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一章
せめて、足枷になればと
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「──」
息を呑む。
沈黙する私の横でライラが「まあ」と声を出した。
「でもまだ、誰がどんな人なのか分かんないんだよね……。エスコートなんていらないんだけど」
「そんなわけにはまいりませんわ。アカネ様はレーベルトの大事な聖女様なのだから、エスコートは絶対必要です」
ライラは力強く言った。
それにますます聖女は困ったように眉を下げた。
そうして、素直に喜怒哀楽を示す聖女が──私は憎らしくてたまらない。
貴族の娘として、公爵家の娘として、私は感情を顔に出さないよう教育を受けてきた。ライラも同じはずだ。それなのにライラはすっかりこの女に懐いているのか、聖女を見て困ったように笑った。彼女が私の前でこんなに気の抜けた笑みを見せるのは初めてだ。
「では、誰が一番今気になりますか?いますでしょう?気になるな、という方が」
「!」
ハッとして息を飲む。
ライラの言葉に聖女はまた考え込むような素振りを見せたので、私はつい声を上げた。
「でしたらアレン王子殿下はいかがですか?すっかり聖女様の虜になられてる様子ですし」
アレン・レーベルト・ルムアール第二王子は、聖女に一目惚れしたのか彼女にかなり猛アタックを繰り返している。
しきり聖女に会いにくるし、ライラと私がいるのも構わず彼女を口説いている。
私の言葉に、聖女は眉を寄せた。
「アレン王子……。ちょっと苦手……なんですよね」
「あら、タイプではない?」
ライラが尋ねる。
聖女はんー、と唸ってから首を横に振る。
「イケメンだと思いますよ?かっこいいなーとも思います。でも……どうしてあんなに好かれてるのかよく分からないし」
「聖女様に一目惚れされたと聞きましたが?」
さらにライラは尋ねた。
聖女は苦笑いだ。
「いや、私一目惚れされるような顔じゃないし……」
「はぁ?」
ライラが眉を釣りあげた。
それからライラはとくとくと聖女に彼女の魅力を教え始めた。綺麗な黒髪に、白い肌、つぶらな瞳は男心をくすぐるものがありますのよ、とライラは力説している。
私はライラの話を話半分に聞きながらも、聖女を見つめた。
この世界では地味な方だが、日本ではモテただろう見た目だ。
地味、と言っても醜い訳では無い。化粧が薄いからだろう。落ち着いて見えるのだ。
私もライラも濃い化粧を施しているのでどうしたって迫力がある。私たちに比べたら、聖女の見た目に華やかさが足りないと感じるのも当然。
こんこんと説明された聖女はそれでも納得のいかなそうな顔をしていたが、ついに彼女は言った。
「あの……ミュチュスカさんなんですけど」
「……ミュチュスカ様がどうされましたの?」
ちらりとライラがこちらを見てきた。
私はその視線に無視を決め込んで、ハーブティーに口をつける。
「なんだか、距離を取られているように感じて。嫌われてるんですかね」
あはは、と聖女は苦笑した。
そんな彼女にライラは言葉に悩んだようだったな、すぐにハッキリという。
「ミュチュスカ様は誰に対してもあんな感じですよ」
「へえ、そうなんですね」
意外そうに聖女が言う。
だからつい、私は言ってしまった。
「ミュチュスカは私の婚約者ですが、私にもああいう態度ですよ」
「えっ……!?婚約者、ですか?」
聖女は狼狽えた声を出した。
ライラは意図的にミュチュスカに婚約者がいるとは言わなかったのだろう。
聖女がミュチュスカを気にしているから。
でも、私は違う。
早い段階で牽制しておかなければ。
こうでもしないと聖女はミュチュスカに惹かれてしまう。そしてまた、ミュチュスカも──。
聖女は途端、落ち着きをなくしたようだった。
既に、ミュチュスカに惹かれているのだろう。
ミュチュスカは社交界でも多くの令嬢や婦人に秋波を送られ、焦がれた視線を向けられる男だ。いやでも目を引く外見に、華やかな色合いを引き締めるような、あの──青藍色の瞳。
あの氷のような瞳が愛に溶けたらどんな色になるのだろう。
私はそっと夢想した。
「でも、メリューエル様とミュチュスカ様は仲がよろしくないですわよね。五家の血の薄まりを防ぐためとはいえ……お可哀想ですわ」
ミュチュスカ様が、という声が聞こえてくるようだ。
ライラの言葉に、聖女は私とミュチュスカの婚約が政略のものだと受け取ったらしい。ライラの狙いはそれだったのだ。
「私は愛してますけどね」
