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一章:ミレーゼの死
運命の日 ⑵
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「ミチュア様、言葉が過ぎます」
ロザリア様の手首を掴みながらミチュア様を注意すると、彼女はあからさまに私を睨みつけてきた。
「何ですって」
「ロザリア様は、歴史あるブレアンの王女殿下であった方です。あなたの発言は、貴国への侮辱に値します。……謝罪を」
「ふざけないで!何様のつもり!?」
ロザリア様の手は震えていた。
何が発端かは分からないが、自国を貶されて震えるほどの怒りを覚えたのだと思う。
王女としての誇り、国を背負う重圧、異国での慣れない環境。その中で、彼女は懸命に妃として生きていた。
ミチュア様の言葉は、そんな彼女を貶し、愚弄する言葉だ。決して、言ってはいけないものだった。
私は、ロザリア様を見た。
先程までは怒りで赤く染まっていた顔は、今は蒼白だった。くちびるを噛んで、険しい表情をしている。
これは、間違いなく国際問題に発展するだろう。
それほどまでに、ミチュア様の発言は許されない。ブレアンも、国として抗議してくるはずだ。
「……ロザリア様。彼女が、無礼を働きました。お許しいただけないでしょうか」
「……どうして王妃陛下が謝られるのですか。私は、この女からの謝罪を望みます」
当然だ。ロザリア様は、その矜恃を傷つけられたのだから。私は頷いてまたミチュア様を見る。
ミチュア様はもう、ロザリア様を見ていない。
彼女がみているのは、睨みつけているのは、私。
「こういう時ばっかり出しゃばってきて、嫌な女」
「ミチュア様、謝罪を」
「何で貴女に命令されないといけないの!?いい加減、煩わしいのよ、貴女!お飾りの王妃のくせして、私に命令しないで!」
どん、と肩を突かれる。
僅かに体が傾いだが、倒れ込まずに済んだ。
「そうよ。何もかも貴女が悪いのよ。貴女がいなけば私は……私は、この国の王妃だった!貴女さえいなければ!」
「……落ち着いてください。例え私がいなくとも、ウブルクには姉がいます。私がいなかったとしても、レスィア侯爵家は王妃の生家にはなり得なかった」
「うるさいうるさいうるさい!!だいたい、負け犬に負け犬って言って何が悪いの!?ブレアンは、大戦時、どの国よりも先に降伏を宣言して、我が国の属国となったのよ。誇りも何もあったもんじゃないわ」
「──」
ロザリア様が息を呑む。
「ミチュア様!」
「この女と陛下が結婚されたのだって、属国の忠誠を確かめるため!何が王女よ。そんなくだらないもののために──」
ぱん、と乾いた音が鳴った。
私が、ミチュア様の頬を叩いたのだ。
彼女は目を大きく見開いていた。
信じられない、と言わんばかりに。
「言ったはずです。言い過ぎだと」
彼女の頬を叩いた手が、じんじんと熱を持つ。
ミチュア様は叩かれた頬に手を当てて、私を睨みつけてきた。強く、憎悪の籠った瞳で。
「……い、今、私の……私の顔を……!!」
「……哀れなものだわ。陛下の寵愛を失った貴女には何もないものね。私が、王女という座にしがみついてるだけ、というのなら、貴女は貴族に過ぎない侯爵家の栄誉に縋り付いているのね。もう長い間、陛下と閨はご一緒されてないのだとか?」
「──」
今度は、ミチュア様が息を呑む。
ロザリア様は、そんな彼女を冷たく見据えて言葉を続けた。
「そうよねぇ。陛下は貴女を愛していない。……わかっているのでしょう?だから焦っている。可哀想。陛下の愛を得て、貴女の鼻は随分伸びたようだけど……それが偽りだったと知って、ポッキリ折れてしまったのね。それが、紛い物にしか過ぎないと気付いてしまった?」
「お前……!」
「三年、閨を共にされて未だ妊娠の兆しがないのはなぜ?不思議ね。もしかして陛下は、貴女に避妊薬を──」
「うるさいうるさいうるさい!!黙れーー!」
ロザリア様の言葉は、的確にミチュア様の心を抉ったようだった。激昂した彼女は、不意に足元に転がるガラス片を手に取った。
それを手に持ち、ロザリア様の首を目掛けて振り下ろす。
私は咄嗟に彼女の手首を掴んだが、怒りで我を忘れているためか、力が強すぎる。血走った目で、ミチュア様は私を睨みつけた。
「退きなさい、退きなさいよ!!」
「やめてください。妃同士での争いは禁じる、と言ったではありませんか!」
彼女たちが側妃として宮中入りする際に、私は言ったはずだ。
しかしその言葉は、彼女の怒りをさらに煽っただけなようだった。
「貴女が勝手に言っているだけでしょ!そもそも、どうして貴女の言うことを聞かなければならないの!?愛されない王妃に用はないのよ!」
「っ……」
彼女が手に持つガラス片が私の手を切り裂き、痛みに眉を寄せる。ロザリア様はそんな彼女を見て驚きに口を手で覆っていたが、やがて怒りに満ちた顔でミチュア様を見た。
「いいわ。貴女がその気なら、私が貴女を殺してあげる。これは正当防衛だわ」
そういったロザリア様がドレスの裾を持ち上げ、太腿のレッグシースから取り出したのは、短剣。
彼女が常に暗器を身につけているなど知らなかった。唖然としているうちに、彼女が短剣の柄を逆手に持ち、ミチュア様目掛けて振り下ろしてきた。
悲鳴が上がる。完全に背後から振り下ろされる形となった短剣を、既にミチュア様の持つガラス片を抑えている私が取り押さえるのは難しかった。
侍女が悲鳴をあげて、慌てて近衛騎士を呼びに行くが、もうどうにもならない。
(……もう、いいんじゃないかな)
ふと、そんなことを思った。
それは一瞬のことだったが、その一瞬が全てを決めてしまった。私は、ミチュア様の前に体を出すように滑り込ませて──ロザリア様の短剣を身に受けた。私が割り込んだことで、場所の位置がズレたのだろう。背中ではなく、首筋を、鋭いものが通っていく。痛みは一瞬で、燃えるような熱を感じた。
ロザリア様の手首を掴みながらミチュア様を注意すると、彼女はあからさまに私を睨みつけてきた。
「何ですって」
「ロザリア様は、歴史あるブレアンの王女殿下であった方です。あなたの発言は、貴国への侮辱に値します。……謝罪を」
「ふざけないで!何様のつもり!?」
ロザリア様の手は震えていた。
何が発端かは分からないが、自国を貶されて震えるほどの怒りを覚えたのだと思う。
王女としての誇り、国を背負う重圧、異国での慣れない環境。その中で、彼女は懸命に妃として生きていた。
ミチュア様の言葉は、そんな彼女を貶し、愚弄する言葉だ。決して、言ってはいけないものだった。
私は、ロザリア様を見た。
先程までは怒りで赤く染まっていた顔は、今は蒼白だった。くちびるを噛んで、険しい表情をしている。
これは、間違いなく国際問題に発展するだろう。
それほどまでに、ミチュア様の発言は許されない。ブレアンも、国として抗議してくるはずだ。
「……ロザリア様。彼女が、無礼を働きました。お許しいただけないでしょうか」
「……どうして王妃陛下が謝られるのですか。私は、この女からの謝罪を望みます」
当然だ。ロザリア様は、その矜恃を傷つけられたのだから。私は頷いてまたミチュア様を見る。
ミチュア様はもう、ロザリア様を見ていない。
彼女がみているのは、睨みつけているのは、私。
「こういう時ばっかり出しゃばってきて、嫌な女」
「ミチュア様、謝罪を」
「何で貴女に命令されないといけないの!?いい加減、煩わしいのよ、貴女!お飾りの王妃のくせして、私に命令しないで!」
どん、と肩を突かれる。
僅かに体が傾いだが、倒れ込まずに済んだ。
「そうよ。何もかも貴女が悪いのよ。貴女がいなけば私は……私は、この国の王妃だった!貴女さえいなければ!」
「……落ち着いてください。例え私がいなくとも、ウブルクには姉がいます。私がいなかったとしても、レスィア侯爵家は王妃の生家にはなり得なかった」
「うるさいうるさいうるさい!!だいたい、負け犬に負け犬って言って何が悪いの!?ブレアンは、大戦時、どの国よりも先に降伏を宣言して、我が国の属国となったのよ。誇りも何もあったもんじゃないわ」
「──」
ロザリア様が息を呑む。
「ミチュア様!」
「この女と陛下が結婚されたのだって、属国の忠誠を確かめるため!何が王女よ。そんなくだらないもののために──」
ぱん、と乾いた音が鳴った。
私が、ミチュア様の頬を叩いたのだ。
彼女は目を大きく見開いていた。
信じられない、と言わんばかりに。
「言ったはずです。言い過ぎだと」
彼女の頬を叩いた手が、じんじんと熱を持つ。
ミチュア様は叩かれた頬に手を当てて、私を睨みつけてきた。強く、憎悪の籠った瞳で。
「……い、今、私の……私の顔を……!!」
「……哀れなものだわ。陛下の寵愛を失った貴女には何もないものね。私が、王女という座にしがみついてるだけ、というのなら、貴女は貴族に過ぎない侯爵家の栄誉に縋り付いているのね。もう長い間、陛下と閨はご一緒されてないのだとか?」
「──」
今度は、ミチュア様が息を呑む。
ロザリア様は、そんな彼女を冷たく見据えて言葉を続けた。
「そうよねぇ。陛下は貴女を愛していない。……わかっているのでしょう?だから焦っている。可哀想。陛下の愛を得て、貴女の鼻は随分伸びたようだけど……それが偽りだったと知って、ポッキリ折れてしまったのね。それが、紛い物にしか過ぎないと気付いてしまった?」
「お前……!」
「三年、閨を共にされて未だ妊娠の兆しがないのはなぜ?不思議ね。もしかして陛下は、貴女に避妊薬を──」
「うるさいうるさいうるさい!!黙れーー!」
ロザリア様の言葉は、的確にミチュア様の心を抉ったようだった。激昂した彼女は、不意に足元に転がるガラス片を手に取った。
それを手に持ち、ロザリア様の首を目掛けて振り下ろす。
私は咄嗟に彼女の手首を掴んだが、怒りで我を忘れているためか、力が強すぎる。血走った目で、ミチュア様は私を睨みつけた。
「退きなさい、退きなさいよ!!」
「やめてください。妃同士での争いは禁じる、と言ったではありませんか!」
彼女たちが側妃として宮中入りする際に、私は言ったはずだ。
しかしその言葉は、彼女の怒りをさらに煽っただけなようだった。
「貴女が勝手に言っているだけでしょ!そもそも、どうして貴女の言うことを聞かなければならないの!?愛されない王妃に用はないのよ!」
「っ……」
彼女が手に持つガラス片が私の手を切り裂き、痛みに眉を寄せる。ロザリア様はそんな彼女を見て驚きに口を手で覆っていたが、やがて怒りに満ちた顔でミチュア様を見た。
「いいわ。貴女がその気なら、私が貴女を殺してあげる。これは正当防衛だわ」
そういったロザリア様がドレスの裾を持ち上げ、太腿のレッグシースから取り出したのは、短剣。
彼女が常に暗器を身につけているなど知らなかった。唖然としているうちに、彼女が短剣の柄を逆手に持ち、ミチュア様目掛けて振り下ろしてきた。
悲鳴が上がる。完全に背後から振り下ろされる形となった短剣を、既にミチュア様の持つガラス片を抑えている私が取り押さえるのは難しかった。
侍女が悲鳴をあげて、慌てて近衛騎士を呼びに行くが、もうどうにもならない。
(……もう、いいんじゃないかな)
ふと、そんなことを思った。
それは一瞬のことだったが、その一瞬が全てを決めてしまった。私は、ミチュア様の前に体を出すように滑り込ませて──ロザリア様の短剣を身に受けた。私が割り込んだことで、場所の位置がズレたのだろう。背中ではなく、首筋を、鋭いものが通っていく。痛みは一瞬で、燃えるような熱を感じた。
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