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「あくまでも契約といたしましょう」

静かに呟いた声は己のだとは思えないほどに落ち着いていた。


***


「フラン、あなたに聞きたいことがある」

賑やかな夜会の中、フランはきた、と思った。
フランはこの流れを知っている。そして、このあとどう転ぶのかも。灰銀色の艶やかな髪を後ろでひとつにまとめている彼、ユーリスはフランと呼んだ己の婚約者を見た。フランチェスカは無表情である。ただ、隣に立つ彼のことを見上げた。
静かだけど確かに響いたユーリス………王太子の声に、広間は静まり返る。遠くに座った国王と王妃にまでその静けさ届いたらしく、訝しげに彼らが腰を上げたのが遠目に見えた。
ユーリスは薄い唇に僅かな冷笑を浮かべると、そっとフランチェスカから離れた。そして彼が向かう先はただひとり。

マゼンタ色を濃く混ぜた、太陽の光を集めたような髪色。瞳の色ははめ込まれたパールのような蜂蜜で、とろりと溶けている。艶やかな髪の毛は天使の輪がかかっていて丁寧に手入れされているのが一目でわかる。
フランチェスカはそんな彼女と、彼女の横にたった己の婚約者を見た。興味がなさそうな瞳で、ただ問いかけるようにユーリスを見る。
ユーリスは太陽の姫君ーーーそう呼ばれた彼女の腰に手を回すと、そっと彼女を引き寄せた。思わぬ王太子の行動に会場がざわめいた。

「フランチェスカ・ヴィヴィアナ。あなたはやってはいけないことをしたね」

「覚えがありません」

やはり淡々と答えるフランチェスカ。
彼女は桃色がかった髪色をしていた。色素の薄い桃色の髪を結い上げ、何房かは首筋に垂らしている。おっとりとした垂れ目は気弱そうに見えるし、庇護欲をこれでもかというほど掻き立てる。
だけどフランチェスカの中身は外見とはまったく違った。フランチェスカはこの場に、誂られたこの会場に失笑を覚えていた。くだらない、と内心一笑に付していた。だけどフランチェスカは一縷の望みを持って、王太子と対峙するのだ。これが正解だと信じて。

「あなたは、彼女ーーーリデル・サファイアに嫉妬して、彼女を苛んだ。自覚は?」

「ありません」

「おかしいね。証拠もあるんだ」

(あるのかよ)

フランチェスカはその可愛らしい外見にそぐわない発言を心の中にしまった。
どうせその証拠とやらも適当にでっち上げたものだろう。隣で不安そうな顔をしつつもふたりを見守るリデルに嫌気がさす。リデルは男女問わず誰にでも好かれる性格をしている。明るく快活で誰にでも平等に優しい。世が世なら彼女がクラスの主要メンバーとなっていただろう。ここではなく、もっと身分制度に囚われない場所であったなら。
だけど残念ながらここは王制がいきる帝国で、リデルの身分は子爵家の娘である。どんなに人脈があろうと人徳があろうと彼女が子爵家令嬢である以上目立った行動はできない。

そういう国であるのだから。だけど人脈とは、人望とは凄いものでいつの間にかリデルは学園の誰もから愛されるようになっていた。
それに対して、いかにも可愛らしい顔立ちと容姿をしたフランチェスカは逆に同性から反感を買いやすかった。それは童顔とも呼べる愛らしい顔立ちをしていたというのも理由だし、彼女が口数が少なく誤解されやすい………いや、リデルによってそうなるように仕向けられていたのも大きい。

「私は、できればあなたと未来を築きたいと思った」

それから滔々とどうでもいい口上が王太子の口から述べられる。思ってもないことを口にする王太子にフランチェスカは内心顔を顰めたかった。
だけど長年身につけてきた王太子妃教育がそれを許さない。フランチェスカはいつだってその可愛らしい顔に微笑みを浮かべている。甘えるような高い声だって地声である。
噂ではフランチェスカのそれは作られたものだとか、可愛い子ぶってるだとか、もっといくとぶりっ子だとか言われていたが、フランチェスカのこれは地なのだ。地。
地声をどうかえろっていうのよ、と一時期フランチェスカはすごく悩んだしヘリウムガスを吸って試行錯誤したことだってあった。だけどそれも遠い過去の話。
フランチェスカが黙って微笑みながら彼らを見ていると、不意にリデルがフランチェスカに言ってきた。

「あなたはいっつも笑ってるわね。そうした方が評判がいいと思っているのかもしれないけれど、それは全くの逆よ。その演じているような微笑みも鳥肌が立つような高い声も、みんな本当は嫌がっているの。気付かない?」
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