84 / 117
二章
ひとつの歴史の変化 【ロディアス】
しおりを挟む「そ……れは」
喘ぐようにヴァネッサ伯爵が発言する。
彼は反五大派の貴族だが、ルエインの素行不良まで知っていたわけでは無いのだろう。
言葉の真偽を確かめるようにステファニー公爵に視線を向けるが、彼は机の上に置かれた紙面に釘付けになっている。
ロディアスは、静かに言葉を続けた。
「嘆かわしいことに、舞台経営者は性的奉仕の商売だけでなく、人身売買も行っていたようでね。……その青年は、一年前に売られているんだよ」
「……!」
「ここで、この場に集まる皆に質問だ。この青年の体格について、私はどう説明したかな。……メンデル公爵。どうだい?」
メンデル公爵を名指ししたのは、彼が社交界の中でももっとも食えない性格をしているからだ。水を向けられたメンデル公爵は、ロディアスの意を汲んで静かに答える。
「ふむ……『小柄で華奢な体格をよく気にしていた』と仰られましたな。はて、その男は、令嬢……ルエインの二妃入りの際に買い上げられたのであれば……。……あぁ、第二妃は、王城に上がる際、結構な人数のメイドを、ご実家から連れて来られていましたね」
「そうだったね。数としては五十六人。通常、他国から姫をもらう時に付けられるメイドの数が数人であることを考えても、とても多い人数だね」
もっとも、ランフルアで忌み嫌われていたエレメンデールはメイドを伴うことなくレーベルトに嫁いだが。
そして、とロディアスは前置きをした。
「ひとり、不慮の事故でメイドの命が失われたのだったね。えーと、名前は……マリア・クラリス。……不思議なことにね、この裏帳簿にも、令嬢が男に、新たな名を名付けた記録が残っているんだよね。全く、几帳面なものだ。それが自身の首を絞めることになったのは、皮肉と言わざるを得ないが……。さて。死んだメイドと全く同じ名前を、つけているみたいだけど──ルエイン、これについて、貴女の意見が聞きたい」
このタイミングで、ようやくロディアスはルエインへと視線を向けた。ルエインはうずくまり、俯いたまま微動だにしない。
ロディアスに尋ねられても、顔を上げることすらしなかった。
ロディアスはもとより、ルエインの答えに期待していなかったのだろう。
視線を彼女から戻し、また言葉を続ける。
「男が、性別を偽ってメイドとして仕える。……何のために?」
「…………」
ステファニー公爵もまた、魂が抜かれたかのように沈黙を保っている。
「そもそも私は不思議に思っていたんだ。彼女から子ができた、と聞いた時に。誰の子?と疑問に思ったよ。恥を承知で言うが──私は彼女と、初夜すら果たしていないのだから。……彼女の子の父は誰か。調べても、彼女が他の男と関係を持つに足る時間を過ごした記録は見当たらない。であれば、なぜ」
「発言をお許しいただけますか?」
ルドアール公爵が伺いを立てる。
ロディアスが微笑んで許可をだす。
「構わない」
「そのメイドに扮した男が、二妃の子の父である……と?」
「舞台経営者の裏帳簿と、周囲の人間の証言によればそうだね。あとは、彼女のメイドの数人が口を割った。……ステファニー公。貴公はかなり、あくどいことをしていたようだね。家族を人質に取って、従わせるなんて、恨みを買うだけだ」
「…………」
ステファニー公爵はなにか言おうと口を開いたが、やがてうなだれた。何を言っても、動かない証拠をロディアスが既に掴んでいると踏んだのだろう。
そして、それは正解でもあった。
ロディアスは周囲の面々に視線を走らせ──言い放つ。
「さて。では、我が国でも裁判制度を取ってみようか。これはまだ、真似事に過ぎないが、いずれ、機能するようにしてみたい。まずは地方あたりから着手出来たらいいかな」
半ば独り言のように言い、ロディアスはさらに問う。
「この中で、ステファニー公、ならびに第二妃ルエインへの処罰に異議があるものは、手を挙げるように。ステファニー公。貴公も弁論があるのなら、聞くが?」
ドゥランで起用されている裁判は本来なら、被告人には保証人が付くはずだ。
だけど即興の裁判でそんな人物が用意されているはずもない。
それに、裁判制度を用いているように見せて、この国は──レーベルトは、変わらず君主制だ。
つまりこれは、裁判に見せかけた断罪の場に過ぎない。
最初から、ロディアスはステファニー公爵とルエインを有罪にするつもりだったのだ。
君主制のレーベルトで、この空気の中で、異議の声を上げる貴族は誰もいなかった。
反五大派に属する貴族の面々も、ステファニー公爵の不祥事に巻き込まれては敵わないとばかりに俯いている。
結果は、既に見えていた。
決議が下されてすぐ、騎士が議会室に入ってきて、ステファニー公爵とルエインを拘束する。
そのまま手に縄をかけられ、部屋を後にする、という時にステファニー公爵が憎悪の籠った視線をロディアスに向けた。
「この……若造が!!」
いきりたつステファニー公爵の無礼に騎士が剣の柄に手をかける。それをロディアスは手で制した。
ステファニー公爵は、目をギラつかせながらロディアスを睨みつける。
「ステファニーを排したこと……一生後悔させてやる!レーベルトの王朝も、歴史も、貴様で終わりだ!貴様のような男が、国を、レーベルトを終わらせるのだ!!」
「それは貴公の願いだろう。私に取って代わり、君主となることを目指したか?ドゥランのように内乱を起こせばあるいは、と考えでもしたか……。どちらにせよ、その願いは潰える。例え私が死んだとしても、王族の血脈は失われない」
ロディアスが答えると、ステファニー公爵は憤懣やるかたない、という顔をし、そのまま足取り荒く部屋を出ていった。
ルエインはもはや、ロディアスを見ることもしなかったし、彼もまた、ルエインを見なかった。
300
お気に入りに追加
894
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる