〈完結〉魔女のなりそこない。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
112 / 117
二章

それは、愛の言葉

しおりを挟む
 宇宙暦SE四五二三年六月三十日 標準時間〇二四〇。

 ゾンファ艦隊のフェイ・ツーロン上将はアルビオン艦隊の第九艦隊を抑えるべく、攻撃を続けていた。距離は十五光秒を割り込み、敵に少なくない出血を強いていたが、未だに敵司令官アデル・ハース大将の思惑を読み切れず、彼の表情に余裕はなかった。

「敵艦隊、レールキャノンを使用した模様。質量弾到着まで約二百秒です」

 情報担当参謀からの報告にフェイは疑問を持つ。

(この距離でレールキャノンだと……何を考えている……)

 その思考は次の報告で中断する。

「敵、天底方向に向けて変針しました」

 フェイはすぐに自らのコンソールに目をやる。
 そこにはシオン・チョン上将率いる本隊から離れていく第九艦隊の姿が映し出されていた。

「敵第九艦隊の前方に向けて針路変更。攻撃を中止し、防御を固めろ」

 第九艦隊を自由にしないよう塞ぐような針路に変更する。艦首の向きを変えたことで脆弱な側面を晒すことになるため、防御を命じた。

(距離を取ることの意味は何だ? あのハースがこの圧倒的に不利な状況で無駄な機動を命じるわけがない……罠の発動と共に反転するつもりなのか? だが、それでは我が艦隊に側面を晒すことになる……)

 フェイはこの時、アルビオン艦隊随一の知将、ハースの幻影に惑わされていた。
 彼が考えるようにハースは非常に合理的で、一見して無駄に思える行動もあとで検証すると必ず意味があった。そのため、この行動にも意味を見出そうとしてしまったのだ。

「敵の罠はまだ見つからないか!」と索敵担当の参謀に強い口調で確認する。

 しかし、「申し訳ございません」という答えしか返ってこない。フェイはすぐに冷静さを取り戻す。

「了解した。必ず罠があるはずだ。一秒でも早く見つけてくれ」と言った後、艦隊に向けて放送を行った。

「我が艦隊の目的は敵第九艦隊を自由にさせないことだ。前衛艦隊と本隊が敵本隊を仕留めてくれれば一個艦隊では何もできん。今は敵を沈めるより、動きを封じることを第一に考えるのだ」

 これによりフェイ艦隊の攻撃はそれまでより緩やかなものになった。


 標準時間〇二四五。



 フェイ艦隊は第九艦隊と十光秒の位置にあった。

「敵の罠が判明しました! 衛星軌道上にある浮きドックに戦闘艦が隠されています! 数は一個艦隊程度と思われます!」

「何!」とフェイは驚くが、すぐに我に返る。

「その情報を直ちにシオン上将とレイ上将に転送しろ!」

 その頃、シオン率いる本隊はムツキ級軍事衛星群から約五光秒の位置にあり、衛星を攻撃していた。

 レイ・リアン上将率いる前衛艦隊はヤシマ艦隊とロンバルディア艦隊に肉薄し、優勢に戦いを進めている。

 フェイ艦隊から本隊までは約十光秒、前衛艦隊までは約十五光秒離れている。
 通信を送ったものの、その返信が来るのは二十秒以上後になる。その時間をイライラとしながら待っていると、前衛艦隊が爆発する光景が映し出された。

「て、敵伏兵艦隊、攻撃を開始しました! ス、ステルス機雷による攻撃も加わっております!」

 焦ってどもる参謀の声を聴きながら、フェイはその光景を茫然と見つめた。しかし、すぐに我に返り、命令を発する。

「敵第九艦隊に向けて加速開始! 主砲斉射! 奴らを本隊に向かわせるな!」

 それまでの慎重さを投げ捨て、第九艦隊に向けて突撃を開始した。

■■■

 標準時間〇二四五。

 前衛艦隊のレイ・リアン上将はヤシマ艦隊とロンバルディア艦隊を圧倒していることに満足していた。

「このまま押し切ってしまえ! 奴らの気力もそろそろ尽きるぞ!」

 一方、同じく前衛艦隊を率いるシー・シャオロン上将は思ったほど敵にダメージを与えられないことに疑問を感じていた。

(崩れそうに見えるが、微妙なところで持ちこたえている。弱兵と侮ると手痛い反撃を受けるかもしれない……)

