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一章:ミレーゼの死

新しい目覚め

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意識が沈む直前、思ったことはひとつだった。
それは私の人生、なんだったのだろう、という思い。
リュシアン陛下の気まぐれに振り回され、側妃たちのトラブルに付きっきりになり、ウブルク公爵家から陛下と閨を共にしていないとは何事か、と叱責の手紙を貰う日々。

私は一体、どういう存在だったのだろう。
思えば思うほど、ミレーゼという存在がボヤけていく気がする。

王妃として正しく在ろうとすればするほど、その姿とは乖離していく。

リュシアン陛下の気まぐれに振り回されることがないよう、感情を切り離したかった。
まだ捨てきれない、仄かな恋心はグシャグシャになって、踏みにじられて、すっかり汚れてしまったけれど。それでも、どうしても最後の欠片を捨てることは出来なかった。
だからこそ、彼と話す時は緊張する。
失望されたくないという思いが先行して、何も言えなくなってしまう。

側妃たちの諍いだって、仲裁したくなかった。
何度も何度も似たようなことですぐに激昂する彼女たちにうんざりしていた。好きにすればいいと内心思っていた。でも、出来なかった。
私は王妃だから。
王妃として、後宮を管理する義務がある。
私が王妃という冠を持つ以上、それを放棄することは出来なかった。

子を望むウブルクの気持ちはよく分かる。
子さえ孕んでしまえば、王太子さえ産んでしまえば、何がどうあれ私の立場は磐石なものになる。

次世代の王を成すこと。それはティファーニでもっとも重要な案件だ。
だけど、閨を共にしていないのだから出来るはずがない。相手にされない私が至らないのだと公爵家は指摘したが、ではどこを直せばいいと言うのか。
もう自分では分からない。
そもそも、陛下が私を嫌うようになってしまった理由すら、私には分からないのだから。

正解なんて誰も教えてくれない。
誰にも分からないのだ。

皆が皆、外野から見たことしか言わない。言えないのだと分かっている。
それでも、誰も、私の立場に立って、私の視点から物事を見てくれる人はいなかった。
孤独な王だと私は彼に言ったけれど、私もたいがい孤独な王妃だったように思う。
信頼できる人もいなければ、頼る人もいない。
孤独な後宮で、私は常に役割を果たすだけの人形だった。

陛下に媚びて、強請って、懇願すれば。
もしかしたら彼は嘲りと共に私とベッドを共にしたのかもしれない。

でも、そんなのは嫌だった。
そんなのは、僅かに残った恋心を自ら殺す行為だ。
そんな屈辱には耐えられないと思った。
王妃としての役割は理解している。
だけどそこまで心を殺してしまえば、きっともう、それは私ではない。

愛がないなら、それでいい。
私も愛していないフリをして、そう振る舞えば、傷つかずに済む。

膠着状態の後宮は、きっといつか破滅するだろうと何となく、理解していた。

だから、こうなるのも当然の結末なのだろう。



どこかで鳥の鳴く声が聞こえてきた。
私が最後に目を閉じた時、窓の外は暗かったはず。
一夜開けたのだろうか。
私は、助かってしまったの……?

もう、いいと思った。
それは諦めだったし、疲労でもあった。
助かってしまったことに、恐れを感じてしまった。

怖々、瞼を持ち上げる。
見知らぬ天蓋が目に入った。

「…………?」

恐る恐る、周囲を見渡した。
見覚えの無い部屋だ。
ピンクとフリルがふんだんに使用された、少女趣味の内装だった。
少なくとも、王妃の寝室はもっとシンプルな色使いで、国王の寝室もまた、落ち着いた茶と黒で統一されていた。

ここは一体どこ……?

戸惑って体を起こした時、私は強烈な違和感に気がついた。
視線が低い。それも、異常なまでに。

戸惑って自身の手を持ち上げる。
それを目の当たりにした時、私はぴしりと石のごとく固まった。
手が、小さい。それも、幼児のように。
もみじのようなふっくらとした手のひらはどう見ても子供のそれだ。
私は半ばパニックになってぺたぺたと顔に触れた。

目、ある。
鼻もある……。
口も……。

しかし鏡がないので、自分がどのように変化しているのか全く分からない。
私は転げ落ちるようにベッドから降りると、窓辺に寄った。
やはり朝だったようで眩しい太陽光が差し込んでいる。窓辺に立つと、私の姿が窓ガラスに映し出された。
息を呑む。
そこにいたのは、推定四歳、五歳の少女だったから。

(だ、誰……?)

しかも、髪色も瞳の色も随分と変わっていた。
私は窓ガラスに張り付きそうになるのを堪えて、凝視した。

薄いクリーム色の髪は、紺の髪へ変わり。
琥珀色の瞳は、湖のような水色の瞳へと変わっていた。

見た目が、全然違う。
しかも、幼女になっている。
私は呆然として、しばらくの間そこに立ち尽くしていた。
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