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一章
聖女の指名は
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「ここは蔵書室です。王立特選蔵書室は限られた人間しか足を踏み入れることができません。ここなら聖女様のお求めの本もあるかと思います」
「すみませんわざわざ……。お手間取らせちゃって」
「いいえ。私は聖女護衛騎士候補ですから」
「でもこんなにたくさんあったらどこに何があるか分かりませんねぇ」
「ここに仕分けリストがあります。お望みのものは……ああ、向こうですね。案内します」
かさ、という紙の音。
蔵書室の仕分けリストの紙束をめくっているのだろう。
(どうしてここに……?)
物語にこんなシーン、あっただろうか。
私が考えていると、聖女の呻いた声が聞こえてきた。
「うわあ、アナログ~。不便じゃないですか?」
「いえ、特段不便を感じることはありません」
声がだんだん聞こえてくる。
まずい、もしかしてこっちに向かってきてる?
慌てた私はその場を離れようとしたが、しかしここは最奥。この先は行き止まりだ。
ここから離れるためには入口側に歩かなければならず、そうなると彼らと鉢合わせする。
まさか聖女がここに来るとは思わなかった。
どうするべきか悩んでいると、ミュチュスカが聖女を連れて現れた。どうやら、お目当ての本はこの棚にあるらしかった。
ちらりと視線を向けて、ああ、と納得する。
異世界の文化をまとめた本が並んでいた。
ミュチュスカは私を見て軽く目を見開いていたが、すぐにいつもの無表情になった。これも、いつものこと。彼が笑ったところを、私は見たことが無い。
「……メリューエル。なぜここに?」
「偶然居合わせただけよ。勘違いしないでちょうだい」
まるで青春漫画のツンデレヒロインのようだ。
私は自分の発した言葉にそう思ったが、意味合いは大いに異なる。
こんなところでコソコソ悪巧みをしていると思われてはたまらない。
いつものように駆け寄って抱きつこうとしないからか、ミュチュスカは私を怪訝な顔で見ていた。そのミュチュスカの横で、聖女が言う。
「えーと、メリューエルさん、ですよね?」
「メリューエルで結構です、聖女様」
「ならその聖女様、というのもやめて欲しいなぁ。柄じゃないんだよね、そう呼ばれるの」
聖女は苦笑した。
頬をかきながら話す彼女は飾り気がなく、素直だ。なるほど、ミュチュスカはこういうところに惹かれたのだろう。ふたりが一緒にいるところを見るといやでも現実を突きつけられる。
私はじっと彼らを見ていたがやがて視線を外した。ドレスの裾をつまみ、頭を下げる。
「聖女様を聖女様と呼ぶのは、この国の人間であれば当然のことです。……私の用事は済みましたので、失礼します」
「あ……」
聖女は何か言いかけたが、私は彼女の隣を通ってその場を去った。ミュチュスカがこちらを見ていたかは分からない。
でもどうせ、見ていたとしてもあの冷たい目には疑心が満ちているに違いない。そんな目を見たくないから、私はミュチュスカを見るようなことはしなかった。
聖女の歓迎パーティを開くことになり、私とライラは付きっきりで聖女に社交マナーを教えることになった。社交とは程遠い生活を送ってきた聖女だ。
淑女の礼ひとつ取っても酷い有様だった。
陛下は、聖女はこの国とは異なる世界から訪れたのだからマナーは必要最低限で構わないと言った。場を乱さない程度の礼儀を身につけさせればそれでいいとのことだ。
いきなり社交マナーを完璧に身につけろと言われても、ぜろの状態から始めるのではかなりの時間を要したことだろう。
必要最低限で済んだのは聖女にとってもラッキーだっただろう。
もちろん、教える側の私も全て教えるとなればかなりの負担になるので、陛下のお言葉にはホッとした。
それでも教えることはたくさんあって、私とライラは三日間、みっちり聖女に付きっきりになった。缶詰状態で朝から夕まで教本片手にダンスと社交マナー、必要最低限の知識を、教えていく。
二日目の夜になる頃には聖女はへろへろになり、弱音をはいた。
「もう無理!なんなのよこれ?なんでこんなに覚えることがたくさんあるの!頭パンクしそう」
「でも、アカネ様は覚えが早いですわ。この量を一日で吸収してしまうのですから」
ソファに突っ伏した聖女のために、ライラが手ずからお茶を入れていた。疲れた聖女を気遣ってか、ハーブティーのようだ。
ライラの言葉にムクリと聖女が顔を上げる。
納得がいってなさそうな、難しい顔をしてクッションを抱きしめながら言った。
「……ライラ、メリューエル。聞きたいんだけど……」
聖女はぎゅっとクッションを抱きしめた。
「明後日のパーティ、エスコートに誰を指名するか聞かれたんだよね……」
「すみませんわざわざ……。お手間取らせちゃって」
「いいえ。私は聖女護衛騎士候補ですから」
「でもこんなにたくさんあったらどこに何があるか分かりませんねぇ」
「ここに仕分けリストがあります。お望みのものは……ああ、向こうですね。案内します」
かさ、という紙の音。
蔵書室の仕分けリストの紙束をめくっているのだろう。
(どうしてここに……?)
