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二章

素直に、喜べたなら

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「……そうだとして。それに何の意味があるのですか」

「言いたかった。伝えたかった。僕も、きみを──いや、僕は、きみを好きだと。愛している、と。……心から想っている、……と。そう……伝えたかった」

力なく、彼が言う。
それを私は、呆然と見つめていた。

「……王太后が」

ぽつり、彼が言う。
私は、彼から視線を外せない。

なにかを、強く。悔いる瞳だ。
なにかを、強く。想う──瞳だ。

ああ、私は彼の何を見ていたのだろう。
彼は、こんなにも。
こんなにも、雄弁に、私を──。

「ランフルアの、王太后が」

「……え?」

「きみに、すまないと言っていた」

「な、に……」

意味がわからなくて、内容を理解できなくて、めまいがした。木々の隙間からこぼれ落ちる木漏れ日がちらちらと揺れて、眩しい。
彼は、私の手を引いて切り株に座らせた。
まだ、心臓は落ち着かない。
ざわざわと揺らめいて、嫌な音をずっと立てている。黙り込む私に、ロディアス陛下が静かに話し出す。

「ランフルア国王──つまりきみの兄君は、レーベルトとの同盟を破り、エルブレムと結託し、襲撃を試みた」

「なっ……!?」

衝撃が襲った。思わず立ち上がろうとするのを、彼に制される。
私を落ち着かせるためか、数回、肩をぽんぽん、と撫でられた。

「幸い、レーベルトうちはエルブレムとも別口で同盟──密命を交わしていたんだ。互いに、ランフルアの動向を探っていたからね。エルブレムにその話が持ち込まれた時点で、レーベルトは同盟破棄と見て、ランフルア国王と話をしたんだ」

「そう、なのですか?でも、そんなこと新聞には」

「公にはしてないからね。いらない混乱を招く。ただでさえ、ドゥランの革命の影響がまだ大きいというのに」

「…………」

私はただひたすら、じっと地面を見つめていた。
予想外の出来事に、頭が追いつかない。
ランフルアが、裏切った。
レーベルトを。同盟を。
お兄様が。

(……元から、兄が私を妹として見ていないのは知っていたでしょう)

何も、意外なことではない。
だけど。でも。なぜ。

考え込む私に、ロディアス陛下が話を続けた。

「改めて三国同盟を結び直した。それは知っているかな。共同戦線同盟、と新聞には書かれていたようだけど」

「……知って、います」

ドゥランの革命の影響を受け、各国の同盟が見直された。
その際にエルブレム、レーベルト、ランフルア三国の同盟が新たに結ばれ、互いの国の平和を願い、不可侵であることを誓った。
それは、有名な話だ。ディエッセンはランフルアとレーベルトの国境に位置する港町なのもあって、海外の話は入ってきやすい。
私が頷くと、ロディアス陛下がふわりと笑った。
以前と変わらない、優しい笑みだ。

「その三国同盟の席で──僕は、ランフルア国王にひとつ、話をもちかけた」

「……?」

「ランフルア国の王太后。彼女の処遇について」

「え……。ちょ、ちょっと待ってください。どうして。王太后様は、レーベルトとは、なにも」

混乱する頭で、彼に尋ねた。
ロディアス陛下は、木の幹に背を預けて、ゆっくり頷いた。

「そうだよ。これは、私情。僕の個人的な感情で、彼女の処遇に口を出した。……職権濫用だ」

「……どうして?それも、私のためですか。私が過去、彼女に疎まれて育ったから。母を、殺されたから──」

思い上がりだとは思わなかった。

今の彼なら、そうしてもおかしくないと思った。
すかさず私が尋ねると、ちらりと彼は私を見た。

そして、瞳を細めて微笑む。
どこか暗い、冷たさを帯びた、彼らしくない──表情。
自嘲するような、馬鹿にするような。
皮肉げな笑みだ。
負の感情全てを押し込んだような瞳で私を見て──だけどすぐ、彼は視線を逸らした。
その時にはもう、いつものロディアス陛下だった。

「そうだね。……それが、理由かな。とはいっても、所詮他国の人間だからね。できたのは、彼女を修道院に押し込むことくらいかな」

「王太后……を。王妃であった、ひとを」

修道院に。

ありえない。
そんなの、前代未聞だ。
王太后が──王の妃であったひとが、修道院に入るなど。

新聞に載っていないということは、内々で決定されたことなのだろう。思わず、手で口を覆った。

「……彼女の境遇には思うところがないわけではないけど、僕にとって、優先すべきはきみだ。僕は、きみが一番大事だ。……だから、きみの目線から立った時、きみの立場から見た時──悪者であった、彼女に罰を。そう思った」

「…………」

「視点を変えれば、立場が変われば、またものの見方も変わるだろう。だけど僕は、きみの立場から物事を見ることを選んだ。……いや、違うな。きみの味方になりたい、という僕の意見を優先した」

「…………」

何を、言えばいいか分からない。
母を憎み、母を殺した、王妃。
最後まで私を恨んでいた。
王を奪い、子まで生した母を恨み。
娘の私を憎み。

憎悪に苦しみ、母を陥れ、殺した。

王妃が、修道院に入った。
王族として、王妃として、そんなことは前代未聞だ。

彼女は何を思っただろう。
今、私は何を思っているのだろう。

ざまを見ろ、と思っている?
良くもお母様を殺してくれたわね、と思っている?
やっと罰を受け──せいせいした?

──違う。

ちがう、ちがう、ちがう。
そんな、単純なものではない。
だって、あのひともまた、苦しんでいた。
私はそれを、知っている。
だけど、だからといって許せるわけでもない。
でも、それだけじゃない。
それだけじゃなかった。

沈黙を守る私に、ロディアス陛下がさらに続けた。

「ランフルアの王太后と対面した時。僕が──きみの、エレメンデールの夫であることを伝えたら、彼女は納得していた様子だった。取り乱すことなく、静かに、頷いていたよ。……そして、謝ってもいた。すまなかった、と。ただ、それだけ」

「……そう、ですか」

ぽつり、呟く。

ロディアス陛下は、静かに言った。

「……きみに伝えるべきだと思った。許すとか、許さないとか、そういう話ではなくて」

「はい」

「……ごめん。だから……そんなに、泣きそうな顔をしないで」

──今、私は。

泣きそうな顔をしているのだろうか?
わからない。
でも、今胸に蟠るこの感情を、なんと表すのか──私は、知らない。
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