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二章

策略の裏側 【ロディアス】

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ステファニー公爵の失脚から、三年が経過した。

ロディアスは、執務室で、提出された報告書を確認しながら、サラサラとサインを施していった。

あれからエレメンデールは、王城に帰っていない。
ランフルアの王女が拐われ、そのまま行方不明になったことに、ロディアスはレーベルトの王としてランフルア王──つまり、エレメンデールの兄に謝罪した。

実妹が貶められ、このような目に遭ったのだ。
怒り、悲しみ、そして批判されるだろうというロディアスの予想は覆されることとなった。

エレメンデールの兄、ゲインの手紙には、魔女とランフルア王家は何の関わりもないことが細かく記されていた。

思い当たる理由はひとつだけあった。
ロディアスは、自身の謝罪の親書をしたためると同時に、エレメンデールが兄に書いた手紙も同封しているのだ。
彼女の手紙に、なにか記されていたのかもしれない。

ロディアスは、例の誘拐事件もルエイン─つまりステファニー公爵が関わっている、あるいは主導していたものだと見ている。

それについては明確な証拠はない──なぜならば、ラディールの証言を元にネーヴェ海沿岸部に暗部の実働部隊を送り込み、賊のアジトと思われる場所に突入してみたところ。
誰ひとり、その場に生き残っていなかったのだから。
喉に一刺し。争った痕跡は見られなかったので、暗殺者の仕業だろうということになったが、その遺体を解剖した結果新たな発見があった。毒だ。彼らは毒を飲ませられていたのだ。いや、あるいは自分から進んで飲んだのかもしれないが。毒だとわかって飲んだのか、知らずに飲んだのか。

つまり、彼らはなぜか自分から毒を呷り、自死を果たしていた。

何のために。

そして、なぜか毒殺を隠すように喉を刺突されている。

それは誰がやった?

不可解な点が多すぎる。

だが、件の誘拐事件。
エレメンデールが連れ去られる時に、わざわざルエインではなく・・・・・・・・ラディールを・・・・・人質に選んでいる時点で、ステファニー公爵が絡んでいるのは間違いない。ルエインが妊婦だとして、賊には関係の無いものだ。
妊婦を人質にすると、面倒があるから厭った、という見方もできるが、現場にいた従僕やメイドの話を聞くに、彼らは妊婦への配慮や気遣いなどなかったそうだし、その線は薄いだろう。

それに、ミュチュスカの非番の日、つまり彼が不在の日に起きた、という点も気になる。
もしあの場にミュチュスカがいたのなら、また違う結果となっていたかもしれない。
だからこそあえて、ミュチュスカがいないタイミングを狙ったのだとしたら──。

手元にある情報を精査し考えるに、今回の誘拐事件はステファニー公爵が主導したと見ていいだろう。

王城に住まうルエインがひとりで、計画を実行するのはまず不可能だ。暗殺者を雇ったり、緻密に計画を練るには、彼女は行動が制限されすぎている。

今回の誘拐事件の目的が最初からエレメンデールの誘拐、あるいは処分であったのなら、納得のいく筋書きだった。

あえて・・・、ルエインが王妃の代わりとして捕まる。王妃と勘違いされていることを知れば、エレメンデールは必ず自身が王妃だと名乗りあげるだろう。
従僕やメイドの目がある中だ。
しかも、当時は王妃が、懐妊した第二妃を妬み、呪いをかけている、などという馬鹿げた噂がいかにも真実のように王城内外に広がっていたのだ。
ここで、エレメンデールがルエインを見捨てるようなことをすれば、誘拐事件そのものがエレメンデールの策略だと思われかねない。
実際、ステファニー公爵は、エレメンデールがそうしていたのなら、彼女が【悪】だという内容の噂をここぞとばかりに流すつもりだったのだろう。

そして、ルエインは奇跡的に・・・賊の手から救出。元々『ステファニー英雄譚』で親しまれる第二妃救出劇に、民衆が湧くのは想像にかたくない。それは、他国出身のエレメンデールより、親しみがあることだろう。
そこまでくれば、後はもうタイミングの問題だ。
ルエインの産む子が男児であれば、それを理由に、彼女は実質王妃のように振舞ったのかもしれない。
エレメンデールは離宮や、地方にでも追いやって。
そして、子が立太子した後にぼくを殺せば、傀儡の王の出来上がりだ。
縁戚としてステファニー公爵は力を振るい、彼に適う権力者は社交界にいなくなる。

