〈完結〉魔女のなりそこない。

ごろごろみかん。

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二章

静かな後悔 【ロディアス】

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いつの世も、王が王だからという理由で信望する人間は存外、少ないものだ。
むしろ、王を操り利権を得ようとするものか、王を排し、新たな王朝を興そうとするものかの二択に別れる。
そして、王を取り巻くのは、だいたいがそういう類の人間だ。
レーベルトが三千年、王家の血を絶やさずに現在まで続いているのは、いつの世も政権を王が掌握してきたから、ではない。
その長い歴史の中では、実際の権力を貴族に握られたり、傀儡の王となったことも度々ある。
その歴史の先に、今のレーベルト王朝があるのだ。
権力を奪われると、数十年、酷い時は数百年、傀儡の王と成り果てる。権力を取り戻すのは、想像以上の労力と時間がかかる。

『一度、傀儡の王になりにでもしたら、実権を取り戻すのは難しい。不可能に近いかもしれないね』

それは以前、エレメンデールに言った言葉。
その言葉は、ただの可能性の話ではなかった。
実際に過去、そうなった事実があったのだ。

王としてどう采配を振るうか、どの手段が正解だったのか。
それはすぐに判明しない。
それが明らかになるのはずっと先──あるいは、歴史になにか、変化が起きたその時だけ。

ロディアスが第二妃の私室を出て、自室に向かおうとした足を止める。

「…………」

僅かに考えた後、ロディアスは行き先を変えた。
自室ではなく、エレメンデールの。
王妃の私室に向かうことにした。

思い返すのは、ラディールの言葉だ。

王妃の私室にあるライティングデスクを検めるよう彼女は言っていた。
その中になにがあるか、ロディアスにはまだ分からない。

王妃の私室に向かう途中、ミュチュスカが廊下の向こうから歩いてきた。
真っ直ぐにロディアスを見て歩いてくるところを見るに、彼を探していたようだ。
ミュチュスカは、ロディアスを見ると顔を強ばらせたまま、サッとその場に跪いた。

「……このようなことになり、申し訳ありません」

「…………」

ミュチュスカには、エレメンデールの警護を命じていた。
それにも関わらず、彼女がさらわれるような自体となったことを謝罪しているのだろう。
ロディアスは静かにミュチュスカを見た後、息を吐いた。

「いや……その日、きみは非番だったんだろ。きみの不在時でも対応できるよう、警備体制は整えていた。それに、あの時は彼女自らがルエイン……二妃の代わりとなった。……きみに責はないよ」

自嘲するような声だ。
それに、ロディアスが彼自身を責め、悔いていることをミュチュスカは知った。

「騎士でしかないきみが、二十四時間エレメンデールに張り付くのは土台無理な話だ。……それより、僕の不在だった時の話を聞かせてくれ。念の為、整合性を確認したい」

「しかし」

ミュチュスカが硬い声で言ったが、ロディアスはそれを遮った。

「良い。今は問答している暇が惜しい。暗部一班を呼び出せ。報告が聞きたい」

暗部一班は、暗部の中でも精鋭部隊だ。
ロディアスが命じると、ミュチュスカが頭を下げた。

「……かしこまりました」




ロディアスは暗部の人間を自室に呼びつけると、王妃の私室へと向かった。
王妃の私室の扉を守る騎士の顔は、物々しい。既に部屋の住人はいないが、それでも誰も通さないというような気迫を感じた。
ロディアスが顔を見せると、彼らはハッとしたような顔をし、敬礼する。

エレメンデールの部屋に、足を踏み入れる。
ほのかに彼女の香りがするのは、気のせいだろうか。
ハーブのような、甘さを含んだ花の香りだ。それは彼女の香油の匂いかもしれないし、彼女自身の匂いかもしれない。いずれにせよ、その香りはエレメンデールの記憶と紐づかせた。

無言で私室のライティングデスクへと足を運ぶ。
机の前に立つと、彼はちらりと窓の外に視線を向ける。

窓の外には、中庭が広がっている。
鳥が羽ばたいて行くのが遠くに見えた。

引き出しを開ける。
中には、二通の便箋。
一通目の宛名は、ロディアスに。
もう一通の宛名には、ゲイン・ランフルア・ラハルバード、と記されている。
エレメンデールの兄の名だ。

ロディアスは、ペーパーナイフを使うことなく、手紙の封を切った。
無言で、表情を変えることなく。

──手紙には、ただただ懺悔が記されていた。

自身の魔女の力が暴走しているかもしれないこと。
自分のせいで、ルエインに危害を与えているかもしれないこと。
もし、万が一、ルエインの身になにか起きたら謝っても謝りきれない。

最後には、『ごめんなさい』と、何に対する謝罪か、そう記されて

ロディアスはただ、静かにそれを見つめた。

「…………」

そして彼はそれを、ジャケットの内ポケットに仕舞うと、そのまま踵を返す。
王妃の私室に入って、すぐに部屋を出た王に扉を守る騎士が狼狽えた様子を見せる。
けれどロディアスはそれには構わず、静かに廊下を歩いていった。
痛いくらいの静寂だった。

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