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二章
裏帳簿から明かされる真実 【ロディアス】
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「な──」
「人の口を閉じさせるには、殺すのがいちばん手っ取り早い。確かにそうだな、ステファニー公」
「なに、を……」
脂汗を滲ませて、ステファニー公爵があからさまに狼狽えた声を出す。
「ひっ……」
ルエインもまた、引きつった声を出す。
両者の反応を見て、周囲の貴族はロディアスの言葉が正しいと判断した。
ロディアスはちらりと扉に控える騎士に視線を向ける。合図を受けた騎士が頷き、扉が開かれる。
入室したのは、ミュチュスカだ。
ミュチュスカを見て、彼の父であるアリアン公爵が僅かに目を細めた。
「だが、人を処分すれば、必ず綻びが出る。存在そのものを消すのならともかく、ある日忽然と消えたのであれば──よっぽど世間との関係を断ち切っていない限り、怪しまれるのが世の常だ」
ミュチュスカが静かに歩き、ロディアスに紙の束を渡した。 ロディアスはそれを見ると、確認するように視線を走らせた後──それをばさりと、机の上に放り投げた。
それを拾うものは誰もいない。
「ルエインの子の父は、市井で舞台に上がる日を心待ちにしていた青年だ」
「何を──」
「ステファニー公。貴公の発言は許していない。まずは私の話をしっかり聞いてもらおうか。異議があるなら、その話の後にしていただきたい」
ロディアスはステファニー公爵の口を閉じさせると、投げ捨てた紙面に視線を走らせた。
「青年は、貧しい生まれでね。とにかく金が必要だった。彼を知る人間は、彼のことを『小柄で華奢な体格をよく気にしていた』と話していた。彼は、貧民街の生まれではあったけど、酒場で酒の肴にと話される『ステファニー英雄譚』の物語が何より好きだったそうだ。そして、その演目は度々舞台でも演じられることが多くて──いつしか彼は、舞台観劇を夢見るようになった。毎日、ごくわずかな日銭を稼ぎ、それを貯めて。そしてついに、彼は舞台に足を運ぶことが叶った。彼は舞台を直に見て──今度は、自身が役者となる道を志したようだね」
突然、市井の、しかも貧しい男の話をされ、大半の貴族が怪訝そうな顔をした。
だけど勘の鋭い幾人かは、その話の行く末に気がついたのか、眉を寄せ、深刻な顔をしていた。
「だけど、役者の道を目指すには、彼にはあまりにも金がなかった。入団するにも、稽古をするにも、物語の資料を集めるにも、とにかく金がいる。毎日生きるのがやっとの彼が大金を手にするためには、物取りか、人殺しか。選べる道は限られている。……そこで、『ステファニー英雄譚』に心酔している男の話を聞き付けたご令嬢がいた。そのご令嬢は、複数人の舞台役者と好い仲だったらしくてね。その彼も、仲間に引き込んだわけだ」
「まさか……」
アレンが、思わず、といった様子で呟く。
ロディアスはにっこりと笑った。
柔らかく、優しげな、甘い微笑みだ。
だけど今はそれも、恐ろしいものにしか見えない。
「彼女は巧妙に隠していたけれど、性的な関係がとても奔放でね。未婚の身でありながら複数人と愛人の関係を持っていたようだ。舞台俳優や、自身の従僕とね。……当時関係があった男たちは、残念ながら、彼女が結婚をするのを機に、処分されてしまったようだけど」
「──」
「陛下!!」
ルエインが悲鳴のような声を出した。
そのまま崩れ落ちた彼女は、顔を覆って泣き出した。細い体と、膨らんだ腹部はあまりにもアンバランスで、泣いている様子も相まって悲壮感があった。
「なにを……何をおっしゃるのですか……!!」
彼女の悲壮な慟哭もまた、彼は優しく諭した。
「ルエイン。貴女の発言も、ステファニー公同様に許していない」
「──」
ルエインが、泣きじゃくっているせいか引きつった悲鳴をこぼした。誰かもまた、驚愕に息を呑む。
「私の言葉を遮るのであれば、別室に行ってもらう。貴女がいなくとも、話の進行は可能だからね」
ロディアスはちらりとルエインを見てから、また周りの貴族に視線を戻す。
痛いくらいの静寂だ。
肌が泡立つような、静かさだ。
その中でメンデル公爵だけが目を爛々とさせてロディアスを見ていた。
「舞台の経営者がね、裏帳簿をしっかり残しておいてくれたから、裏取りには苦労せずに済んだよ。顧客は、口止め料として、多額の金を支払っていたんだよね。経営者は私腹を肥やし、男や女を買う貴族は奉仕の時間を楽しみ──。何人か、顔色が悪いひとがいるね。部屋が寒いかな。暖炉をつけてあげようか」
ロディアスが柔らかく笑い、視線を向ける。
そのうちの数人が、慌てた様子で視線を逸らし、俯いた。それを五大公爵家の面々はつまらなそうに、反五大派の面々は、息を呑んでロディアスの話の続きを待った。
「用意周到に偽名を使って、かなり用心していたようだけど──商売相手の脇が甘すぎると、そこから綻びが出るね。舞台経営者の裏帳簿にはしっかりと、偽名と本名がセットで記されていた」
皮肉なものだ。どんなに注意しても、自分とは関わりのないところで真実を暴かれるのだから。ロディアスは歌うように、笑うようにして続けた。
