〈完結〉魔女のなりそこない。

ごろごろみかん。

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二章

何のための言葉 ※R18

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「……。…………」

何を言えばいいかわからなかった。
だって、それが真実なら。
魔女と英雄の話は、そもそもが偽りで、作り話であったなら──。

何のために、魔女は。

私たちは、そして、お母様は。

長年、魔女は迫害を受けてきた。
その数は、どんどん減っていっていると聞いている。

未知なる力を操る魔女は、ランフルアでは忌み嫌われ、嫌悪され、忌避され。
でも、その実態が──本当は、魔物を倒し、国を救った存在なら。

思わずくちびるを噛むと、私を宥めるように、彼が私の背を撫でた。

「以前、きみに魔女の起源を尋ねた時から考えていたんだ。同じ未知の力を操るものでも、レーベルトでは【聖女】と呼び、崇めるのに、ランフルアでは【魔女】と呼んで、忌避した。それはなぜなのか……」

自問自答するように、ロディアス様が言う。
私はぼんやりと、静かに彼の声を聞いていた。
彼の声は、聞いていて落ち着く。
波立った心が、静寂を取り戻していくかのよう。
するりと、入り込んで、溶けてゆく。

「国主として、人ならざる力は、支配下──あるいは、共存、そのどちらかを求めるはずだ。未知の力を持って離反され、内乱でも起こされたからことだしね。だけど、ランフルア王はそうしなかった。そうせざるを得ない、理由があったのか……。その時から、気になってはいたんだ」

以前、彼と交した言葉を思い出す。

『興味深いね。レーベルトは女神信仰の国だからか、未知の力を持つ人間を聖女と呼び、崇める風習がある。だけど同じ未知なるものでも、ランフルアは排除を選んだ。過去の歴史に紐づいているものか、それとも何かのきっかけで、意図的にそうされた・・・・・のか……』

ただの、行為の延長線。他愛のない話だと思っていた。
まさかそんな時から、彼はランフルアと魔女の関係を本気で、考えていたなんて。

「それなら、納得がいくんだ。ランフルアで魔女の存在が禁句とされている理由。当時の風俗考証を進めることを、なぜ王侯貴族が咎めるのか。……彼らは、あまり詳しく調べられて、真実が明かされてしまうのを恐れたんじゃないかな。もっとも、今はもう、ただの感情的な話かもしれないけどね。これは仮定であり、それを裏付ける証拠はない。でも僕は、これが、限りなく真実に近いのでは、と思っている」

「…………」

「きみとエレノアは、命をかけてでも、僕が守るよ。ランフルアに介入はさせない」

彼が呟くように言い、そっと私を抱きしめた。
ランフルアに根付く、魔女への悪感情はもう、どうしようもないだろう。あれだけ根付いてしまえばいまさら、どうこうできる問題ではない。
そもそもロディアス様はレーベルトで生まれた王族で、レーベルトの王だ。
ランフルアの治世に介入することはおろか、他国のことは、彼には関係の無い話であるはずだった。

それでも──。
それでも、私のために。

魔女であることを後ろめたく思い、気にしてる私のために。
彼は、知ることを選んだ。
レーベルトの王であるのに、わざわざランフルアまで行って。
要らない怪我まで負って。

私は、彼の胸に頭を擦りつけた。
彼の、深く負った傷跡に。

「……ありがとう、ございます」

「こんなことしかできなくて、ごめんね」

「いいえ。……魔女の隠れ里で聞いた話は、……確かに、意外すぎて……衝撃が、大きすぎて。何を言えばいいか分かりません。ですが……そうまでして、調べてくれたあなたを……愛おしく思います。今は、ただそれだけ」

