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二章
きみの子だから
しおりを挟むロディアス様の瞳が、見開かれる。
朝の始まりのような、夜の訪れを知らせるような、藤色と薄桃色が混ざりあった、淡い色彩の瞳が。
「──、──」
なにか言おうとして、失敗して、彼は自分でも何を言えばいいか分からないようで、何度も口を開けては閉じ、それを繰り返した末に、口を手で覆った。
私はそんな彼の様子を眺めながら──言った。
「信じられませんか?……信じられませんよね。私は、ずっと、あなたの子ではないと言ってきましたから」
「いや……そうじゃ、なくて……。ちょっと、……ごめん、待って……。あの……うん」
珍しく、ロディアス様の言葉は途切れ途切れで、意味をなさないものばかり。
彼自身、とんでもなく動揺しているようで、しばらく口に手を押し当てたまま、考え込む──あるいは、思考を整理しているようだった。
それから、数秒。
まつ毛を伏せ、黙り込んでいた彼は──私を見上げて、尋ねた。
「……本当?」
信じてもらえるか。
信じられないか。
私は、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて、言った。
「はい」
「う、わ……。ほんとう、に。あの子が、僕の……。いや、エレノアが僕の子なら、と思ったことは何度もある。でも、きみが違うというのなら違うのだろうと。それでもあの子は可愛くて……いや、きみによく似ているし、可愛いし……そうじゃなくて。……多分、そうだ。そうだね。僕は……きみの子なら、愛せるんだ。きみの子だから」
「は、はぁ……。……?」
ロディアス様の言葉は、本当によく分からない。
とりあえず、受け入れてもらえた──ということで、良いのだろうか。
困惑する私を、彼は真っ直ぐに見つめた。
「エレノアは、僕の子なんだね」
「……はい」
答えると、彼はばっと顔を覆った。
その勢いに、たじろぐ。
どうしたのだろうかと心配していると、蚊の鳴くような声で、彼が言った。
ともすれば、聞き逃してしまいそうなほど、小さな声で。
「……すごく、うれしい」
「……ロディアス様」
「どうしよう。僕はもう、死んでもいい」
「こ、困ります。死なないでください」
「だって……あの子が、僕の子なんだ。……僕と、きみの。……娘なんでしょう。……愛しても、いいんだね。僕が、あの子を。父として……親として……」
掠れた声で、震えた声で、彼が続ける。
それを見ていると、なんだか、私まで堪えるものがあった。
そんなに、喜んでくれるとは思わなかった。
そんなにすぐに、信じてもらえるとは思わなかった。
笑えばいいのか、泣いていいのか、もう、分からない。
彼が私の手を強く、握った。
強い、力だった。
「ありがとう、エレメンデール。……エリィ。僕の子を……エレノアを、生んでくれて。……あの子を、愛してくれて、ありがとう」
「そんな、の……!っ……陛下は!ロディアス様は!信じるのですか!?エレノアがあなたの子だと!今までさんざん、私は!」
「僕の子ではない、と言ったのに、って?そうだね。そうだった。……でも僕は、きみを信じたい。きみを、信じている」
その声の優しさに。
その声の強さに。
思わず私は顔を手で覆っていた。
信じてる。
その声の、重さに。
愛してる。
愛おしい。
──信じている。
以前、王妃であった時に抱いていた感情よりも、その気持ちはきっと、強いように感じた。
私が顔を覆うと、ロディアス様が、私の背を撫でた。私はベッドに乗り上げて、彼の胸元に顔を押し付ける。
どんどん、熱い雫がこぼれて、彼のシャツを濡らしてゆく。
「……エレメンデール。きみの言うことが、僕の真実だよ。……エレノアは、僕の子なんでしょう?」
「っ……!……っ、」
私は何度も、何度も、首を縦に振った。
激しく頷く私に、彼が笑う気配がする。
「……そう。エレノア。光。いい、名前だね」
彼の優しい声に、また、私は泣いてしまった。
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