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第一章
遺伝子
しおりを挟む「もう限界だ!きみとは婚約破棄させてもらう!」
そう仰って立ち上がったはいいけれど、何が限界なのだろうか。むしろ私の方が限界である。
石の上にも三年なんて言葉あるけど、私は十年以上。このアホの相手をしているのだ。
突拍子もないことを突然言い出す癖には慣れているが、これは度が過ぎてる。
だいたい私たちの婚約は個人でどうにかできるものでは無い。
「ホシュア様、婚約破棄とは?」
とりあえずすっとぼけて聞いてみる。
今日の紅茶は砂糖がいつもより多い。甘いものが苦手な私は早く帰れということだろうか。
「どうもこうも、きみみたいなすまし顔はもう見飽きた!僕は可愛くて優しい女の子が好きなんだ」
夢見すぎでは?
女に夢見すぎでしょ。何このアホは。何をどう育ったらこんなボンクラになるわけ………?
私の婚約者、ホシュア・サンロー様は【空】を司る家の出。
この国は少し変わっていて、星、空、太陽、雨、虹を司る五貴族と言われる人間がいる。私の家は星だ。その属性を司る人間は体のどこかにその目印が現れる。私の場合は目。私の瞳は星をかたどったような虹彩をしている。
婚約者のホシュア様は髪。彼は空色の髪をしている。五貴族は王を守るために存在しているとされ、その結託を強めるために度々政略結婚が行われている。今代は私とホシュア様だ。
元々互いに恋愛感情があったわけではない。むしろ私たちの相性は最悪だ。
「だいたいきみはいつも何を考えているか分からない!不気味だ!気持ち悪い。魔女と言ってもおかしくない」
魔女、とかこの時代にいると思ってんのかしら。
聖女ならともかく。私はアホシュア様の暴言をさらりとスルーする。慣れてるからだ。まぁ、殺意は湧くけれど。
「能面みたいな顔をして、気取ってるつもりか?上品ぶっても透けて見えるぞ、きみの醜悪さはな!」
ここまで言われても黙ってるってむしろ私が褒めれるべきよね。あとこいつは本当何とかならないかしら。どんな教育をされてきたの?と、そうだった。彼は一人っ子でご両親に溺愛されて育ったのよね…………。彼の両親も似たりよったりな馬鹿どもだったことを思い出して、アホなのは遺伝なのだと納得する。こんなのと婚約したくなかった。
とはいえ、この婚約は政略だ。
私がアホシュアをアホでバカでクズでどうしようもないアホカスマヌケ愚か者だと思っていても。向こうが私のことを化け物、幽霊、悪鬼、悪魔、魔女と宣っても。この婚約は王命である。
とはいえ…………
「だいたい、お前みたいなのを抱けるわけないだろ!その貧相な体でよく結婚できると思ったもんだ。国王陛下も悪趣味が過ぎ」
その瞬間。
甘ったるい紅茶が入っていたコップが手から滑り落ちた。白いコップは滑らかな曲線を描き、アホシュア様の胸元へ。あら、まだ熱いのに悪いことしてしまったわね。
「申し訳ありません。お怪我は?」
「熱ッ!うわ、僕の服に染みが………!!母上が見たら泣いちゃうだろ!なんてことするんだ、こっ…………この!!暴力女!!」
しかもこいつ、生粋のお母様好きなのよね………。
お母様もお母様で、早く息子離れなさればいいのに。こいつ、もう三十手前よ?
(というか………私が16なのに、29の男と結婚させられるのって何なのよ)
友達はもっと自由な恋愛をしているのに。五貴族だからって。だから五貴族なんて嫌い。
騒ぎ立てる男を無視して、私は侍女を呼んでハ ハンカチを受け取った。侍女はびっくりするくらいの能面顔。アホシュア様の家で働く人間はみんな、こういう仮面顔になる。
バタバタ客室の中を、おしりに火がついたの如く走り回るアホシュア様。
熱いと言えど人肌程度だったのに、まだ騒いでいるの?劇物でもかけられたのごとく騒ぎ立てぶりだわ。でも、ちょうど良かった。私もこの婚約は、何とかしたいと思っていたのだから。
(私を抱けないですって?冗談じゃないわ。誰があなたなんかに抱かせるものですか)
そろそろ来るだろうと思っていると、ちょうどその時。扉の向こう側から慌ただしい足音と、「アシュア!?どうしたの!」という女性の声が聞こえてきた。アホシュア様のお母様である。すぐ飛んでくるのよね。大袈裟に騒ぎ立てるアホシュアもアホシュアだけど、親も親というか。
(こんなお母様に育てられたアホが少しは可哀想に思えてくるわ………)
私は扉が開く瞬間、ほんの少し。
小指の爪先程の同情をアホシュア様に抱いた。
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