13 / 50
一章:ミレーゼの死
新しい目覚め
しおりを挟む
意識が沈む直前、思ったことはひとつだった。
それは私の人生、なんだったのだろう、という思い。
リュシアン陛下の気まぐれに振り回され、側妃たちのトラブルに付きっきりになり、ウブルク公爵家から陛下と閨を共にしていないとは何事か、と叱責の手紙を貰う日々。
私は一体、どういう存在だったのだろう。
思えば思うほど、ミレーゼという存在がボヤけていく気がする。
王妃として正しく在ろうとすればするほど、その姿とは乖離していく。
リュシアン陛下の気まぐれに振り回されることがないよう、感情を切り離したかった。
まだ捨てきれない、仄かな恋心はグシャグシャになって、踏みにじられて、すっかり汚れてしまったけれど。それでも、どうしても最後の欠片を捨てることは出来なかった。
だからこそ、彼と話す時は緊張する。
失望されたくないという思いが先行して、何も言えなくなってしまう。
側妃たちの諍いだって、仲裁したくなかった。
何度も何度も似たようなことですぐに激昂する彼女たちにうんざりしていた。好きにすればいいと内心思っていた。でも、出来なかった。
私は王妃だから。
王妃として、後宮を管理する義務がある。
私が王妃という冠を持つ以上、それを放棄することは出来なかった。
子を望むウブルクの気持ちはよく分かる。
子さえ孕んでしまえば、王太子さえ産んでしまえば、何がどうあれ私の立場は磐石なものになる。
次世代の王を成すこと。それはティファーニでもっとも重要な案件だ。
だけど、閨を共にしていないのだから出来るはずがない。相手にされない私が至らないのだと公爵家は指摘したが、ではどこを直せばいいと言うのか。
もう自分では分からない。
そもそも、陛下が私を嫌うようになってしまった理由すら、私には分からないのだから。
正解なんて誰も教えてくれない。
誰にも分からないのだ。
皆が皆、外野から見たことしか言わない。言えないのだと分かっている。
それでも、誰も、私の立場に立って、私の視点から物事を見てくれる人はいなかった。
孤独な王だと私は彼に言ったけれど、私もたいがい孤独な王妃だったように思う。
信頼できる人もいなければ、頼る人もいない。
孤独な後宮で、私は常に役割を果たすだけの人形だった。
陛下に媚びて、強請って、懇願すれば。
もしかしたら彼は嘲りと共に私とベッドを共にしたのかもしれない。
でも、そんなのは嫌だった。
そんなのは、僅かに残った恋心を自ら殺す行為だ。
そんな屈辱には耐えられないと思った。
王妃としての役割は理解している。
だけどそこまで心を殺してしまえば、きっともう、それは私ではない。
愛がないなら、それでいい。
私も愛していないフリをして、そう振る舞えば、傷つかずに済む。
膠着状態の後宮は、きっといつか破滅するだろうと何となく、理解していた。
だから、こうなるのも当然の結末なのだろう。
☆
どこかで鳥の鳴く声が聞こえてきた。
私が最後に目を閉じた時、窓の外は暗かったはず。
一夜開けたのだろうか。
私は、助かってしまったの……?
もう、いいと思った。
それは諦めだったし、疲労でもあった。
助かってしまったことに、恐れを感じてしまった。
怖々、瞼を持ち上げる。
見知らぬ天蓋が目に入った。
「…………?」
恐る恐る、周囲を見渡した。
見覚えの無い部屋だ。
ピンクとフリルがふんだんに使用された、少女趣味の内装だった。
少なくとも、王妃の寝室はもっとシンプルな色使いで、国王の寝室もまた、落ち着いた茶と黒で統一されていた。
ここは一体どこ……?
戸惑って体を起こした時、私は強烈な違和感に気がついた。
視線が低い。それも、異常なまでに。
戸惑って自身の手を持ち上げる。
それを目の当たりにした時、私はぴしりと石のごとく固まった。
手が、小さい。それも、幼児のように。
もみじのようなふっくらとした手のひらはどう見ても子供のそれだ。
私は半ばパニックになってぺたぺたと顔に触れた。
目、ある。
鼻もある……。
口も……。
しかし鏡がないので、自分がどのように変化しているのか全く分からない。
私は転げ落ちるようにベッドから降りると、窓辺に寄った。
やはり朝だったようで眩しい太陽光が差し込んでいる。窓辺に立つと、私の姿が窓ガラスに映し出された。
息を呑む。
そこにいたのは、推定四歳、五歳の少女だったから。
(だ、誰……?)
