28 / 50
二章:逃げられないのなら
共に心中する相手
しおりを挟む
頭ごなしに否定するアークに、私は戸惑った。
アークは今、十七歳だ。
いずれ伯爵家を継ぐことを考えれば、決して婚約が早すぎるということは無い。
アークはエルフを嫌っている。
それは理解しているが、彼がシェリンソン伯爵家の次期当主である以上婚約、結婚は免れない。
そして、彼はエルフ全員を嫌っているが、もしかしたら彼の考えを変えてくれるような人だっているかもしれない。
相手は、メロディ様かもしれないしメロディ様ではないかもしれない。
とにかく、会ってもいないのに否定するのは気が早すぎるというか、一度会ってみて答えを出しても遅くはないはずなのだ。
私はそう思ってアークを説得しようとした時、背後から弾んだ声が聞こえてきた。
「あ!こちらにいらしたのね。アーク様!」
石柱の影に隠れるようにして話していた私たちは、その声に非常に驚いた。
アークはそうでもなかったようだが、とにかく私はびっくりしたのだ。
肩が少し揺れる。そのまま視線を声のした方向に向けると、そこには淡い金髪をふたつに結った、紫根の瞳の少女がいた。私とそう、年齢は変わらないだろう。
彼女はきらきらとした瞳をアークに向けている。
(彼女は──)
ミレーゼであった時にあまり顔を合わせなかったのだろう。すぐには彼女が誰か思い出せず、私は困惑した。
私の隣で、アークが静かに彼女の名を呼んだ。
「……エバンス伯爵令嬢」
「……!」
彼女が、メロディ・エバンス。
アークの婚約者候補。
私はふたたび彼女に視線を向ける。
彼女は、アークばかり見て、きらきらとした瞳を向けていたが、ようやく私にも気がついたようだった。あからさまに気分を害したように眉を寄せている。
その様子から、彼女はアークに気があるのだとすぐに分かった。
「あなたは……アークの妹さん?」
声も、刺々しい。
アークと私が血の繋がらない兄妹だと知っているのだろう。
私は、慣れた微笑みを顔に浮かべた。
「ごきげんよう。フェリス・シェリンソンと言います」
メロディ様は眉を寄せてじっと私を見つめていたが、不意に何かに気がついたのか目を見開いた。
そして、驚いたように今度はまじまじと私を見つめてくる。
「……あなた、先程リュシアン殿下と踊っていた……?」
「…………はい」
「なぁんだ!ごめんなさい。私、てっきりアークといい雰囲気の方なのかと……。ほら、ふたりでこんなところにいるし。とても探しましたわ。ねえ、アーク。あなたも知っているでしょう?私たちの婚約の話!今日はその話をしようと思ったのに、ホールにいないんだから!」
メロディ様の興味はすぐにアークに移ったようだった。この場合、私はここから離れるべきか。
あるいは、お母様に言ったようにメロディ様がどういう女性か様子を見るべきか。
メロディ様は積極的にアークに近づき、ぴたりと体を寄り添わせた。
楽しげなメロディ様とは対照的に、アークは無表情だった。何も答えていない。
会話という会話が成り立たない彼らに、私はハラハラしてしまった。
「どうして会いに来てくださらないの?」
メロディ様がアークの手を取って、甘えるような声を出す。アークはちらりと見たが、やはりそれに答えない。
「ねえ、アーク。あなたも知っているでしょう?この婚約は私の強い希望で用意されたのよ。シェリンソン伯爵も乗り気だと言うじゃない。もう私たちは婚約して、結婚する運命なの。それなのにどうしていつまでも、そんな顔をするの?婚約者なのよ、私?」
怒涛に捲したてるメロディ様に、ようやくアークが細く息を吐いた。
そして、乱暴ではないがあっさりと、彼女の手を払う。
「あん」
メロディ様が残念がるように甘えた声を出す。
なんというか、メロディ様とアークは見ていてこちらが心配になる組み合わせだった。
確かに、メロディ様が婚約者というのは幸先が不安かもしれない。
私は早々にそう判断していた。
「私は婚約する気はありません。あなたに会ったら、そう言おうと思っていました」
アークが静かに言った。
メロディ様は眉を寄せ、睨みつけるようにしてアークを見ている。
これは、完全に私はお邪魔だろう。
メロディ様がどういう方なのか──少なくとも、アークがどう思っているのかは、理解出来たような気がする。
ここは私は離れるべきだ。
そう思って、私はそろりそろりとその場を離れようとした。
しかし、メロディ様と話しているくせに私が後退していることにすぐ気がついたアークに、腕を掴まれてしまう。驚いて彼を見るが、彼は変わらず落ち着いた様子でメロディ様と話していた。
「どうして……!どうしてなの!」
メロディ様が悲鳴のような声を上げる。
とてもいたたまれない。
そして、この状況には既視感があった。
ミレーゼであった時、ミチュア様とロザリア様の口論を仲裁する時、私はいつもこんな気持ちになっていた。当事者ではないけれど、ギスギスした空気は胃が痛くなる。
それでもミレーゼであった時は、私は王妃だからとそこから逃れることもできなかった。
だけど今は別だ。
メロディ様とアークの婚約について、私は完全な部外者。
ここにいるべきではないだろう。
そう思って、アークを強く見つめるが彼は変わらず澄ました顔でメロディ様と話している。
私の腕を掴む手は、そのままに。
アークは今、十七歳だ。
いずれ伯爵家を継ぐことを考えれば、決して婚約が早すぎるということは無い。
アークはエルフを嫌っている。
それは理解しているが、彼がシェリンソン伯爵家の次期当主である以上婚約、結婚は免れない。
そして、彼はエルフ全員を嫌っているが、もしかしたら彼の考えを変えてくれるような人だっているかもしれない。
相手は、メロディ様かもしれないしメロディ様ではないかもしれない。
