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一章:ミレーゼの死

リュシアン殿下の婚約者

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まだお小さい。
当然だ。だって、今は、私の知る世界より二十年前なのだから。
リュシアン陛下は──この時は、王太子殿下であらせられるはず。
彼は、くちびるを間一文字に引き結んで護衛と共に入場する。突然の王太子の姿に、会場がざわめいた。

私の隣に座る夫人も、口元に手を当てて驚いている様子だ。

「あらあら……。とんでもないことね……」

ウブルクの人間に連れられて、リュシアン殿下は中央のテーブルに着席した。
お母様は会場を見渡すとにっこりと微笑んだ。
とても美しい笑みだけど、その仮面の下に残酷な顔を隠していることを私は知っている。
お母様は、いえ、ウブルクの人間には愛がない。
愛することを知らない人達だ。

そう思って、まつ毛を伏せる。

私もまた、ウブルクの人間だった。

だから、だろうか。
だから、私は上手に人を愛する、ということが出来なかったのだろうか。
リュシアン陛下に……彼に、嫌われてしまったのは私が原因だったのだろうか……。

取り留めのない思考を意味もなく続けていた時、お母様の声が聞こえてきた。

「本日は、特別にゲストをお呼びしているのです。なんでも殿下たってのご希望とかで……。突然のことではありますが、王家に仕える公爵家としてこれ以上の喜びはございませんわ」

お母様はその後もいくつか口上を述べた後、口端を持ち上げて笑みを浮かべた。薔薇を思わせる豪奢な彼女に、場が支配された。

「殿下、お言葉をいただけますか?」

お母様に促されて殿下もまたまつ毛を伏せて応えたようだった。
そして、ふと顔を上げ、会場を見渡す。

途端、ざわめいていた会場が水を打ったようにしん、と静まり返った。

王族を前にしているのだ。
この静けさも納得のいくものだった。

厳かとも、荘厳とも取れる雰囲気の中、その空気を作り出した齢八歳の少年は落ち着いて周囲を見ている。

ふと、彼と視線が交わったような気がして──この人の数だ。そんなはずはないのに。
どきりと、心臓が捕まれたように痛みを感じた。息を詰める。

私がこの時五歳だったから、リュシアン殿下はこの時八歳。私たちはこの時まだ、出会っていなかった。
当然だ。だって、このティーパーティーにリュシアン殿下はいらっしゃらなかった。

基本、王族は王家主催のティーパーティーにしか訪れないものだ。
それなのに、なぜ……?

八歳のリュシアン殿下は肩より長い銀の髪を緩く束ねていた。柔らかそうな髪が、太陽の光に反射して煌めいている。
青年となってなお、男性なのか女性なのか判別がつかないほどの美貌なのだ。
少年の彼は、まるで少女のように愛らしい。
彼は薄い微笑みを浮かべて言った。

「突然ではありますが、本日このティーパーティーに参加させていただくこととなりました。ウブルク公爵夫人ならびに令嬢には無理を言いました。どうか、本日という恵まれた良き日に僕も加えさせてください」

公爵家主催だから控えめではあるが、流石王族なだけあって、堂々としている。
未来のエルフの王の姿に、幼い令嬢たちの頬が赤く染まっている。夫人たちは陶酔したように彼を見ていた。

お母様が機嫌よく微笑んだ。
あれは愉悦感とプライドを満たされている時の顔だ、とすぐ分かった。
お母様がパーティの開始を知らせるように言った。

「では、未来のエルフの王と、ティファーニの栄光を願って。いただきましょうか」

席がリュシアン殿下と離れていてよかった。
心底思った。私は、対面に座った令嬢のぎこちない挨拶を聞きながらそっと中央のテーブルを伺った。中央のテーブルには、お姉様とお母様。そして、リュシアン殿下だけ。
ちら、とそちらを伺った時、不意にぱちり、と視線が交わった。
……気がした。

思わず、パッと視線を逸らしてしまう。

(気のせい?)

背筋が冷えるような、心臓が跳ね回るような。
氷の矢で、背中から心臓を穿たれたような、そんな感覚に陥った。

本当に、私を見ているの……?
かなり動揺しているが、確かめなければならないと思った。
ぎこちなくではあるが、そろりと再び視線を中央のテーブルに向ける。
その時にはもうリュシアン殿下はお姉様となにか話しているようで、こちらを見てはいなかった。

(やっぱり……気のせいだったのかしら……)

あまりにもチラチラと中央のテーブルを気にしすぎていたためか、対面に座った令嬢が好奇心に満ちた声で私に尋ねた。

「あちらの席が気になるの?」

「……はい。へい……殿下がティーパーティーに参加されるとは思わなかったものですから」

「そうよね!私もびっくりよ。リュシアン殿下、本当にお美しくいらっしゃるわ……。なんて素敵なのかしら。王家も殿下という後継に恵まれたからティファーニは安泰だわ。ねえ、私はカナン・デイジー。あなたは?」

令嬢は、大人たちの会話を真似しているのか妙に大人びた話し方をしていた。
少し、舌っ足らずではあったが。
背伸びしている様子は、大人には微笑ましいようで、夫人たちはにこやかに私たちの会話を見守っている。
時々くすりと微笑みを浮かべながら優雅に紅茶を口にしていた。

私は、恐る恐る少女に自分の名を告げた。

「フェリス・シェリンソンです……」

「そうなの!ねえ、フェリスはリュシアン殿下がウブルクのご令嬢と婚約すると思う?」
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