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二章

ひとが変わったかのような

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彼もまた、私の隣に並びたち、窓の外に視線を向けた。

「……あの先には、中庭があるね」

「蛍を見たのを、覚えていますか?」

私が尋ねると、彼は「もちろん」と答えた。
エレノアも、興味を引かれたのか窓の外をじっと見つめている。

「お外?」

エレノアがまるい瞳を私に向ける。
微笑んで答えた。

「そうよ。この先には、中庭があるの。夏になると、蛍が見られるのよ」

「ほたる……」

エレノアが、考え込むように繰り返す。
ロディアス様が、エレノアを抱き直して彼女に言った。

「エレノアは、蛍を見たことがない?それなら、今夜にでも見に行こうか。とても綺麗だけど──蛍は、怖がりさんだから、騒いだらだめだよ。びっくりして、いなくなってしまうから」

「おばけ?」

「えっ」

虚をつかれたようにロディアス様が驚きの声を上げる。
彼の、素の反応を見ることが出来るのは、きっと私とエレノアだけだ。
私は彼のそんな反応にくすくすと笑みを零した。
ロディアス様は、悩みながらも言葉を選び、回答する。

「うー……ん?いや、幽霊……お化け、とは……違うかな」

「ちぁうの?」

「うん、違う」

はっきり答えるロディアス様に、私が言葉を付け加える。

「蛍は、虫さんの仲間なのよ。ほら、夏になるとミーンミーンって鳴く、蝉さん。分かる?」

「……うん」

「その、仲間」

「鳴くの?」

「鳴かないけど──光るわ」

「光る!」

エレノアがきゃっきゃとご機嫌で笑う。
そんな彼女を見て、ロディアス様がため息を吐いた。

「僕は……まだまだだね。きみの方がよほど上手だ」

「あなたより、長く一緒にいるもの」

「そうだね。いつかその差を縮められたら……」

彼はぽつりと言い、エレノアの指先に触れ──きゅ、と握った。
その感触を確かめるように、その存在を確かめるように。

「……生まれた時から、見たかったな」

呟くように、言った。
私は彼の言葉を聞きながら、彼の隣に並びながら。
窓の外に視線を向けた。

「これから、時間はたくさんあります。……一緒に、見守ってくださるのでしょう?」

私が、そちらを見るとロディアス様もまた、私を見て頷いた。

「もちろん。……そのつもりだし、それを許して欲しい」

彼は娘の頬に口付けを落とした。
父の親愛のキスを受けて、エレノアがきゃあ、と歓声を上げる。

「許すだなんて、私たちはもう、夫婦です」

「そうじゃなくて──きみに許されたい。そう思っているんだよ。僕は。……そして、この気持ちを忘れないようにしたい。……言葉は、きみと僕を繋ぐ、唯一の手段だから。互いの心を見ることは出来ない。だけど、心を打ち明けることはできる。僕は、きみに心の内を明かして──知って欲しいし、きみの考えていることもまた、知りたいと思う。いたっ、いたた、エレノア。あんまり引っ張らないで」

話の途中で、エレノアがロディアス様の襟足をぐいぐいと引っ張る。
彼女は、興味津々という目で彼を見ていた。

「お馬さん?」

その言葉に、ロディアス様が苦笑する。
まさか、彼のこんな様子を目にする日が来るなんて、思いもしなかった。
穏やかに、親愛さを込めて娘を見るロディアス様。
その表情は優しく、そしてあたたかさを感じさせる。
幸せだ、と思う

幸せの|象(かたち)だ、と。

「違うよ。引っ張っちゃだめ。……切った方がいいのかな」

「切らなくていいと思います。エレノアも、そのうち引っ張らなく……だめよ、エレノア。お父様が痛いでしょう?」

私がエレノアの手を握ると、目をきらきらさせて私を見る。銀色に輝く、瞳。
よく見ると薄紅が滲み、コスモスのようだ。

「めっ」

強く言うと、エレノアが眉をぐぐぐ、と寄せる。

「まあ……減るもんじゃないし、いいかな」

その様子を見ていたぽつり、ロディアス様が言う。
どうせ、叱られるエレノアが可哀想になったのだろう。
そんな彼をちらりと睨んで、私は強めに言った。

「減ります。髪が、抜けます」

「大した量じゃ」

「そういうお話ではありません。そもそも、誰彼構わず髪を引っ張るようになったら良くありません」

「……それは……。まあ……そう、だね」

煮え切らない声だ。
以前から思っていたが、ロディアス様は、エレノアに甘い。
私がしっかりしなければ、どこまでも甘やかしてしまう恐れがある。
エレノアは、レーベルトの王女なのだ。
そして、次期女王になるかもしれない。
娘はもちろん可愛いけれど──甘やかすだけでは、いけないのだから。
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