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二章:逃げられないのなら

一度死んでから

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「あなたの心はどこにあるのですか?弄んだ女たちが自滅するのであれば好きにしろ、とでもお思い?」

「…………きみは、ミチュアとロザリアにずいぶん肩入れしているね。その理由は何?」

彼が、呆れたように言った。
その様子に腹が立つ。
肩入れしているね、ですって?
誰が彼女たちの立場に立ってものを言うか。
違う。私は、ミレーゼとしての立場から物事を見た時に感じたおもいをそのまま口にしているだけだ。カッ、と怒りか、興奮か。
顔が熱を持ったのがわかる。
どうして、私はここまで感情的になっているのだろう。
どこかで冷静な私が戸惑っている。
でも、違う。違うのよ。

言わなかっただけで、
思いをずっと、ずっと殺していただけで。
ずっと私は……!
こうして、言いたかった。糾弾したかった。逆らいたかった。彼に、絶対王者である、リュシアン陛下に!

「何?なに……ですって?あなたはご存知ないの?王妃は、後宮の管理を任されているのですよ。スネィリア王妃陛下も、百五十年ほど前までは後宮を管理されていたと聞きました!」

リュシアン殿下のお母様は、今も尚王妃という立場にある。
リュシアン殿下の父である国王陛下は、百五十年ほど前までほかに何人か妃を持っていた。だけどみな、年齢とともに後宮を後にすると、それ以外の女性を後宮に入れることはなかった。
当時、百五十歳を超えていた国王陛下もいよいよ本腰を入れて後継者を成さねばならないと考えたのだろう。
子を産ませるなら、エルフの血ができるだけ濃い人間がいい。その方が、確率も高い。

私は、私のために怒っている。
ミチュア様も、ロザリア様も関係ない。
私は、彼女たちのために怒れるほど、心を痛めるほど清らかではなかった。

「あなたは、私が彼女たちを放ったらかして、挙句彼女たちが刃傷沙汰となり、死者が出た際、それでも素知らぬ顔でいられる女だと思ったのですか?そう思われていたなら、それは大間違いです。私は人が死んだ時何も思わずにいられるほど、感情は死んでおりません!」

叩きつけるように言葉を並べ立てると、責め立てられたリュシアン殿下が顔を歪めた。
そんな表情も、二十年以上の付き合いになるというのに、初めて見たものだった。

「……だから、何?きみに配慮して妃同士のトラブルを仲裁しろ、と。そういうこと?」

「少なくとも、私の立場、心情を慮ってくださったなら、それくらいの配慮はいただけるものかと……期待しておりました」

もっとも、それはすぐに裏切られたが。

私は、また彼を睨みつける。
こんなところをもし、社交界の人間の誰か、あるいは近衛騎士にでも見られたら。
間違いなくフェリス・シェリンソンは死ぬことになるだろう。名実ともに。
シェリンソン家自体が潰されるのはもちろん、私もまた、命を脅かされるのだろうと思う。
それでも、言わなければ、と思った。
ここで唯唯諾諾と従えば、それは以前と何も変わらない。

「ずっと……ずっと、聞きたいことがありました」

リュシアン殿下の表情は変わらない。
眉を寄せ、考えるように、あるいは睨むように私を見ている。互いに見つめ合うが、それは全くもって、甘さとはかけ離れていた。むしろ、殺伐とした緊張感がある。

「あなたは何を考えているのですか?……私を、どうしたいのですか」

「僕は……」

「あなたは初夜、私を抱かないと言った。それなのに王妃という地位に私を置いていたのはなぜですか?嫌がらせをしたかったのですか?あなたは、私が嫌いなのですか」

それなら、私が死んでせいせいしたことだろう。
最期の瞬間、彼は愉悦を覚えたのかもしれなかった。
それなのに、時が巻き戻って私を呼び出した理由は、また私を弄びたかったからだろうか。
もしそうであるなら、こんなに責め立てられたのは彼にとっても想定外だったはずだ。

怒って罰を与えられてもおかしくない。
それでも良いと思った。

だけどもし、シェリンソンの家にまで罰が及ぶなら、その時は何をしてでも許しを乞うつもりだ。彼の足を舐めろと言うなら、それに従う。

でも、今、私は言葉を止めるつもりは無い。

彼が趣味で、私を虐げるために王妃とする。
それは決して褒められた行いではないが、彼は例外だ。
彼に許されないものなど、ありはしない。
むしろ、未来のエルフの王のために、と周りはこぞって生贄を送り出すはずだ。

異常だ。異常すぎる。

誰も、彼を否定しない。
誰も、彼を咎めない。

緊張からか、手をきつく握る。
浅い呼吸を繰り返す私に、リュシアン殿下が少し驚いたように目を見開いた。
長いまつ毛が縁取る灰色の瞳がわずかに揺れた。

「……嫌い?」

それは、あまりにも意外な言葉を聞いたかのようだった。
また、頭がカッとなる。

「嫌いでないのなら、何だったのですか?」

私には、嫌がらせにしか思えなかった。

「嫌がらせ……そう。そうか。僕はきみに嫌がらせがしたかったのか」

どこか納得したかのように呟いた後、彼はふわりと笑った。
まるで場違いな微笑みに、私はまた後ずさりそうになる。
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