しかも、髪色も瞳の色も随分と変わっていた。
私は窓ガラスに張り付きそうになるのを堪えて、凝視した。
薄いクリーム色の髪は、紺の髪へ変わり。
琥珀色の瞳は、湖のような水色の瞳へと変わっていた。
見た目が、全然違う。
しかも、幼女になっている。
私は呆然として、しばらくの間そこに立ち尽くしていた。
それは私の人生、なんだったのだろう、という思い。
リュシアン陛下の気まぐれに振り回され、側妃たちのトラブルに付きっきりになり、ウブルク公爵家から陛下と閨を共にしていないとは何事か、と叱責の手紙を貰う日々。
私は一体、どういう存在だったのだろう。
思えば思うほど、ミレーゼという存在がボヤけていく気がする。
王妃として正しく在ろうとすればするほど、その姿とは乖離していく。
リュシアン陛下の気まぐれに振り回されることがないよう、感情を切り離したかった。
まだ捨てきれない、仄かな恋心はグシャグシャになって、踏みにじられて、すっかり汚れてしまったけれど。それでも、どうしても最後の欠片を捨てることは出来なかった。
だからこそ、彼と話す時は緊張する。
失望されたくないという思いが先行して、何も言えなくなってしまう。
側妃たちの諍いだって、仲裁したくなかった。
何度も何度も似たようなことですぐに激昂する彼女たちにうんざりしていた。好きにすればいいと内心思っていた。でも、出来なかった。
私は王妃だから。
王妃として、後宮を管理する義務がある。
私が王妃という冠を持つ以上、それを放棄することは出来なかった。
子を望むウブルクの気持ちはよく分かる。
子さえ孕んでしまえば、王太子さえ産んでしまえば、何がどうあれ私の立場は磐石なものになる。
次世代の王を成すこと。それはティファーニでもっとも重要な案件だ。
だけど、閨を共にしていないのだから出来るはずがない。相手にされない私が至らないのだと公爵家は指摘したが、ではどこを直せばいいと言うのか。
もう自分では分からない。
そもそも、陛下が私を嫌うようになってしまった理由すら、私には分からないのだから。
正解なんて誰も教えてくれない。
誰にも分からないのだ。
皆が皆、外野から見たことしか言わない。言えないのだと分かっている。
それでも、誰も、私の立場に立って、私の視点から物事を見てくれる人はいなかった。
孤独な王だと私は彼に言ったけれど、私もたいがい孤独な王妃だったように思う。
信頼できる人もいなければ、頼る人もいない。
孤独な後宮で、私は常に役割を果たすだけの人形だった。
陛下に媚びて、強請って、懇願すれば。
もしかしたら彼は嘲りと共に私とベッドを共にしたのかもしれない。
でも、そんなのは嫌だった。
そんなのは、僅かに残った恋心を自ら殺す行為だ。
そんな屈辱には耐えられないと思った。
王妃としての役割は理解している。
だけどそこまで心を殺してしまえば、きっともう、それは私ではない。
愛がないなら、それでいい。
私も愛していないフリをして、そう振る舞えば、傷つかずに済む。
膠着状態の後宮は、きっといつか破滅するだろうと何となく、理解していた。
だから、こうなるのも当然の結末なのだろう。
☆
どこかで鳥の鳴く声が聞こえてきた。
私が最後に目を閉じた時、窓の外は暗かったはず。
一夜開けたのだろうか。
私は、助かってしまったの……?
もう、いいと思った。
それは諦めだったし、疲労でもあった。
助かってしまったことに、恐れを感じてしまった。
怖々、瞼を持ち上げる。
見知らぬ天蓋が目に入った。
「…………?」
恐る恐る、周囲を見渡した。
見覚えの無い部屋だ。
ピンクとフリルがふんだんに使用された、少女趣味の内装だった。
少なくとも、王妃の寝室はもっとシンプルな色使いで、国王の寝室もまた、落ち着いた茶と黒で統一されていた。
ここは一体どこ……?
戸惑って体を起こした時、私は強烈な違和感に気がついた。
視線が低い。それも、異常なまでに。
戸惑って自身の手を持ち上げる。
それを目の当たりにした時、私はぴしりと石のごとく固まった。
手が、小さい。それも、幼児のように。
もみじのようなふっくらとした手のひらはどう見ても子供のそれだ。
私は半ばパニックになってぺたぺたと顔に触れた。
目、ある。
鼻もある……。
口も……。
しかし鏡がないので、自分がどのように変化しているのか全く分からない。
私は転げ落ちるようにベッドから降りると、窓辺に寄った。
やはり朝だったようで眩しい太陽光が差し込んでいる。窓辺に立つと、私の姿が窓ガラスに映し出された。
息を呑む。
そこにいたのは、推定四歳、五歳の少女だったから。
(だ、誰……?)
しかも、髪色も瞳の色も随分と変わっていた。
私は窓ガラスに張り付きそうになるのを堪えて、凝視した。
薄いクリーム色の髪は、紺の髪へ変わり。
琥珀色の瞳は、湖のような水色の瞳へと変わっていた。
見た目が、全然違う。
しかも、幼女になっている。
私は呆然として、しばらくの間そこに立ち尽くしていた。
2,719
お気に入りに追加
4,213
あなたにおすすめの小説
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
【完結】潔く私を忘れてください旦那様
なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった
君を選んだ事が間違いだ」
子を産めない
お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない
私を「愛している」と言った口で
別れを告げた
私を抱きしめた両手で
突き放した彼を忘れるはずがない……
1年の月日が経ち
ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客
私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは
謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。
「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」
そんな事を言われて……私は思う
貴方に返す返事はただ一つだと。
【完結】私が貴方の元を去ったわけ
なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」
国の英雄であるレイクス。
彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。
離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。
妻であった彼女が突然去っていった理由を……
レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。
◇◇◇
プロローグ、エピローグを入れて全13話
完結まで執筆済みです。
久しぶりのショートショート。
懺悔をテーマに書いた作品です。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる