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一章:ミレーゼの死

残酷な告白

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我が国、ティファーニ王国は世界を統べる王国だ。
つい・・五百年ほど前に世界の覇権を争った大戦争が起きた。そして、見事快勝したのが、我が国だったのだ。

我が国、ティファーニ王国の国民は、その殆どがエルフの血を引いている。
元々天上で暮らす種族だった、と言われるエルフが地上におりてきて作った国が、ティファーニ。
神の訪れを意味する名を冠した国を建国した。

エルフの血を引く人間は、不思議な力が使えるという。それもあって、先の大戦では人間相手に快勝することが出来たのだろう。
人間は、未知の力に対しては手も足も出ない。
エルフの使う力がどういったものかの未だ解析出来ていないと聞く。

とはいえ、今のティファーニの民の大半はもう、エルフの力を使えない。
人間との血が混ざりすぎてしまったためだ。
だけど唯一、例外がいた。
未だ、エルフの力を行使できる一族がいる。それが、王家。

リュシアン陛下は、純潔のエルフの父と、純潔のエルフの母を持っている。
前陛下にも側妃は何人かおり、その中には人間の妃もいたが、もともと人間とエルフは子供ができにくい。

それもあって、王家の直系はリュシアン陛下しかいなかった。

エルフは長命だ。
エルフの血が濃ければ濃いほど、寿命も長い。王家であれば、三百年ほどは生きるはずだ。

我が家、ウブルク公爵家は貴族の中で唯一純血を保つ家だが、それでも血は薄らいできているのか、寿命は二百年ほどだった。


私が陛下の婚約者と決まったのも、ウブルクが貴族の中で唯一、純血種を保つ家だからだ。
これ以上、エルフの血を薄めるわけにはいかない。
そういう思惑で、私とリュシアン陛下の婚約は成された。




ロザリア様とミチュア様の口論を仲裁した私は、そのまま自室に戻った。
今月だけで、彼女たちの諍いはもう両手の指の数を超える。
このままでは、いずれ本格的な争いになってしまう。
そう思った私は、陛下に先触れを出した。

彼がどう考えているのか、それを知りたかったから。

陛下の侍従がすぐに返事の手紙を受け取って戻ってきた。王家の封蝋が落とされたそれを受け取った私は、従僕からペーパーナイフを受け取り、封を切った。
中には一言、時刻だけが記されていた。

『午後一時、薔薇の東屋で』

「…………」

私は短い文章を読み終えると、それを封に戻した。指定された時刻までは、あと三時間ほどあった。

リュシアン陛下と私の間に、愛はない。

私は、愛されない妃だった。
お飾りの王妃、と影で呼ばれているのは知っている。寵愛を受けた側妃がそう嘲って、私を馬鹿にしているのもまた、知っている。
だけど私はそれでも、ティファーニの王妃だ。
この肩書きがある以上、私はその役目を放り出すことはできない。



『僕に愛されてる、と思った?──残念、僕はきみを愛していない。愛されていると思ってるなら、間違いだね』

結婚式の夜。
初夜のベッドで、彼はそう笑った。
残酷なまでに美しく。

彼に押し倒されて、ベッドに寝かされて、ついにその日が来たのだと知った。

結婚式の日取りが近づくにつれ、次第に私と彼の仲は希薄なものになった。
昔は、一緒にホールを抜け出して、よく庭園を散策したものだけど、今はもう、そんなこともしない。
彼は、私をベッドに押し倒して、私の肩に触れ、首筋を撫で、髪を指先に巻き付けた。

エルフの血が誰よりも濃く、ティファーニの正当な王家の血筋を引くリュシアン陛下は、身震いするほど美しい。
薄らいできているとはいえ、純潔の血を持つ私ですら、その美しさにはゾッとする程なのだ。

ティファーニ以外の国に生まれ、育った人間にはひとたまりもないだろう。
もはやそれは、洗脳に近い。
一度見れば、誰しもが心を奪われ、魅了されてしまう。

現に、今、彼の側妃である属国のブレアンの王女であるロザリアは、彼を一目見ただけで心を奪われてしまったようだった。

昔から綺麗な人だったけど、成人してからは更に美しくなり、今は身震いするほど。

冷たさすら感じる、切れ長の瞳は、神聖なもののように思えて。
長い銀の髪は、聖なる日に降る新雪のように思える。

びっしりと生え揃った白のまつ毛が烟る灰青色の瞳を隠す。
女性なのか、男性なのか、分からなくなるほど、そういった概念があやふやに感じるほど、美しい人だ。

だけど、神のように神秘的で美しい彼と言えど、感情はある。
彼は私を見ると、楽しげに笑った。

あの日の──庭園で会った時のように。

七歳の誕生日の夜、出会ったのはリュシアン陛下だった。
彼もまた、私と同じように偽名を名乗っていたのだ。
彼の本名は、リュシアン・オーブリー・ティファーニ。
王家のセカンドネームは、正妃か両親にしか教えられないという。
あの後、私は早い段階でリュシアン陛下と顔を合わせることになった。
その時に、彼が教えてくれたのだ。
まだ、婚約者という立場ではなかった私に「秘密だよ」と、そう仰って。

「ふふ。緊張してる?」

彼が、私に尋ねた。
初夜のベッドで何が行われるかくらい、知識に疎い私でも分かっていた。
今から私は彼に抱かれ、次世代を成すという重要な義務を果たさなければならない。
エルフと人間の子は絶望的だが、エルフの血が濃い私たちなら、可能性はあるはずだ。

ティファーニのためにも、早く孕まなければ──。

そう思う私から緊張を読み取ったのか、彼がまた笑みを浮かべた。

「安心しなよ、ミレーゼ」

再会してからリュシアン陛下は、私を本当の名で呼ぶようになった。
彼の長く細い指先が、ぐるりと私の首を巡る。

そして、触れる程度の優しい手つきで、私の首を握った。
彼の親指が、喉に触れる。
少しでも指圧されたら、息がしにくくなるだろう。
異様な空気に、私は戸惑った。
彼は、長いまつ毛を伏せて楽しげに──そして、妖艶に。
美しく微笑むと、私に言った。

「僕がきみを抱くことはないから」
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