「そこに記されていたんだよね。……ルエイン・ステファニー。彼女の名前が」
「人の口を閉じさせるには、殺すのがいちばん手っ取り早い。確かにそうだな、ステファニー公」
「なに、を……」
脂汗を滲ませて、ステファニー公爵があからさまに狼狽えた声を出す。
「ひっ……」
ルエインもまた、引きつった声を出す。
両者の反応を見て、周囲の貴族はロディアスの言葉が正しいと判断した。
ロディアスはちらりと扉に控える騎士に視線を向ける。合図を受けた騎士が頷き、扉が開かれる。
入室したのは、ミュチュスカだ。
ミュチュスカを見て、彼の父であるアリアン公爵が僅かに目を細めた。
「だが、人を処分すれば、必ず綻びが出る。存在そのものを消すのならともかく、ある日忽然と消えたのであれば──よっぽど世間との関係を断ち切っていない限り、怪しまれるのが世の常だ」
ミュチュスカが静かに歩き、ロディアスに紙の束を渡した。 ロディアスはそれを見ると、確認するように視線を走らせた後──それをばさりと、机の上に放り投げた。
それを拾うものは誰もいない。
「ルエインの子の父は、市井で舞台に上がる日を心待ちにしていた青年だ」
「何を──」
「ステファニー公。貴公の発言は許していない。まずは私の話をしっかり聞いてもらおうか。異議があるなら、その話の後にしていただきたい」
ロディアスはステファニー公爵の口を閉じさせると、投げ捨てた紙面に視線を走らせた。
「青年は、貧しい生まれでね。とにかく金が必要だった。彼を知る人間は、彼のことを『小柄で華奢な体格をよく気にしていた』と話していた。彼は、貧民街の生まれではあったけど、酒場で酒の肴にと話される『ステファニー英雄譚』の物語が何より好きだったそうだ。そして、その演目は度々舞台でも演じられることが多くて──いつしか彼は、舞台観劇を夢見るようになった。毎日、ごくわずかな日銭を稼ぎ、それを貯めて。そしてついに、彼は舞台に足を運ぶことが叶った。彼は舞台を直に見て──今度は、自身が役者となる道を志したようだね」
突然、市井の、しかも貧しい男の話をされ、大半の貴族が怪訝そうな顔をした。
だけど勘の鋭い幾人かは、その話の行く末に気がついたのか、眉を寄せ、深刻な顔をしていた。
「だけど、役者の道を目指すには、彼にはあまりにも金がなかった。入団するにも、稽古をするにも、物語の資料を集めるにも、とにかく金がいる。毎日生きるのがやっとの彼が大金を手にするためには、物取りか、人殺しか。選べる道は限られている。……そこで、『ステファニー英雄譚』に心酔している男の話を聞き付けたご令嬢がいた。そのご令嬢は、複数人の舞台役者と好い仲だったらしくてね。その彼も、仲間に引き込んだわけだ」
「まさか……」
アレンが、思わず、といった様子で呟く。
ロディアスはにっこりと笑った。
柔らかく、優しげな、甘い微笑みだ。
だけど今はそれも、恐ろしいものにしか見えない。
「彼女は巧妙に隠していたけれど、性的な関係がとても奔放でね。未婚の身でありながら複数人と愛人の関係を持っていたようだ。舞台俳優や、自身の従僕とね。……当時関係があった男たちは、残念ながら、彼女が結婚をするのを機に、処分されてしまったようだけど」
「──」
「陛下!!」
ルエインが悲鳴のような声を出した。
そのまま崩れ落ちた彼女は、顔を覆って泣き出した。細い体と、膨らんだ腹部はあまりにもアンバランスで、泣いている様子も相まって悲壮感があった。
「なにを……何をおっしゃるのですか……!!」
彼女の悲壮な慟哭もまた、彼は優しく諭した。
「ルエイン。貴女の発言も、ステファニー公同様に許していない」
「──」
ルエインが、泣きじゃくっているせいか引きつった悲鳴をこぼした。誰かもまた、驚愕に息を呑む。
「私の言葉を遮るのであれば、別室に行ってもらう。貴女がいなくとも、話の進行は可能だからね」
ロディアスはちらりとルエインを見てから、また周りの貴族に視線を戻す。
痛いくらいの静寂だ。
肌が泡立つような、静かさだ。
その中でメンデル公爵だけが目を爛々とさせてロディアスを見ていた。
「舞台の経営者がね、裏帳簿をしっかり残しておいてくれたから、裏取りには苦労せずに済んだよ。顧客は、口止め料として、多額の金を支払っていたんだよね。経営者は私腹を肥やし、男や女を買う貴族は奉仕の時間を楽しみ──。何人か、顔色が悪いひとがいるね。部屋が寒いかな。暖炉をつけてあげようか」
ロディアスが柔らかく笑い、視線を向ける。
そのうちの数人が、慌てた様子で視線を逸らし、俯いた。それを五大公爵家の面々はつまらなそうに、反五大派の面々は、息を呑んでロディアスの話の続きを待った。
「用意周到に偽名を使って、かなり用心していたようだけど──商売相手の脇が甘すぎると、そこから綻びが出るね。舞台経営者の裏帳簿にはしっかりと、偽名と本名がセットで記されていた」
皮肉なものだ。どんなに注意しても、自分とは関わりのないところで真実を暴かれるのだから。ロディアスは歌うように、笑うようにして続けた。
「そこに記されていたんだよね。……ルエイン・ステファニー。彼女の名前が」
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