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二章:逃げられないのなら
信じられない
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ダンスが終わって、私は逃げるように壁際へと向かった。どこまで行っても人々の視線が追いかけてくるのが嫌で、そのまま流れるようにバルコニーまで逃れる。
ホールを出れば、ほんの少しだけ息がしやすくなった。
(リュシアン殿下は……なにを考えているの)
どうして時が戻ったのか、さらには、どうして見知らぬ少女になったのか。
彼はそれを知りたいかと尋ねてきた。
つまりそれは、彼はそうなった理由を知っている、ということだ。
知りたいと思う。
だけどもう、彼と話したいとは思わなかった。
胸が掴まれたように痛い。呼吸がし辛くて、ハ、ハ、と犬のように荒い呼吸を何度も繰り返した。
そのまま、どれほどそうしていただろう。
ホールから零れる光を頼りにして、バルコニーの奥へ向かう。まだ夜会が始まったばかりなのもあって、バルコニーには人気がなかった。
石柱の影に隠れて、呼吸を整えた。
その時。
「あ、いた」
心臓が、止まるかと思うほど驚いた。
驚きのあまり胸元を強く握る。背筋が凍った。
だけどすぐに、その声が誰のものか理解して、私は怖々振り返る。
そこにいたのは予想通り、アークだった。
彼は私を探していたのか、少し前髪が乱れその息は弾んでいた。
よほど慌てて私を探してくれたのだろうか。彼のそんなところは初めて見る。
アークは私を見ると、探るように目を眇めた。
「なんでこんなとこにいるの」
「……ホールにいると視線が」
それだけ言うと、彼は納得したようだった。
私が隠れていた石柱に寄りかかるようにして壁を預かる。
そして、私を見て言った。
「あの人と知り合い?」
あの人──それは、リュシアン殿下のことを言っているのだろう。
ほんの一瞬。ほんの少しだけ、戸惑った。
彼になら、言っても構わないのではないか、と思ってしまった。
だけど私はすぐにそんな思考を振り払う。
一瞬でもそう思った自分の思考に驚いた。
【以前の生で私は、ミレーゼ・ウブルクであり、さらには王妃だった】。
私にとっては事実でも、誰が聞いても眉唾物だ。アークには、世迷言にしか聞こえないだろう。頭がおかしいと思われるかもしれない。
一体、誰がそんな話を信じるというの。
私は相当に動揺しているらしい。
呼吸を整えて、声が震えないように努めた。
「……初めてお会いしたわ」
それは、本当。
フェリスである今、彼と会ったのは初めてだ。
私の言葉に、アークの緋色の瞳の色が濃くなったように感じた。疑うように、探るように彼が私を見つめてくる。
非常に整った顔立ちをしているのもあり、彼にじっと見つめられるとその目力の強さに怯んでしまいそうになる。
私は彼の追求の瞳から逃れるように、アークに尋ねた。
「あなたは?私を探してくれたの?」
「……お前の様子がおかしかったから」
それで私は納得する。
リュシアン殿下とダンス中、私の様子がおかしいと感じたから、彼は探しに来てくれたのだろう。
優しい人だ。
アークと話していると、少し冷静さを取り戻した。それと同時に、本日の私の役目もまた、思い出す。
「メロディ様はいらっしゃった?」
私がその名を口にすると、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。苦い顔のまま、顔を逸らす。
長いまつ毛が、拒否するように伏せられた。
「いるんじゃないか?探してないから分からないが。……フェリス。お前が彼女を探す必要は無い」
彼は淡々と拒絶した。
そこまで嫌がる理由がわからなくて、今度は私が追求するように彼の瞳を見上げた。
彼の紅と灰が混ざりあった瞳は、宵闇に炎が上がっているかのように見えた。
「そんなわけにはいかないでしょう?あなたの婚約者候補の方なのよ」
「僕は結婚しない……!」
その言い方が、まるで駄々をこねる子供のように思えて私はため息を吐いた。
どうして、こんなに婚約を嫌がるのだろうか。
メロディ様が原因か、あるいは婚約そのものを避けているのか。
「無理だわ。あなた、シェリンソン伯爵家の次期当主なのよ?エバンス伯爵家は由緒ある家柄だし……悪くないお話だと思うけど……。どうしてそんなに嫌がるの?……彼女と何かあって?」
尋ねるが、彼は貝のように口を閉ざしている。
促すように顔を覗き込むと、アークはうんざりした様子で顔を逸らした。
「……言っただろ。僕は、エルフが嫌いなんだ」
「でも、結婚はしなければならないわ」
「僕はしない」