ため息を吐いた。

ステファニー公爵は、牢に入れられてからしばらくの間、無言を保っていたが、ステファニー家の取り潰しを受け、名声を完全に失ったことを知ると、徐々に様子がおかしくなった。

求めたものを得られなかった絶望からか、精神的に不安定となった。
髪も白髪に染まり、精神に不調を来たし始めた。
記憶がまるで、迷路にでもはまったかのように酷く前後するのだ。

彼は、突然昔の話を始めたかと思えば、夢物語のような内容もまた、口にした。

それは、ルエインが王妃になっていると思い込んでいるような話だったり。既にルエインの子が即位していると思い込んでいるような話だったり。
かと思いきや、突然、自身が青年であった時の話を口にするようになり、全くもって一貫性がない。
これでは、取り調べを行うにも、話にならない。
記憶に混濁が現れ、精神的におかしくなってしまったステファニー公爵の話は、信ぴょう性に欠けるからだ。

権力は、ひとを変える魔物だ。
上手く乗りこなすつもりでいなければ、逆に食われる。
呑まれてしまう。
一度、権力に呑まれたものは悪魔に取り憑かれたかのごとく、それしか考えることが出来ない。
ステファニー公爵は、権力を操るのではなく、権力に操られてしまったのだろう。歴史上の人物を見ても、権力に呑まれてしまうものは一定数──それこそ、かなりの数がいる。

(僕もまた……呑まれないよう、気をつけないとな)

戒める思いで、彼は窓の外を見る。
世界はこの執務室で、王城で完結しているのではなく、ロディアスの行動はレーベルト全域に影響するのだと、常々理解している必要がある。

彼は、窓の外から書類へと視線を戻した。

ステファニー公爵の娘ルエインだが、第二妃の位は取り上げられ、彼女は修道院に入れられることとなった。
レーベルトは信仰国家であり、祀りあげているのは女神だ。
母なる神を祀っていることもあり、子を孕んでいるルエインを処刑に付すことは憚られた。
その代わり、ルエインの入れられた修道院は、修道院と銘打っているもののその実態は、牢獄とさほど変わりなく、労働を求められる場所だった。
子に罪はない。
ルエインの子は、出生を伏せた上で、どこかの孤児院に入れられることになるだろう。

市井では、突然のステファニー公爵の不祥事に、衝撃が走っていた。
なにせ、あの『ステファニー英雄譚』のステファニー家の不祥事である。
衝撃は、計り知れなかった。

また、今まで王妃の──魔女の呪いとされていた嫌がらせや不吉な事象も、今回のルエインの素行不良が明らかになってからは疑問視されるようになった。
さらに、エレメンデール付きだったメイドたちが口を揃えて、『王妃陛下はそんなことをされる方ではありません』と証言したのが大きかったのだろう。
 あの件もまた、ルエインの自作自演であった可能性が高い。
ルエイン本人を尋問するも、彼女は度々腹の痛みを訴えて話にならないどころか、『話すことは無い』の一点張りで、求める情報は得られなかった。
そのため、ロディアスは早々にルエインの尋問から手を引いた。
今更、あの嫌がらせじみた件の真相など、どうでもいいのだ。
真実は明らかにならずとも、周囲に──ルエインの自作自演だと思わせることができれば、それが真実になる。
ルエインかのじょが使用した手段だ。それを、ロディアスも使わせてもらうだけだ。

今回の件で、ロディアスはひとつ気になることがあった。
それは、エレメンデールを処分していれば、ランフルアとレーベルトの関係悪化に繋がるとステファニー公爵が考えなかったのか、というところ。

しかし、あの男のことだ。
それも織り込み済みなのだろう。

ランフルアとの関係が悪化、あるいはレーベルトに不利な状況となってもエレメンデールを始末し、ルエインの地位をあげたかったか──あるいは。

(ランフルアでエレメンデールが【魔女】として忌避され、ランフルア王家も魔女の力を恐れていることを知っていて、それを利用した、か)

それであれば、今回のランフルア国王の親書も納得がいくものだった。
彼らは魔女、という存在をとことん忌避している。恐れてもいるし、関わり合いになりたくないと思っているようだ。

そんな娘をレーベルトに押し付けたことについては、思わないことがないこともないが、結果としてエレメンデールと出会えたことは、ロディアスにとって人生でいちばんの幸福だと思っている。
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