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二章

ひとつの歴史の変化 【ロディアス】

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「そ……れは」

喘ぐようにヴァネッサ伯爵が発言する。
彼は反五大派の貴族だが、ルエインの素行不良まで知っていたわけでは無いのだろう。
言葉の真偽を確かめるようにステファニー公爵に視線を向けるが、彼は机の上に置かれた紙面に釘付けになっている。
ロディアスは、静かに言葉を続けた。

「嘆かわしいことに、舞台経営者は性的奉仕の商売だけでなく、人身売買も行っていたようでね。……その青年は、一年前に売られているんだよ」

「……!」

「ここで、この場に集まる皆に質問だ。この青年の体格について、私はどう説明したかな。……メンデル公爵。どうだい?」

メンデル公爵を名指ししたのは、彼が社交界の中でももっとも食えない性格をしているからだ。水を向けられたメンデル公爵は、ロディアスの意を汲んで静かに答える。

「ふむ……『小柄で華奢な体格をよく気にしていた』と仰られましたな。はて、その男は、令嬢……ルエイン・・・・の二妃入りの際に買い上げられたのであれば……。……あぁ、第二妃は、王城に上がる際、結構な人数のメイドを、ご実家から連れて来られていましたね」

「そうだったね。数としては五十六人。通常、他国から姫をもらう時に付けられるメイドの数が数人であることを考えても、とても多い人数だね」

もっとも、ランフルアで忌み嫌われていたエレメンデールはメイドを伴うことなくレーベルトに嫁いだが。
そして、とロディアスは前置きをした。

「ひとり、不慮の事故・・・・・でメイドの命が失われたのだったね。えーと、名前は……マリア・クラリス。……不思議なことにね、この裏帳簿にも、令嬢が男に、新たな名を名付けた記録が残っているんだよね。全く、几帳面なものだ。それが自身の首を絞めることになったのは、皮肉と言わざるを得ないが……。さて。死んだメイドと全く同じ名前を、つけているみたいだけど──ルエイン、これについて、貴女の意見が聞きたい」

このタイミングで、ようやくロディアスはルエインへと視線を向けた。ルエインはうずくまり、俯いたまま微動だにしない。
ロディアスに尋ねられても、顔を上げることすらしなかった。
ロディアスはもとより、ルエインの答えに期待していなかったのだろう。
視線を彼女から戻し、また言葉を続ける。

「男が、性別を偽ってメイドとして仕える。……何のために?」

「…………」

ステファニー公爵もまた、魂が抜かれたかのように沈黙を保っている。

「そもそも私は不思議に思っていたんだ。彼女から子ができた、と聞いた時に。誰の子?と疑問に思ったよ。恥を承知で言うが──私は彼女と、初夜すら果たしていないのだから。……彼女の子の父は誰か。調べても、彼女が他の男と関係を持つに足る時間を過ごした記録は見当たらない。であれば、なぜ」

「発言をお許しいただけますか?」

ルドアール公爵が伺いを立てる。
ロディアスが微笑んで許可をだす。

「構わない」

「そのメイドに扮した男が、二妃の子の父である……と?」

「舞台経営者の裏帳簿と、周囲の人間の証言によればそうだね。あとは、彼女のメイドの数人が口を割った。……ステファニー公。貴公はかなり、あくどいことをしていたようだね。家族を人質に取って、従わせるなんて、恨みを買うだけだ」

「…………」

ステファニー公爵はなにか言おうと口を開いたが、やがてうなだれた。何を言っても、動かない証拠をロディアスが既に掴んでいると踏んだのだろう。
そして、それは正解でもあった。
ロディアスは周囲の面々に視線を走らせ──言い放つ。

「さて。では、我が国でも裁判制度を取ってみようか。これはまだ、真似事に過ぎないが、いずれ、機能するようにしてみたい。まずは地方あたりから着手出来たらいいかな」

半ば独り言のように言い、ロディアスはさらに問う。

「この中で、ステファニー公、ならびに第二妃ルエインへの処罰に異議があるものは、手を挙げるように。ステファニー公。貴公も弁論があるのなら、聞くが?」

ドゥランで起用されている裁判は本来なら、被告人には保証人が付くはずだ。
だけど即興の裁判でそんな人物が用意されているはずもない。
それに、裁判制度を用いているように見せて、この国は──レーベルトは、変わらず君主制だ。
つまりこれは、裁判に見せかけた断罪の場に過ぎない。

最初から、ロディアスはステファニー公爵とルエインを有罪にするつもりだったのだ。

君主制のレーベルトで、この空気の中で、異議の声を上げる貴族は誰もいなかった。

反五大派に属する貴族の面々も、ステファニー公爵の不祥事に巻き込まれては敵わないとばかりに俯いている。
結果は、既に見えていた。

決議が下されてすぐ、騎士が議会室に入ってきて、ステファニー公爵とルエインを拘束する。 
そのまま手に縄をかけられ、部屋を後にする、という時にステファニー公爵が憎悪の籠った視線をロディアスに向けた。

「この……若造が!!」

いきりたつステファニー公爵の無礼に騎士が剣の柄に手をかける。それをロディアスは手で制した。
ステファニー公爵は、目をギラつかせながらロディアスを睨みつける。

「ステファニーを排したこと……一生後悔させてやる!レーベルトの王朝も、歴史も、貴様で終わりだ!貴様のような男が、国を、レーベルトを終わらせるのだ!!」

「それは貴公の願いだろう。私に取って代わり、君主となることを目指したか?ドゥランのように内乱を起こせばあるいは、と考えでもしたか……。どちらにせよ、その願いは潰える。例え私が死んだとしても、王族の血脈は失われない」

ロディアスが答えると、ステファニー公爵は憤懣やるかたない、という顔をし、そのまま足取り荒く部屋を出ていった。
ルエインはもはや、ロディアスを見ることもしなかったし、彼もまた、ルエインを見なかった。
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