「お父様とお母様にはどう説明するの?」
「…………今はまだ話を受け入れる気にはなれないと、そう言うよ。お前が僕の婚約者候補を探す必要もない」
ホールを出れば、ほんの少しだけ息がしやすくなった。
(リュシアン殿下は……なにを考えているの)
どうして時が戻ったのか、さらには、どうして見知らぬ少女になったのか。
彼はそれを知りたいかと尋ねてきた。
つまりそれは、彼はそうなった理由を知っている、ということだ。
知りたいと思う。
だけどもう、彼と話したいとは思わなかった。
胸が掴まれたように痛い。呼吸がし辛くて、ハ、ハ、と犬のように荒い呼吸を何度も繰り返した。
そのまま、どれほどそうしていただろう。
ホールから零れる光を頼りにして、バルコニーの奥へ向かう。まだ夜会が始まったばかりなのもあって、バルコニーには人気がなかった。
石柱の影に隠れて、呼吸を整えた。
その時。
「あ、いた」
心臓が、止まるかと思うほど驚いた。
驚きのあまり胸元を強く握る。背筋が凍った。
だけどすぐに、その声が誰のものか理解して、私は怖々振り返る。
そこにいたのは予想通り、アークだった。
彼は私を探していたのか、少し前髪が乱れその息は弾んでいた。
よほど慌てて私を探してくれたのだろうか。彼のそんなところは初めて見る。
アークは私を見ると、探るように目を眇めた。
「なんでこんなとこにいるの」
「……ホールにいると視線が」
それだけ言うと、彼は納得したようだった。
私が隠れていた石柱に寄りかかるようにして壁を預かる。
そして、私を見て言った。
「あの人と知り合い?」
あの人──それは、リュシアン殿下のことを言っているのだろう。
ほんの一瞬。ほんの少しだけ、戸惑った。
彼になら、言っても構わないのではないか、と思ってしまった。
だけど私はすぐにそんな思考を振り払う。
一瞬でもそう思った自分の思考に驚いた。
【以前の生で私は、ミレーゼ・ウブルクであり、さらには王妃だった】。
私にとっては事実でも、誰が聞いても眉唾物だ。アークには、世迷言にしか聞こえないだろう。頭がおかしいと思われるかもしれない。
一体、誰がそんな話を信じるというの。
私は相当に動揺しているらしい。
呼吸を整えて、声が震えないように努めた。
「……初めてお会いしたわ」
それは、本当。
フェリスである今、彼と会ったのは初めてだ。
私の言葉に、アークの緋色の瞳の色が濃くなったように感じた。疑うように、探るように彼が私を見つめてくる。
非常に整った顔立ちをしているのもあり、彼にじっと見つめられるとその目力の強さに怯んでしまいそうになる。
私は彼の追求の瞳から逃れるように、アークに尋ねた。
「あなたは?私を探してくれたの?」
「……お前の様子がおかしかったから」
それで私は納得する。
リュシアン殿下とダンス中、私の様子がおかしいと感じたから、彼は探しに来てくれたのだろう。
優しい人だ。
アークと話していると、少し冷静さを取り戻した。それと同時に、本日の私の役目もまた、思い出す。
「メロディ様はいらっしゃった?」
私がその名を口にすると、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。苦い顔のまま、顔を逸らす。
長いまつ毛が、拒否するように伏せられた。
「いるんじゃないか?探してないから分からないが。……フェリス。お前が彼女を探す必要は無い」
彼は淡々と拒絶した。
そこまで嫌がる理由がわからなくて、今度は私が追求するように彼の瞳を見上げた。
彼の紅と灰が混ざりあった瞳は、宵闇に炎が上がっているかのように見えた。
「そんなわけにはいかないでしょう?あなたの婚約者候補の方なのよ」
「僕は結婚しない……!」
その言い方が、まるで駄々をこねる子供のように思えて私はため息を吐いた。
どうして、こんなに婚約を嫌がるのだろうか。
メロディ様が原因か、あるいは婚約そのものを避けているのか。
「無理だわ。あなた、シェリンソン伯爵家の次期当主なのよ?エバンス伯爵家は由緒ある家柄だし……悪くないお話だと思うけど……。どうしてそんなに嫌がるの?……彼女と何かあって?」
尋ねるが、彼は貝のように口を閉ざしている。
促すように顔を覗き込むと、アークはうんざりした様子で顔を逸らした。
「……言っただろ。僕は、エルフが嫌いなんだ」
「でも、結婚はしなければならないわ」
「僕はしない」
「お父様とお母様にはどう説明するの?」
「…………今はまだ話を受け入れる気にはなれないと、そう言うよ。お前が僕の婚約者候補を探す必要もない」
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