 当初はズルズルと後退し、すぐにでも戦列が崩れると思われたが、戦闘が始まって一時間半以上経つのに両艦隊は秩序を保っている。

「前進を中止し、戦列を整えつつ、ロンバルディア艦隊に攻撃を集中しなさい。アルビオン艦隊からの攻撃にも充分注意しておくように」

 レイ艦隊と共に前進していたため、シー艦隊の戦列は乱れ、戦艦と巡航艦が入り乱れている状況だ。本来であれば、防御力の高い戦艦を最前列に配置し、その陰から巡航艦や駆逐艦が攻撃を加えるのだが、指揮官たちの戦意が旺盛すぎてこのような状況になっている。

 シー艦隊が戦列を整えようとした時、索敵担当参謀が慌てた口調で報告し始めた。

「天頂方向の浮きドック群に戦闘艦の反応があります!」

「何!」とシーは言ってメインスクリーンに視線を向けた。

 更に旗艦の索敵員が悲鳴に似た声を上げる。

「ステルスミサイル多数接近! ステルス機雷から発射された模様! 天頂方向と天底方向の二方向から……」

 そこまで言ったところで旗艦ウーイーシャン06が大きく揺れた。
 浮きドックに潜んでいたアルビオン艦隊の砲撃が命中したのだ。
 戦闘指揮所CICでは警報音が鳴り響き、人工知能AIの中性的な声が響く。

『艦首兵装区画減圧中。当該区画を閉鎖します……』

『主兵装エリア火災発生。自動消火装置作動……』

 突然の奇襲に全員が対応できずにいた。
 そんな中、シーはいち早く我に返り、CIC要員を落ち着かせるべく、声を上げた。

「落ち着きなさい! 敵は僅か一個艦隊に過ぎない! ステルス機雷も冷静に処理すれば対処できる! 敵は切り札を使ったのです! これを乗り切れば、もう敵に打つ手はない!」

 シーの言葉に艦長以下のCIC要員は僅かだが落ち着きを取り戻し、マニュアル通りの対応を始めた。

 しかし、その混乱をヤシマ及びロンバルディア艦隊は見逃さなかった。

 それまでのうっ憤を晴らすかのように激しい砲撃を加えていく。
 ヤシマ艦隊の司令官トモエ・ナカハラは旗艦ヒューガ13の司令官シートから立ち上がり、麾下の艦隊に鋭い口調で命令した。

「全艦前進せよ! 今こそ宿敵ゾンファを駆逐する時だ! 進め!」

 その命令でナカハラ艦隊が前進を開始すると、レイジ・アベカワ大将の艦隊も前進し始める。

「敵が自暴自棄になる可能性がある。艦列を崩すことなく、冷静に攻撃せよ。ここで確実に敵を仕留めるのだ」

 アルビオン軍第十一艦隊のサンドラ・サウスゲート大将もそれまでのストレスを解放するかのように苛烈な攻撃を加え続けている。

「ようやく我々の出番だ! 敵は混乱している! 一気に蹴散らせ!」

 更にロンバルディア艦隊も前進を開始し、ゾンファ前衛艦隊は前方と上方の二方向からの砲撃を受けることになった。更に上方と下方に隠してあったステルス機雷が起動し、三方向から激しい攻撃を受けていた。

 ゾンファ艦隊の最前列にいたレイ・リアン上将はヤシマ艦隊の猛攻を受け、旗艦もろとも爆散した。レイ艦隊は指揮官を失い、戦列が崩壊していく。


 ゾンファ艦隊本隊のシオン・チョン上将はムツキ級軍事衛星を三基破壊し、アルビオン艦隊を追い詰めつつあったが、第十一艦隊の攻撃に始まった奇襲により、対応を迫られることになった。

 本隊は前衛艦隊の五光秒後方にあり、救援は可能であったが、連合艦隊の反攻に合わせてアルビオン艦隊本隊も攻勢に転じたことから、即座に動けなかった。
 更に散発的だが、ステルス機雷が襲い掛かり、混乱が起きる。

「敵の最後の足掻きだ! ステルス機雷に対応しつつ、前衛艦隊の救援に向かう! まだ我々の方が数で優っている! 冷静に対処せよ!」

 シオンの言葉に本隊は一時の混乱が収まったが、一度変わった流れを取り戻せなかった。

「我が艦隊を先頭にヤシマ艦隊に突撃する。ヤシマ艦隊を突破後、後背から敵を殲滅する! 我に続け!」

 シオンはこの状況を打開するため、賭けと言えるほどの強引な中央突破を命じた。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
恋愛
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

処理中です...