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一章
奪われることが決まった婚約者
しおりを挟む「……聖女が召喚された?」
吹雪く冬の日。
私はその報告を受けて目を見開いた。
「はい、メリューエルお嬢様。国王陛下は五大貴族の方々と王子様方をお呼び出しになられたとのことです」
メイドのラズレッラの言葉を聞きながら私は焦燥感に駆られていた。
どうしてこんなに焦りを覚えるの。
どうしてこんなに………不安になるの?
「聖女の……名前は?」
辛うじて問いかけた。
ラズレッラは少し考えるように黙り込んでから、言った。
「聖女アカネ様とのことです」
「………!!」
途端、封印がほどかれたように記憶が流れ込んできた。
聖女アカネ。
四季を呪われた国、レーベルト。
聖女護衛騎士。
冬解けの儀式。
報われない恋心。
不仲の婚約者──
一思い出せば芋づる式に他の記憶も取り戻していた。
私の名前はメリューエル・メンデル。
レーベルト国の五大貴族のひとつ、メンデル公爵の娘。
この国は四季を呪われている。
春夏秋冬、ほかの国と変わらず季節は訪れるものの、冬を超えるには儀式を執り行わければならない。
百年に一度、冬解けの儀式を行わなければその後百年、春を迎えることは叶わない。
実際、過去の史実では冬解けの儀式を行わなったことでその後百年、冬の季節が続いたと記載があった。
冬解けの儀式は、異世界から召喚された聖女が執り行わなければならない。
聖女の持つ聖力を神殿で捧げることにより、春を迎えることが叶うのだ。
今年で、前回の儀式より百年。
慣例通りであれば、聖女が召喚されるはずだ。
社交界ではその噂でもちきりだった。
私もその話を聞きながら、聖女とはいったいどんなものなのかと史実でしか知りえない聖女像を想像してみたりもしていた。
もっとも、私には関係の無い話だろう、と思っていたけれど。
だけど、聖女が召喚されたと実際に聞き、そして聖女の名を聞いた私は。
これから起こる未来を知って引きつった悲鳴を零していた。
「メリューエルお嬢様……!?」
「ひ、ひとりにして!」
「ですが……」
「お願い、ひとりにして!出ていって!」
半ばかな切り声になってしまった。
尋常ではない私の様子に、ラズレッラは狼狽えていたがやがて私の命令通りに部屋を出た。
部屋には私一人。
暖炉には薪が燃やされ、部屋は温まっているというのに、私はひとりガタガタ震えていた。
「【氷の騎士と常春の聖女】………」
ぽつり、口にする。
そうだ。そうだった。
あの本のタイトルは、そんな名前だった。
雪の騎士と春の聖女。
それは私が前世、読んだことのある小説だ。
ヒロインは、異世界から呼び出された女子高校生、アカネ。
そしてヒーローは……
私の婚約者ミュチュスカ・アリアン。
深く息を吐いた。
まずは記憶の整理から行わなければならない。
つい先程私が思い出したばかりの前世の記憶、というものは大半が靄がかっていて、正確に思い出すことはできない。
しかし、なぜかその中でもはっきりとその本の内容だけは思い出すことができた。
アカネはある日、いきなり異世界に召喚される。
そして、呼び出された先で彼女は国王に『雪解けの儀式』を行って欲しいと頼まれるのだ。
当然、アカネはなんのことか分からない。
困惑する彼女に、国王は四季が呪われたレーベルト国の説明をする。
彼女──聖女が雪解けの儀式を行わなければ、春は訪れない、と。頭を下げて国王は彼女に頼む。
アカネは分からないながらも自分に出来ることなら、と話し、日本に戻れるのかと尋ねる。
国王はそれに頷き、儀式が終わり、無事春を迎えることが出来たらアカネを元いた世界に返すことを約束する。
そして国王は、この世界に不慣れなアカネのため、聖女護衛騎士を彼女につけると話すのだ。
聖女護衛騎士は、五大貴族の子息と、王子たちから選ばなければならない。聖女はレーベルトでなによりも大切な存在だ。万が一害されてはならない、ということだった。
しかしアカネは、初対面の男たちの中から指名するにも、相手を知らなすぎる、とやはり困惑する。そこで国王は彼女に言うのだ。
では、今から一週間、試用期間とする、と。
その間、護衛騎士候補である彼らと接して、誰を指名するか決めて欲しい、と。
アカネは困惑しつつも、国王の言葉を受けいれた。
「……やがてアカネは、護衛騎士の中でも唯一彼女と距離を取り、冷たい反応をするミュチュスカが気になり始める。…… 『私がなにかしてしまいましたか?なにかしてしまったなら、教えてください』………ふふ、私ったらどうしてこんなに細かく覚えているのかしら」
椅子に腰かけながら、足を組み、窓辺に頬杖をついた。本の世界だけでしかなかった記憶は、今やこれから起こる未来になっている。
それはずいぶんと奇妙な感覚だった。
窓の外。吹雪く一面銀色の世界を眺めながら呟いた。
「彼は言うわ。『いいえ、ですが私の態度が聖女様の気に障っているのでしたら申し訳ございません』ってね。少し驚きながら。ミュチュスカは驚いたのよ。単刀直入に聞かれたものだから。アカネの正直なところを彼も好ましく思う」
……この物語は、聖女アカネと護衛騎士ミュチュスカが結ばれる話だ。
ミュチュスカには婚約者がいて、それが彼の想いのストッパーとなる。
アカネは、ミュチュスカの婚約者、つまり私が気になりながらも、私の存在に胸を痛め、嫉妬の感情を覚える。
「『どうして……どうして、あんなひとがミュチュスカの婚約者なの?婚約を破棄することはできないの……!?』涙を零しながら、アカネは言う。ミュチュスカは彼女の肩を抱いて……」
『……出来ません。それは、私が貴族だからです。貴族は、義務に従わなければならない。私は彼女と結婚しなければならない。……アカネ』
彼は優しい顔で笑うのだ。
私には決して見せたことのない、雪解けのような優しい顔で。
『泣かないで。あなたに泣かれると、私はどうしようもなく苦しいんだ』
「………ふ、ふふ、ふふふ」
思わず自嘲がこぼれてしまった。
皮肉にも、その本の内容を全て思い出してしまった私は、自分の好きな人がほかの女を口説くシーンを全て知ってしまった。しかもそれが、必ず訪れる未来なのだからやっていられない。
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