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二章
でも、そんな単純なものでは無い
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老夫婦からエレノアを引き取り、帰路に就く。
家の中に入ると、彼女はくるりと振り返って言った。
「あのおにさんは?」
「おに?」
「おにぃ、さん!きらきら、かみ、きれい!」
それで、エレノアがロディアス陛下のことを言っているのだと知った。
私は、なんと答えればいいかわからなくて、膝を曲げて腰を折った。エレノアと視線を合わせると、彼女は真っ直ぐに私を見つめている。
私と同じ、銀の瞳。
瞳の奥に隠れる、薄紅の色彩。
いつか、彼に言われたことがある。
『きみの瞳は、よく見ると淡い桃色が走っているんだよ。かなり近づかないと見えないから、もしかしたらきみも気付いていないかもしれないけど。まるで、泉に咲くコスモスみたいだね。水面に浮かんでいるようで、とても綺麗だ』
あの時は、ただの社交辞令だと思った。
お世辞のようなもので、本気で受け取ってはならない、と。
だけど今、私と鏡写しのようなエレノアの瞳を見て、同じことを思う。
(ほんとうに……)
泉に咲くコスモスのような華やかさが、美しさがある。
とても、綺麗だ。
私がじっとエレノアの瞳を見ていると、彼女がまた尋ねた。
「あの、おにーさんは?」
「ロディアス……様なら、今はいないの」
「ロディ?ロディー?」
「……ねぇ。エレノア、あなたは……あなたは、あのひとのことをどう思う?きらきらの、男の人」
「きらきら?」
「きらきら」
エレノアの言葉に、答える。
私が尋ねると、エレノアは考え込むように視線を持ち上げて──それから、にっこりと笑った。
「好き!」
「──そ、う。……そう」
頷くように、理解するように、言葉を繰り返す。
エレノアは、にこにこ笑っている。
「きらきら、きれい!」
その言葉に、衝撃にも似た思いを抱いた。
ハッと我に返るような、そんな、感覚。
「そう……。そう、だったわね」
私も最初、初めて彼に会った時、同じように思ったのだ。
彼は、周りを圧倒するような、煌びやかな雰囲気のある方だった。
私は、彼の美麗さに圧倒された。
とても、綺麗な人だと──うつくしいひとだと、思ったのだ。
その時抱いた感情は、未知の恐怖と対峙した時のような、畏怖だったけど。
「おかあさんは?」
エレノアが、妙にはっきりとした声で尋ねる。
私は、答えようとして、だけどそのくちびるが震えてしまった。
それを口にするには、上手く言葉にならない。
だけど、エレノアが。
彼女が、私を真っ直ぐに見つめるから。
「……好き、よ。……いまも……。きっと」
また、熱いものが零れる。
雫が、頬を伝う。
次々とこぼれおちて、床に染みを作った。
エレノアが、びっくりしたように私を見る。
「おかあさん、痛い?」
「……ううん。痛く、ない。……もう、痛く……ないの」
だから、大丈夫。
ありがとう、エレノア。
私はそう言って、ちいさな娘の体を抱きしめた。
婚姻は、契約だ。
夫婦は、ただ想い合うだけではだめなのだ。
国の王であるなら、なおさら。
【好き】という感情だけで、乗り越えられるほど【王】という立場は、【王妃】という立場は──楽なものではない。
行動の指標が【好き】という気持ちだけでは、いずれ瓦解する。
【好き】という感情だけで全てを呑み込めるほど、その気持ちは万能ではない。
痛々しい、見掛け倒しの|志(ハリボテ)は、いずれ剥がれ落ちるものだ。
その後、残るものは絶望であり、孤独であり、悲しみであり、苦しみ。
なぜ。どうして。
こんなに、私は──|█████(あいしてるのに)。
満たされない、返されない感情にもがき苦しむのは、もう疲れた。