物語にこんなシーン、あっただろうか。
私が考えていると、聖女の呻いた声が聞こえてきた。
「うわあ、アナログ~。不便じゃないですか?」
「いえ、特段不便を感じることはありません」
声がだんだん聞こえてくる。
まずい、もしかしてこっちに向かってきてる?
慌てた私はその場を離れようとしたが、しかしここは最奥。この先は行き止まりだ。
ここから離れるためには入口側に歩かなければならず、そうなると彼らと鉢合わせする。
まさか聖女がここに来るとは思わなかった。
どうするべきか悩んでいると、ミュチュスカが聖女を連れて現れた。どうやら、お目当ての本はこの棚にあるらしかった。
ちらりと視線を向けて、ああ、と納得する。
異世界の文化をまとめた本が並んでいた。
ミュチュスカは私を見て軽く目を見開いていたが、すぐにいつもの無表情になった。これも、いつものこと。彼が笑ったところを、私は見たことが無い。
「……メリューエル。なぜここに?」
「偶然居合わせただけよ。勘違いしないでちょうだい」
まるで青春漫画のツンデレヒロインのようだ。
私は自分の発した言葉にそう思ったが、意味合いは大いに異なる。
こんなところでコソコソ悪巧みをしていると思われてはたまらない。
いつものように駆け寄って抱きつこうとしないからか、ミュチュスカは私を怪訝な顔で見ていた。そのミュチュスカの横で、聖女が言う。
「えーと、メリューエルさん、ですよね?」
「メリューエルで結構です、聖女様」
「ならその聖女様、というのもやめて欲しいなぁ。柄じゃないんだよね、そう呼ばれるの」
聖女は苦笑した。
頬をかきながら話す彼女は飾り気がなく、素直だ。なるほど、ミュチュスカはこういうところに惹かれたのだろう。ふたりが一緒にいるところを見るといやでも現実を突きつけられる。
私はじっと彼らを見ていたがやがて視線を外した。ドレスの裾をつまみ、頭を下げる。
「聖女様を聖女様と呼ぶのは、この国の人間であれば当然のことです。……私の用事は済みましたので、失礼します」
「あ……」
聖女は何か言いかけたが、私は彼女の隣を通ってその場を去った。ミュチュスカがこちらを見ていたかは分からない。
でもどうせ、見ていたとしてもあの冷たい目には疑心が満ちているに違いない。そんな目を見たくないから、私はミュチュスカを見るようなことはしなかった。
聖女の歓迎パーティを開くことになり、私とライラは付きっきりで聖女に社交マナーを教えることになった。社交とは程遠い生活を送ってきた聖女だ。
淑女の礼ひとつ取っても酷い有様だった。
陛下は、聖女はこの国とは異なる世界から訪れたのだからマナーは必要最低限で構わないと言った。場を乱さない程度の礼儀を身につけさせればそれでいいとのことだ。
いきなり社交マナーを完璧に身につけろと言われても、ぜろの状態から始めるのではかなりの時間を要したことだろう。
必要最低限で済んだのは聖女にとってもラッキーだっただろう。
もちろん、教える側の私も全て教えるとなればかなりの負担になるので、陛下のお言葉にはホッとした。
それでも教えることはたくさんあって、私とライラは三日間、みっちり聖女に付きっきりになった。缶詰状態で朝から夕まで教本片手にダンスと社交マナー、必要最低限の知識を、教えていく。
二日目の夜になる頃には聖女はへろへろになり、弱音をはいた。
「もう無理!なんなのよこれ?なんでこんなに覚えることがたくさんあるの!頭パンクしそう」
「でも、アカネ様は覚えが早いですわ。この量を一日で吸収してしまうのですから」
ソファに突っ伏した聖女のために、ライラが手ずからお茶を入れていた。疲れた聖女を気遣ってか、ハーブティーのようだ。
ライラの言葉にムクリと聖女が顔を上げる。
納得がいってなさそうな、難しい顔をしてクッションを抱きしめながら言った。
「……ライラ、メリューエル。聞きたいんだけど……」
聖女はぎゅっとクッションを抱きしめた。
「明後日のパーティ、エスコートに誰を指名するか聞かれたんだよね……」
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