さり気なさを装って、私は言った。
聖女の持つティーカップが僅かに揺れた。
息を呑む。
沈黙する私の横でライラが「まあ」と声を出した。
「でもまだ、誰がどんな人なのか分かんないんだよね……。エスコートなんていらないんだけど」
「そんなわけにはまいりませんわ。アカネ様はレーベルトの大事な聖女様なのだから、エスコートは絶対必要です」
ライラは力強く言った。
それにますます聖女は困ったように眉を下げた。
そうして、素直に喜怒哀楽を示す聖女が──私は憎らしくてたまらない。
貴族の娘として、公爵家の娘として、私は感情を顔に出さないよう教育を受けてきた。ライラも同じはずだ。それなのにライラはすっかりこの女に懐いているのか、聖女を見て困ったように笑った。彼女が私の前でこんなに気の抜けた笑みを見せるのは初めてだ。
「では、誰が一番今気になりますか?いますでしょう?気になるな、という方が」
「!」
ハッとして息を飲む。
ライラの言葉に聖女はまた考え込むような素振りを見せたので、私はつい声を上げた。
「でしたらアレン王子殿下はいかがですか?すっかり聖女様の虜になられてる様子ですし」
アレン・レーベルト・ルムアール第二王子は、聖女に一目惚れしたのか彼女にかなり猛アタックを繰り返している。
しきり聖女に会いにくるし、ライラと私がいるのも構わず彼女を口説いている。
私の言葉に、聖女は眉を寄せた。
「アレン王子……。ちょっと苦手……なんですよね」
「あら、タイプではない?」
ライラが尋ねる。
聖女はんー、と唸ってから首を横に振る。
「イケメンだと思いますよ?かっこいいなーとも思います。でも……どうしてあんなに好かれてるのかよく分からないし」
「聖女様に一目惚れされたと聞きましたが?」
さらにライラは尋ねた。
聖女は苦笑いだ。
「いや、私一目惚れされるような顔じゃないし……」
「はぁ?」
ライラが眉を釣りあげた。
それからライラはとくとくと聖女に彼女の魅力を教え始めた。綺麗な黒髪に、白い肌、つぶらな瞳は男心をくすぐるものがありますのよ、とライラは力説している。
私はライラの話を話半分に聞きながらも、聖女を見つめた。
この世界では地味な方だが、日本ではモテただろう見た目だ。
地味、と言っても醜い訳では無い。化粧が薄いからだろう。落ち着いて見えるのだ。
私もライラも濃い化粧を施しているのでどうしたって迫力がある。私たちに比べたら、聖女の見た目に華やかさが足りないと感じるのも当然。
こんこんと説明された聖女はそれでも納得のいかなそうな顔をしていたが、ついに彼女は言った。
「あの……ミュチュスカさんなんですけど」
「……ミュチュスカ様がどうされましたの?」
ちらりとライラがこちらを見てきた。
私はその視線に無視を決め込んで、ハーブティーに口をつける。
「なんだか、距離を取られているように感じて。嫌われてるんですかね」
あはは、と聖女は苦笑した。
そんな彼女にライラは言葉に悩んだようだったな、すぐにハッキリという。
「ミュチュスカ様は誰に対してもあんな感じですよ」
「へえ、そうなんですね」
意外そうに聖女が言う。
だからつい、私は言ってしまった。
「ミュチュスカは私の婚約者ですが、私にもああいう態度ですよ」
「えっ……!?婚約者、ですか?」
聖女は狼狽えた声を出した。
ライラは意図的にミュチュスカに婚約者がいるとは言わなかったのだろう。
聖女がミュチュスカを気にしているから。
でも、私は違う。
早い段階で牽制しておかなければ。
こうでもしないと聖女はミュチュスカに惹かれてしまう。そしてまた、ミュチュスカも──。
聖女は途端、落ち着きをなくしたようだった。
既に、ミュチュスカに惹かれているのだろう。
ミュチュスカは社交界でも多くの令嬢や婦人に秋波を送られ、焦がれた視線を向けられる男だ。いやでも目を引く外見に、華やかな色合いを引き締めるような、あの──青藍色の瞳。
あの氷のような瞳が愛に溶けたらどんな色になるのだろう。
私はそっと夢想した。
「でも、メリューエル様とミュチュスカ様は仲がよろしくないですわよね。五家の血の薄まりを防ぐためとはいえ……お可哀想ですわ」
ミュチュスカ様が、という声が聞こえてくるようだ。
ライラの言葉に、聖女は私とミュチュスカの婚約が政略のものだと受け取ったらしい。ライラの狙いはそれだったのだ。
「私は愛してますけどね」
さり気なさを装って、私は言った。
聖女の持つティーカップが僅かに揺れた。
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