それだけが、今はっきりとわかる、事実。
私は顔を上げた。
綺麗な瞳だ、と思う。
私は彼の瞳に囚われている。
きっと、初めて出会った時から。

「……私が使う魔法の代償は、【恋情】でした。私は確かにあの時、あなたへの気持ちを失いました。でも、それは──間違いなのではないかと思います」

「……つまり?」

彼が、不思議そうに首を傾げた。
だから、私は笑って彼の首元に縋り付く。
抱きつくと、彼が背に手を回して、受け止めてくれた。

「好意の反対は、嫌悪ではなく、無感情だと私は思うのです。……ですが、魔法を使った直後──いいえ、あなたと再会してからも。私は、あなたを嫌って……腹立たしく思っていました。ずっと。それがなぜなのかまでは考えませんでしたが……今、思うのです」

「……うん」

「魔法の代償は、気持ちを反転させることなのではないか……と。恋情を失い、悪感情となる。母はそのことを【失う】と表現したのかもしれません。……もしかしたら、私の抱いていた【恋情】があまりに大きくて……大きかったからこそ、自ら、あなたを嫌うことで──その空いた穴を、塞ごうとしていたのかもしれませんが」

私はちいさく苦笑した。
彼は何も言わずにただ、私の話を聞いている。
私の髪を何度も、ゆっくりと梳きながら。

「それに……私はきっと、無意識のうちにこうも思っていました。私はとても傷ついて、傷つけられて……つらかったから、だから、そのぶん同じくらい、いえ、それ以上にあなたを傷つけても構わないだろう……と、思っていた」

再会して、彼を嫌悪した。
彼を嫌い、恨み、腹立たしく思っていた。
それはきっと、過去の私──何も言えずに、言わずに、沈黙を選び、甘受することを選び、ただ、諦観の思いで過ごしていた|エレメンデール(わたし)が、苦しかったから。
ずっと、ずっと、苦しくて、逃れたくて、でも逃れられなくて。
もがいて、ぐちゃぐちゃになって、もう、何もかも嫌になって。
それでも、ここに留まるしかなくて。

──嫌だった。

苦しかった。
悲しかった。
辛かった。

その時のことを、思い出して。
その時のことが、忘れられなくて。

だから、きっと私は思った。
彼への感情を失って──残ったのは、不満。

なぜ、私がこんなに苦しまなければならなかったの、と。
なぜ、私がこんなに辛い目に遭わなければならなかったの、と。

その苛立ちを、彼に向けた。
彼がすべて悪いわけではないのに。
私が──いや、私こそが。
何も言わなかったのが、いけなかった。
何も言わずにいたから、招いたことでもあった。
でも私は、そう思わずに、彼に責任転嫁した。
そうして、彼を責めれば、その分私は楽になれる。
私は薄く自嘲した。

「勝手なものです。何も言わずに、言葉を呑み込み、目をそらすことを選んだのは──私、なのに。それなのに、私は」

とん、とくちびるに彼の指先を当てられた。
顔を上げると、彼が困ったように笑っていた。

「そこまでに、しようか。僕は、きみがきみを責める言葉を聞きたくない」

「…………」

私はくちびるを薄く開けて、彼の指を食んだ。
ぺろりと舐めると、彼が瞳を細めた。
ちゅ、ちゅ、と拙い口付けをいくつか繰り返して甘く、噛んで。
私は、まつ毛を伏せて言った。

「あなたは、私に甘いですね」

「そうかな。分からない。でも、僕は、きみの前にいるとすべてがどうでも良くなる。……僕は、きみの前にいると、知能を持たない獣に成り下がるんだよ」

すり、と彼が額を合わせた。
まるで、猫同士が行う、親愛の仕草のよう。
私は、彼の瞳をじっと見つめた。
泡沫が、弾ける。
夜を知らせる、黄昏の色彩に。

「……以前のような、切ない想いは、ありません。以前の私は、縋るような想いを……気持ちを、あなたに抱いていました。それもひとつの愛だったと思います。でも、今の私は」

「…………」

彼は、額を合わせたまま、静かに私の話を聞いてくれている。
私を見つめて、その言葉を待っている。

それが、ありがたかった。
自分でも、うまく説明できない気持ちを、何とか言葉を組みたてて、形にする。
すくいあげて、拾い上げて、必死に、彼に伝わるように。
言葉をかわさないと、ひとは分かり合えない生き物だから。
互いを知るために、言葉があるのだから。
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