周囲に視線を走らせた。
そして、遠くの方にライラがいるのが見える。彼女は誰かと話しているようだったが、構わない。今、聖女をひとりにするわけにはいかない。
私は深いため息をついて聖女に言った。
「向こうにライラ様がいらっしゃるでしょう?そちらに向かってください」
「え?でも、誰かと話してるようだし……それに、メリューエル。なんか顔が赤いよ?もしかしてさっきのお酒で」
「私のことは結構ですわ。ひとりでどうにでもなります。ですが、聖女様はこの国にまだ不慣れでしょう。ひとりにするわけにはいかないのです」
つべこべ言わずに早く行け、と思った。
こうしている間にも、アルコールが急激に体に回って今にも倒れそうなのだから。
今こうして話せているものの、かなりギリギリだ。もはや自分が何を言っているのかよく分からない。せめて、後から思い返した時に後悔しない程度には取り繕えていると思いたい。
「でも、」
まだ何か言いたげな聖女の肩を押した、少し強めに。
「あなたの安全を確保出来ないと、私も動けないのです。早く行って」
必死になるあまり、声は低くなってしまった。
今まで気をつけていたのに──私はきつく聖女を睨みつけていた。
今までにないほど私がきつく凄んでいるからか、聖女は困惑しながらも私の言葉を聞いた。
「あの、あとで人を呼ぶから!」
冗談じゃない。そんなことされたらそれこそ、酒に酔って醜態を見せたと噂になるに決まっている。社交界のいい噂になるくらいなら、介抱されずにひとりで寝込んだ方が断然マシだ。私は笑みを作った。もっとも、夢見心地な感覚が抜けないのでしっかりと笑えていたかは分からない。
「お気になさらず。私は休憩室で休みます」
聖女がライラの方に向かって歩いていく。
すぐにライラは聖女に気がつくと、彼女に近寄った。これならもう大丈夫だ。
……もう、安心、だ。
くら、と視界が揺れた。
まずい、本格的に、酔──。
生理的な涙が滲み出す。
気を抜くとぼろぼろ泣いてしまいそうだ。あんな僅かな量でこんなに泥酔に近い状態になるのだから、あの酒はレディキラーの類だろう。
なにが聖女様のための酒、だ。
あんなの女をモノにするための酒じゃないの。
私は周囲に気づかれないよう、だけど早足でホールを出た。廊下に出ればほんの少しに涼しい風が頬を撫でた。その心地良さに涙がこぼれる。
廊下は人気がない。まだ夜会が始まって間もないので、休憩室に向かう人も、帰路に就く人もいないのだろう。それが幸いした。
ひとりとはいえ、婚約者のいる私が休憩室に向かうところを誰かに見られるわけにはいかない。
そのまま休憩室に向かうと、私は扉の空いた部屋に入った。お楽しみ中の人達は鍵を閉める。
部屋が使われていないことを示すために、空いている休憩室は基本的に扉が開かれているのだ。
ベッドが視界に入ると、途端気が抜けた。
やっと。やっとだ。
もはや前後左右もよく分からない状態のままただひたすらベッドに向かおうとして──後ろから手を掴まれた。
「──!?」
「珍しく無防備だな、メリューエル」
「な、誰──」
驚きのあまり、上手く声が出ない。
手を振り払って振り向こうとしても、強く掴まれていて叶わない。男は、後ろから私を抱きしめる体制のまま言った。
「いやぁ、幸運だよ。まさか麗しのメンデル公爵家の令嬢をこの手に抱けるんだから」
「何言って」
「まだ分からない?きみさぁ、もうまともにもの考えられてないでしょ」
バカにするような笑い。
それにカッと目の前が赤く染まるほどの怒りを覚え、力任せに男の手を振りほどいた。
「早く出ていって!お呼びじゃないのよ!」
罵声を飛ばしながら相手の顔を見て、息を飲む。
その男は、アーベルト・ベッテルガム。五大貴族のひとつ、ベッテルガム公爵家の息子で、聖女護衛騎士候補の一人だ。
なぜこの男がここに。息を乱しながら強く睨みつけると、アーベルトは口笛を吹いた。
「ひゅ~、涙混じりのとろけた目で睨まれたところで全然怖くないよ。むしろ……もっと泣かせたくなる」
「近づかないで。誰に許しを得ているというの」
「許し?そんなもの必要ないでしょ。酔った女と、ヤりたい男、揃ったらヤることはひとつだ」
「無礼者。私に触らないで。出ていきなさい。今すぐに!」
アーベルトの手をたたき落とす。
加減なく払ったので、痛かったのだろう。アーベルトは顔を歪めた。
「あーあー、そんなに騒いじゃって。知らないよ?」
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