とにかく、会ってもいないのに否定するのは気が早すぎるというか、一度会ってみて答えを出しても遅くはないはずなのだ。
私はそう思ってアークを説得しようとした時、背後から弾んだ声が聞こえてきた。
「あ!こちらにいらしたのね。アーク様!」
石柱の影に隠れるようにして話していた私たちは、その声に非常に驚いた。
アークはそうでもなかったようだが、とにかく私はびっくりしたのだ。
肩が少し揺れる。そのまま視線を声のした方向に向けると、そこには淡い金髪をふたつに結った、紫根の瞳の少女がいた。私とそう、年齢は変わらないだろう。
彼女はきらきらとした瞳をアークに向けている。
(彼女は──)
ミレーゼであった時にあまり顔を合わせなかったのだろう。すぐには彼女が誰か思い出せず、私は困惑した。
私の隣で、アークが静かに彼女の名を呼んだ。
「……エバンス伯爵令嬢」
「……!」
彼女が、メロディ・エバンス。
アークの婚約者候補。
私はふたたび彼女に視線を向ける。
彼女は、アークばかり見て、きらきらとした瞳を向けていたが、ようやく私にも気がついたようだった。あからさまに気分を害したように眉を寄せている。
その様子から、彼女はアークに気があるのだとすぐに分かった。
「あなたは……アークの妹さん?」
声も、刺々しい。
アークと私が血の繋がらない兄妹だと知っているのだろう。
私は、慣れた微笑みを顔に浮かべた。
「ごきげんよう。フェリス・シェリンソンと言います」
メロディ様は眉を寄せてじっと私を見つめていたが、不意に何かに気がついたのか目を見開いた。
そして、驚いたように今度はまじまじと私を見つめてくる。
「……あなた、先程リュシアン殿下と踊っていた……?」
「…………はい」
「なぁんだ!ごめんなさい。私、てっきりアークといい雰囲気の方なのかと……。ほら、ふたりでこんなところにいるし。とても探しましたわ。ねえ、アーク。あなたも知っているでしょう?私たちの婚約の話!今日はその話をしようと思ったのに、ホールにいないんだから!」
メロディ様の興味はすぐにアークに移ったようだった。この場合、私はここから離れるべきか。
あるいは、お母様に言ったようにメロディ様がどういう女性か様子を見るべきか。
メロディ様は積極的にアークに近づき、ぴたりと体を寄り添わせた。
楽しげなメロディ様とは対照的に、アークは無表情だった。何も答えていない。
会話という会話が成り立たない彼らに、私はハラハラしてしまった。
「どうして会いに来てくださらないの?」
メロディ様がアークの手を取って、甘えるような声を出す。アークはちらりと見たが、やはりそれに答えない。
「ねえ、アーク。あなたも知っているでしょう?この婚約は私の強い希望で用意されたのよ。シェリンソン伯爵も乗り気だと言うじゃない。もう私たちは婚約して、結婚する運命なの。それなのにどうしていつまでも、そんな顔をするの?婚約者なのよ、私?」
怒涛に捲したてるメロディ様に、ようやくアークが細く息を吐いた。
そして、乱暴ではないがあっさりと、彼女の手を払う。
「あん」
メロディ様が残念がるように甘えた声を出す。
なんというか、メロディ様とアークは見ていてこちらが心配になる組み合わせだった。
確かに、メロディ様が婚約者というのは幸先が不安かもしれない。
私は早々にそう判断していた。
「私は婚約する気はありません。あなたに会ったら、そう言おうと思っていました」
アークが静かに言った。
メロディ様は眉を寄せ、睨みつけるようにしてアークを見ている。
これは、完全に私はお邪魔だろう。
メロディ様がどういう方なのか──少なくとも、アークがどう思っているのかは、理解出来たような気がする。
ここは私は離れるべきだ。
そう思って、私はそろりそろりとその場を離れようとした。
しかし、メロディ様と話しているくせに私が後退していることにすぐ気がついたアークに、腕を掴まれてしまう。驚いて彼を見るが、彼は変わらず落ち着いた様子でメロディ様と話していた。
「どうして……!どうしてなの!」
メロディ様が悲鳴のような声を上げる。
とてもいたたまれない。
そして、この状況には既視感があった。
ミレーゼであった時、ミチュア様とロザリア様の口論を仲裁する時、私はいつもこんな気持ちになっていた。当事者ではないけれど、ギスギスした空気は胃が痛くなる。
それでもミレーゼであった時は、私は王妃だからとそこから逃れることもできなかった。
だけど今は別だ。
メロディ様とアークの婚約について、私は完全な部外者。
ここにいるべきではないだろう。
そう思って、アークを強く見つめるが彼は変わらず澄ました顔でメロディ様と話している。
私の腕を掴む手は、そのままに。
2,395
お気に入りに追加
4,212
あなたにおすすめの小説
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
【完結】私が貴方の元を去ったわけ
なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」
国の英雄であるレイクス。
彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。
離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。
妻であった彼女が突然去っていった理由を……
レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。
◇◇◇
プロローグ、エピローグを入れて全13話
完結まで執筆済みです。
久しぶりのショートショート。
懺悔をテーマに書いた作品です。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる