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一章:ミレーゼの死

ミレーゼは誰?

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二十年の時を遡ってしまっている。
私は一瞬、これが死の直前に見る走馬灯なのではないかと疑った。咄嗟に手の甲を抓ったが、しっかりと痛みを覚える。
混乱した。

1236年9月1日?
私は当時、五歳だったはずだ。
咄嗟に自身の手のひらを見つめる。
柔らかく小さな手のひらは、子供のものだ。
私は途端、恐ろしくなった。
もし、もしも時を遡って私の魂が誰かの体に入り込んでしまったとするなら──。

今のミレーゼ・ウブルクは誰なの……?

言いようのない恐れに襲われて、私は体を震わせた。

「順に説明いたします」

ハリスは落ち着いた声で説明した。

私は、フェリス・シェリンソン。
シェリンソン伯爵の一人娘で、今年五歳となった。今日はこれから伯爵夫人とティーパーティーに参加予定だという。

目眩がした。
シェリンソン、という姓はよく知っている。

シェリンソン伯爵は前国王陛下の補佐官だった人物で、前国王陛下が隠居され、リュシアン陛下が即位されてからは宰相の副官を務めていた。
目立たないが温和で、落ち着いた印象を受ける人だった。

彼が、父親……?

動揺し、混乱している時に扉がノックされた。
入室したのは、黒の巻き毛が印象的なメイドだった。先程、リボンを手に持ちながら震えていた女性だ。
彼女は私のそばまで来て膝をつくと、私に視線を合わせた。
そんなふうに目線を合わせられるのもまた、初めてのことだった。

「旦那様が、体調が悪いなら本日のティーパーティーの参加は取りやめていいとの言伝です」

「お……父様が?」

「どうなさいますか?お休みされますか?」

気遣わしげにメイドが私を見てくる。
そんな視線を受けるのも、初めて。

私は、情けないことに混乱し、上手く言葉が出てこなかった。

だけど一つだけ、確かなことがある。
主催がウブルクの家だと言うなら、欠席は間違いなく許されない。例えシェリンソン伯爵が構わないと言っても、ウブルクの家が許さないだろう。

ウブルクは貴族の頂点に立つ家だ。
あの家が主催ホストのパーティで欠席するなんて行為は、ウブルクと対立していると見受けられかねない。
例え、体調不良や切な理由があったとしても、【ウブルクのパーティを欠席する】それが、あの家にとっては全て。

私が欠席──しかもパーティ当日に連絡するなど、間違いなくあの家は怒るだろう。

他家に軽んじられている。
あるいは、軽んじられていると思われる行為をされる。それが、ウブルクには屈辱なのだ。

それに、私自身、ウブルク公爵家がどうなっているか確認したい、と思った。
もしかしたら、そこには【ミレーゼ】もいるかもしれない。
その中身が、誰かは分からないけれど。

なぜなら、私が王妃であった時。
シェリンソン伯爵には、子がいなかったのだから。

──そもそも、フェリス・シェリンソンなんて女性は、私が知る限り社交界にはいなかった。

秘匿されていた可能性もぜろではないが──何のために?

リュシアン陛下が即位され、私が王妃となった後、シェリンソン伯爵夫妻は養子を取った。そのことから、伯爵夫妻は子に恵まれなかったのだろうと社交界ではひそかに噂されていたのだ。
もし子がいたとして、夫妻が隠す理由がない。

では、この世界にいる【ミレーゼ・ウブルク】は、一体誰……?

私は心配そうな顔をするメイドに、首を横に振って答えた。

「大丈夫。自分のことは何も分からないけど、貴族社会のマナーは覚えているわ」

十七の時から八年、王妃という立場にあったのだ。
今更、ティーパーティーで品位を損なうような軽率なミスはしない。

私の言葉にメイドは少しほっとしたような顔をした。
しかしそれでも、心配の色は変わらない。

そうして、私はウブルクの主催するティーパーティーへと向かったのだった。

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