夫婦に必要なのは信頼であり、信用であり、互いを助け合う、心だ。
私は──ロディアス陛下に、それを望めるだろうか。
家の中に入ると、彼女はくるりと振り返って言った。
「あのおにさんは?」
「おに?」
「おにぃ、さん!きらきら、かみ、きれい!」
それで、エレノアがロディアス陛下のことを言っているのだと知った。
私は、なんと答えればいいかわからなくて、膝を曲げて腰を折った。エレノアと視線を合わせると、彼女は真っ直ぐに私を見つめている。
私と同じ、銀の瞳。
瞳の奥に隠れる、薄紅の色彩。
いつか、彼に言われたことがある。
『きみの瞳は、よく見ると淡い桃色が走っているんだよ。かなり近づかないと見えないから、もしかしたらきみも気付いていないかもしれないけど。まるで、泉に咲くコスモスみたいだね。水面に浮かんでいるようで、とても綺麗だ』
あの時は、ただの社交辞令だと思った。
お世辞のようなもので、本気で受け取ってはならない、と。
だけど今、私と鏡写しのようなエレノアの瞳を見て、同じことを思う。
(ほんとうに……)
泉に咲くコスモスのような華やかさが、美しさがある。
とても、綺麗だ。
私がじっとエレノアの瞳を見ていると、彼女がまた尋ねた。
「あの、おにーさんは?」
「ロディアス……様なら、今はいないの」
「ロディ?ロディー?」
「……ねぇ。エレノア、あなたは……あなたは、あのひとのことをどう思う?きらきらの、男の人」
「きらきら?」
「きらきら」
エレノアの言葉に、答える。
私が尋ねると、エレノアは考え込むように視線を持ち上げて──それから、にっこりと笑った。
「好き!」
「──そ、う。……そう」
頷くように、理解するように、言葉を繰り返す。
エレノアは、にこにこ笑っている。
「きらきら、きれい!」
その言葉に、衝撃にも似た思いを抱いた。
ハッと我に返るような、そんな、感覚。
「そう……。そう、だったわね」
私も最初、初めて彼に会った時、同じように思ったのだ。
彼は、周りを圧倒するような、煌びやかな雰囲気のある方だった。
私は、彼の美麗さに圧倒された。
とても、綺麗な人だと──うつくしいひとだと、思ったのだ。
その時抱いた感情は、未知の恐怖と対峙した時のような、畏怖だったけど。
「おかあさんは?」
エレノアが、妙にはっきりとした声で尋ねる。
私は、答えようとして、だけどそのくちびるが震えてしまった。
それを口にするには、上手く言葉にならない。
だけど、エレノアが。
彼女が、私を真っ直ぐに見つめるから。
「……好き、よ。……いまも……。きっと」
また、熱いものが零れる。
雫が、頬を伝う。
次々とこぼれおちて、床に染みを作った。
エレノアが、びっくりしたように私を見る。
「おかあさん、痛い?」
「……ううん。痛く、ない。……もう、痛く……ないの」
だから、大丈夫。
ありがとう、エレノア。
私はそう言って、ちいさな娘の体を抱きしめた。
婚姻は、契約だ。
夫婦は、ただ想い合うだけではだめなのだ。
国の王であるなら、なおさら。
【好き】という感情だけで、乗り越えられるほど【王】という立場は、【王妃】という立場は──楽なものではない。
行動の指標が【好き】という気持ちだけでは、いずれ瓦解する。
【好き】という感情だけで全てを呑み込めるほど、その気持ちは万能ではない。
痛々しい、見掛け倒しの|志(ハリボテ)は、いずれ剥がれ落ちるものだ。
その後、残るものは絶望であり、孤独であり、悲しみであり、苦しみ。
なぜ。どうして。
こんなに、私は──|█████(あいしてるのに)。
満たされない、返されない感情にもがき苦しむのは、もう疲れた。
夫婦に必要なのは信頼であり、信用であり、互いを助け合う、心だ。
私は──ロディアス陛下に、それを望めるだろうか。
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