〈完結〉魔女のなりそこない。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
98 / 117
二章

あなたが嫌いです

しおりを挟む
食事を終えて、エレノアを老夫婦に預ける。
少ないながらに礼金を支払い、彼の元に戻る。彼は、空を見上げていた。

「……どこに行くのですか?」

尋ねると、彼が私を見る。
彼の瞳は、苦手だ。

以前は、その瞳に恐怖を覚えた。

彼の瞳に、その仕草に、その言葉に、その声に。
【王者の気質】を感じたから。

彼の生まれ持った堂々たる品格が、他者を凌駕する王者のオーラが。
出来損ないの私には──恐れ多く感じたのだ。

だけど、今は。

もっと、違う感情をもって、その瞳が苦手だと思う。
苛立つのだ。腹が立つのだ。

見ていると、目にしているだけで。
その物言いたげな瞳が。

──ひどく、優しいその瞳が。

まるで、█████あいしているとでも、いいたげな、その、瞳が。

「私は、あなたが嫌いです」

「……うん」

静かに、彼が言う。
苦しいくらい、悲しいくらい、静かさ。

(うん、って何よ)

それ以外、言うことは無いの。

ああ、これでは私。
まるで──。
まるで、変わっていない。
変わらず面倒な女のまま。
私はため息を吐いた。

「苛立たないのですか?王妃の責務を投げ出し、逃げ出し、あまつさえ他の男の子を産んだ。その女にこんな辛辣に当たられて、どうして怒らないのです?」

「どうしてだと思う?」

「質問を質問で返すのはやめてください」

真っ直ぐ、彼を見て言う。
彼は少し考えて、空を仰ぎ、目を閉じた。

「どうしてかな。……でも、たぶん、僕はどうでもいいんだと思う」

「……」

「きみが王妃としての立場を捨て、逃げようが、他の男の子を産もうが。そんなのは些末事で、大したことではない。……僕は、きみが生きている。生きて、楽しそうに笑ってくれる。……幸福を、感じてくれている。……それだけで、じゅうぶんだ。僕は、それが見たかった。ただそれだけなんだよ」

「意味がわかりません」

「分からなくていいよ。これは僕のエゴで、自分勝手なワガママで、ただのひとりの男としての、願いだ」

「……。…………」

「おめでとう。エリィ。僕は、きみを祝福する。きみが、その責務から逃れ──穏やかな日々を得ていることを、僕は祝う。例え、ほかの誰がきみを責めようとも、僕はきみの選択を支持するし、祝いたいと思う。エリィ……いや、エレメンデール。……エレノアは、とてもかわいい子だね」

彼が、穏やかにそう言うから。
彼が、優しくそう言うから。

「──、──っ……」

なぜか。
どうしてだか。

分からないけれど──目の奥が、熱くなった。
気がついた時にはぼろぼろと、涙を零していた。

静かに、ただひたすら。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、と。
忙しなく、涙がこぼれる。
頬を熱いものが流れて、顎から伝い落ちて、それでようやく私は泣いていることに気がついた。
ハッと、泣いている自分に酷く動揺した。
それは彼もまた、同様のようだった。

「エリィ」

「呼ばないで」

「だけど、」

「なにも……なにも、言わないでください。……ただ、そう。目に、ゴミが入っただけだから」

なぜ、涙が零れたのかは分からない。

悲しくはない。
苦しくもない。

それなのに──涙が、止まらない。

それから、私たちは──ロディアス陛下は、黙って私の手を引き、山の麓へと向かった。
涙で滲む世界はまるで輝いているようで、きらきらと光っている。

母となったのに。
もう、二十歳を超え、少女の時代は終わったのに。
どうしてこうも、私は弱くなってしまうの。
私は頬に手を押しつけるようにしながら、涙をはらった。

「……魔女の隠れ里に行ったと話したよね」

彼が、不意に話を切り出した。
顔を上げる。
涙に濡れた頬を優しく風が撫でて、ほんの少し冷たい。

「見つけるのはとても大変だったけど──以前、きみが教えてくれたヒントを頼りに、しらみつぶしに探した」

「ヒント……?」

尋ねると、彼はしたり顔で笑う。
泣いている私を励まそうとしているのか、いつもより悪戯っぽい顔だ。

(……もっと、嫌いになれればよかったのに)

あなたなんて大嫌いだ、と。
二度と顔を見せないで、と。
そう言えたら──どんなに、良かったか。

「僕が、当時──魔女と英雄が争ったとされる時代の風俗考証をしている学者はいないのか、と尋ねた時。きみはこう言ったでしょう。探せばいるかもしれないが、表立って活動はしていない、と」

「あ……」

記憶を探れば、すぐに思い出すことが出来た。
確かに、そう答えた覚えがある。
だけどあれはベッドの上の話で、行為の延長線上──言葉遊びのたぐいだと思っていた。
まさか、彼がそこまではっきりと覚えているとは思わなかった。
だって、今から四年前の話だ。

彼はまつ毛を伏せて、静かに話し出した。

「それっぽい学者や活動をしているものを片っ端からピックアップして、話を聞いて回ったんだ」

「……なぜ、そんなことを」

そんなの、想像しただけでもとんでもない時間がかかると知れる。
ランフルアで、魔女の起源を──その正体を探そうとするなど。命知らずにも程があるし、誰もが口を閉ざし、話などしないに決まっている。
私が尋ねると、彼がまた笑った。

「なぜ?好きな子のことを知りたいと思った。ただ、それだけだよ」

「そんな、」

「聞いて。エレメンデール。半年ほどかけて、ようやく僕は魔女の隠れ里の場所を知った。長く王城を離れることもまだ難しかったから、かなり骨が折れたし時間もかかったけど、ようやく──。それで、きみの血族に会った」

「──」

魔女。
ランフルアでは、忌み嫌われ、嫌悪され、忌避される存在。
その魔女が今も、生きている。
隠れ里があると聞いていたが、幻のように思っていた。
私の母の──縁者が、いる。生きているのだ。
それは、思いがけない衝撃を私に与えた。
息を呑む私に、彼が言葉を続けた。

「そこで、記憶を奪う魔法について知った。きみの母君が、きみに教えた魔法だね」

ひゅ、とか細く息を吸い込む音がした。

「魔法の代償は──【恋情】。きみはあの当時、好きなひとがいた。……そして、それは、……恐らく、僕、だった。……違うかな」
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...